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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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E級冒険者エレウス・ベベ

 朝のとんでもない忙しさが過ぎ去り、まばらになり始める昼下がり。

 あたしは常態化している薬草採取の依頼書作成やたまに訪れる冒険者登録を行い、いつものように業務に勤しんでいた。

 冒険者ギルドの日常なんてものはこんなもの。


「ごめんなさい。ちょっと、いいかしら」


 書類にペンを走らせるのをやめ、顔をあげる。

 ラウルに6人しかいないA級冒険者のロキア・フィンセスその人がいた。


「はい、ロキア様。本日はどのようなご用件で?」

「ええ、緊急を要するからギルドマスターに会わせて。街の下水道にダンジョンが現れたわ。それも範囲型ダンジョンと決闘型ダンジョンが合わさった複合型ダンジョンなの」

「かしこまりました。 今すぐ呼んでまいります」


 そう答えた声が思っていたよりも落ち着いていたのは、完全に職業病だ。

 頭の中では、警鐘が鳴りっぱなしだった。


 複合型ダンジョン。街の下水道。

 発生場所、種類、時期。

 どれを取っても厄介極まりない。

 新人や中堅が不用意に近づけば、冗談抜きにしても死者が出る。

 いや、高位冒険者でも危ない。


 あたしはすぐに立ち上がり、奥の扉へと足を運んだ。

 背後から、ロキア様の気配がついてくる。

 廊下を進みながら、ちらりと横目で盗み見る。

 いつものように余裕があり、威張る様子もない。


 けれど今日は、少しだけ違った。

 眉間にわずかな皺。

 何かを予感しているような表情だ。


 ギルドマスターの部屋に通し、要点だけを簡潔に伝える。

 始めは範囲型として調査し、上位個体の存在確認。

 決闘型発見による複合型としての報告。

 ギルドマスターの顔から、笑みが消えた。


「確認班を動かす。それとすぐに攻略班の編成も行う。君も参加してくれるな」

「はい、こちらからもお願いします」


 ロキア様はそう言って、ギルドマスターの部屋から退出する。

 あたしも後に続いた。

 報告はそれで終わり。

 けれど、まだ終わりではなかった。


「少しいいかしら?」


 ロキア様が、ふっとこちらを見た。

 あたしはロキア様の目を見て答える。


「ええ、なんでしょうか」

「あなた、あの子と仲がいいわよね」


 一瞬、言葉に詰まる。


「あの子……と言いますと?」

「エレウスよ」


 胸を鷲掴まれた感覚に襲われる。


「新人のE級冒険者。黒髪で、口が悪くて」

「……あ、はい」


 登録した時から妙に落ち着いていた。

 質問に対しての返答も焦りがなかった。

 ライカという少女の手を引いて冒険者登録した時の距離感。


「彼、どう思う?」


 ロキア様の声は、探るようでいて静かだった。


 どう思うか。

 正直に言えば、変わった人。

 そうとしか言えない。


 新人らしくない。上級者の余裕とも違う。

 功績を誇らなのに顧客からの評価が良く、無茶もしない。

 ヘラヘラしてるけど、程よい距離感を保ってくれる。

 毎日、パーティの女の子のために依頼書とにらめっこしている姿。

 この1ヶ月で見た彼はとても悪人には見えない。


「悪い人では、ないと思います」

「思います、か」

「でも……」


 止めていた言葉が咄嗟に出てしまう。

 ロキア様がこちらを見続ける。

 何も言わないわけにはいかず声に出す。


「優しい人だなって思います」

「……そう」


 ロキア様が、ふっと息を吐いた。

 しばしの沈黙。

 それからまた言葉を続けた。


「でもね」


 その一言で、空気が変わった。


「今日、彼がした判断は紛れもなくベテランの手腕だった。エレドさえも舌を巻いていたわ。あそこまで完璧に状況を把握し、指示を出すことは私たちA級でもできないわ。撤退のタイミング、仲間の配置、魔法の使い方……知識や才能があっても、判断が正確すぎる。同時に常人では考えられない戦法もとったわ。言いたくはないけども、ね」


 視線が、遠くを見るようになる。


「まるで、かの『迷宮の知者』かと思ったわ」


 あたしは、思わず唾を飲み込んだ。


「それはあまりにも思考の飛躍では」

「そうね。私もどうかしてると思ってる」

「……」

「でも、彼は普通の冒険者ではないわ」


 ロキア様は、はっきりと言った。


「警戒してる」


 その言葉は重かった。

 ラウルの最高戦力のA級冒険者が1人。

 その彼女が一介のE級冒険者に向ける言葉としては、あまりにも重すぎた。


「彼は、たくさんの何かを隠しているわ」

「……」

「しかも、それを悪いことだと思っていない」


 沈黙が落ちる。

 あたしの頭の中に、エレウスの顔が浮かぶ。

 いつも通りの飄々とした態度と言葉

 ライカの手を引く、あの仕草。眼差し。


(それでも……)


 なんでかは知らないけれど。

 怖いとは思えなかった。

 少なくとも、あたしには。

 気づけば、口が動いていた。


「エレウスさんは、ライカちゃんの前では嘘をつきません」

「それが?」

「それだけは、分かります」


 ロキア様は、少しだけ驚いた顔をした。

 そして、くすりと笑う。


「なるほど。受付嬢さんの目は、侮れないわね」


 腕に持っていた外套を翻し、歩き始める。


「いいわ。今は、まだ様子見」

「……はい」

「でも、覚えておいて。興味が疑念に変わった時、人は必ず行動する」


 その背中が通路の角を曲がり、消えていく。

 あたしも自分の書類机に戻り、ペンを握り直した。

 けれど、文字はしばらく書けなかった。


(エレウスさん……あなたは一体何者なの?)


 そんな疑問が、初めて胸に残したまま。

 昼下がりのギルドは静かに回り続けていた。

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