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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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湿地型ダンジョン調査

 湿った空気が肌にまとわりつく。

 足元はぬかるみ、踏み込むたびに水と泥が音を立てて沈んだ。

 鼻を突く生臭さ。腐葉土と水草が混じった、湿地帯特有の匂いだ。

 エレドは周囲を観察。

 ロキアは「うぇ〜っ!?」と言いながら、よろめきながら歩いている。


「……なるほどな」


 思わず、そう呟いていた。

 ここは湿地帯型のダンジョン。

 入口からして天井の制限がない空。

 壁も曖昧で奥行きが掴みにくく、広がっている。


「探索型じゃないな」


 ロキアとエレドがこちらを見る。


「範囲型。しかも、だだっ広く、地面はこれだ」


 足元の水深は浅いが、場所によって急に沈む。

 視界も悪い。木の根、倒木、草むら、霧。

 進むほどに遮蔽物が増える構造だ。


「索敵を怠ると、囲まれる」


 エレドが小さく頷く。


「魔物の予測は?」

「あくまでも、予想にしか過ぎないが、リザードマンが主だろう。水辺とこの遮蔽物の多さ。集団行動に適してますよってアピールしてやがる」


 ロキアが口を挟む。


「他は?」

「大蛙。泥を吐くタイプとかだな。泥人形みたいなのも出る可能性がある。魚影は見えないが、そういった類のがいるのも否定できない」


 ロキアが僅かに目を細める。


「随分、詳しいのね」


「そういうわけだから背中は互いに見える距離を保ってくれ。それにあんた」


 ロキアを指差す。

「何?」と首を軽く傾げる。


「本調子ではなさそうだからな」

「……本当に、怖いわ。あなたが」

「褒め言葉として受け取るよ。それと……」


 一拍置いてから、言葉を付け足す。


「等級が低いのに、指示出しちまった」


 一瞬の沈黙。

 ロキアは、肩をすくめた。


「気にしないわ。私では分からないことも、的確に判断している。何も文句はないものねぇ、エレド」

「ああ、問題ない。この先も頼りにしている」


 淡々とした返答。

 二人とも、こちらを疑ってはいない。

 それに等級の低い冒険者の判断を受け入れている度量がある。

 ありがたい限りだが、俺はあんたらも十分怖い。


「まあ、そろそろだろう」


 歩き続けること数十分。

 前方、水面が揺れた。


「来るぞ」


 次の瞬間、泥水を巻き上げて、巨大な影が跳ね上がる。


「グォッ!!」


 大蛙。ゴツゴツとした岩肌のような身体をしている。

 胴体は丸太のように太く、口腔が異様に大きい。

 大蛙は腹を膨らませる。


「吐くぞっ!! 水壁!!」


 泥の塊が弾丸のように飛来し散らばる。

 すぐさま詠唱し、泥の弾を遮断する。

 水の壁が消えると、目先の泥が蠢いた。

 そこから、鱗に覆われた影が三つ、四つ。


「リザードマン……」


 剣、槍、斧。

 後方には弓持ち。


「厄介な。囲みに来たな」


 エレドが前に出る。


「受ける」

「頼んました」


 盾が構えられ、矢を1度、2度、3度と弾く。

 ロキアが詠唱に入ろうとした、その時。

 一体のリザードマンが、水面を蹴って距離を詰めてきた。


「ギィシャシャッ!!」


 速い。

 水中移動に慣れている。


「残念ながら、通せないんだわ」


 掌を向け、魔力を練り上げて水が集束する。

 一瞬で球体を成し、弓矢を構えたリザードマンの全身を包み込んだ。


「……っ!?」


 水中に閉じ込められ、もがく影。

 ロキアが呆けた声を出す。


「……は?」


 さらにもう一体。

 現状は2体が限界だろう。

 リザードマンを拘束する。


「水耐性が高いはず……」

「そんなことより、他の制圧が先だ」


 斧持ちをエレドが切り伏せたのを確認する。

 ロキアは水中から氷の槍を作りだす。

 拘束されていなかった槍持ちと水の球の中にいた剣持ちの2体の心臓を見事貫いていた。


 その様子を眺めながら、役目を終えた1つの水球を解除する。

 残ったひとつにさらに魔力を込める。


「あばよ」


 手を握ると、リザードマンは仰け反り、口から多量の血液が吐き出されていく。

 魔法を解除し、びちゃびちゃと音を立ててリザードマンは地面に落ちる。

 ロキアの目が、はっきりと見開かれた。


「あなた……何者なの?」


 俺は意地悪な笑顔を見せる。


「ただのE級冒険者さ」

「誤魔化さないで」


 手をこちらに構えたまま、こちらを見る。


「あんなこと、私にもできないわよ」


 背後でエレドが残りの大蛙を処理している。

 そう時間は掛からないだろう。


「ほら、次の群れだ」


 水面の向こう。

 新たな影が動く。

 良いタイミングで来てくれた。


「無駄話はやめようか」


 ロキアは一瞬、睨むようにこちらを見てから、舌打ちした。


「……帰ったら、覚えてなさいよ」


 少しだけ、口角が上がっていた。




 幾度か戦闘を繰り返し湿地の奥へ。

 霧がかってきた向こうで重い足音が重なる。

 集団の動き方が違う。


「……上位個体だな」


 リーダーか。

 それとも、キングか。


 ここから先は確認だけをして撤退一択。

 目線を向けると2人も同じ意見のようだ。

 俺は地面の形状と風の流れを一瞬で頭に叩き込んだ。


「配置を変える。ロキア、右。エレド、もっと前に」


 二人が無言で動く。

 霧の奥から、鈍く重い音が響いた。


 水を踏みしめる音ではない。

 ぬかるみを踏み固めているような。

 重心の低い足取り。


「……来る」


 エレドが盾を構え直す。


「数は?」

「最低でも五。後ろに、でかいのが一つ」


 ロキアが息を吸う。


「キングね」

「想定した中で一番最悪だな」


 霧が割れ、姿を現した。

 リザードマンの集団。

 剣、槍、斧、弓。

 中央に一回り大きい個体。

 鱗は黒く、角が一本、額から伸びている。


「紛れもなく、キングだな」


 ただの力押しじゃない。

 陣形を組み、こちらを包囲しに来ている。


「どうする?」


 ロキアが聞く。


「撤退だ。もはや戦闘しても意味がない」


 即答した。


「こいつら、逃げ道を潰す気で動いてる」


 エレドが目を細める。


「俺が殿をしよう」

「いや、俺が行く」


 間髪入れずに答える。

 ロキアがこちらを見る。


「なんですって? エレドでしょう!!」

「いや、俺だ」


 一瞬、空気が張り詰めた。


「……正気?」

「正面には俺が出る。キングは当然俺を見るだろ? ああいうのは、弱そうなのから潰すし、弄ぶのを楽しむ個体が多い」


 エレドが言う。


「お前、E級だぞ」

「だからだ」


 そう言って、一歩前に出る。


「ロキアは右から削れ。エレドは、キングが動いた瞬間に一歩詰めろ」


 ロキアが、わずかに声を荒げた。


「待ちなさい。死にたいのかしら」

「違う」


 否定した。


「生き残る配置だ」


 キングが、こちらを見た。


 視線が合う。

 意識が俺に向いた。

 ニチャっと口角があがる。

 気持ちが悪いヤツだな。


「……っ」


 ロキアが息を呑む。


「なんで……」

「おん?」


 ロキアは理解したらしい。


「あなた、わざと弱く立ってる」

「さすが、A級冒険者。正解」

「どうして、私のことを」

「あ、口滑った」


 口を抑えるが姿勢を崩さない。

 構えはわざと右に偏り、動きも通常の半分ほど速度で動く。

 全部、半歩ずつ遅らせている。


「んじゃ、ここまでだな。行ってくる」


 キングが、咆哮を上げた。

 同時に、前列が突進。


「今だ!!」


 ロキアの氷が地面を凍らせ、足を止める。

 エレドが盾で一体を弾き飛ばす。

 キングが、こちらへ一直線。


「……っ!?」


 重い。

 一撃で内臓が揺れる。

 だが、狙い通りだ。


「自ら考えたとはいえ、嫌な役回りだ、ぜ⁉」


 足元の水が盛り上がり、渦を巻く。

 キングの足首を絡め取る。

 ロキアは叫ぶ。


「でたらめな制御じゃ、やられるわよ!!」

「問題ない!! やれ!!」


 エレドが踏み込み、盾で顎を打つ。

 ロキアの炎が、至近距離で炸裂した。

 キングが後ろへと後ずさる。

 残りのリザードマンが、一瞬、動きを止めた。

 キングは咆哮をあげたかと思うと、ちりぢりに霧の中に消えていく。


「……撤退したか」

「逃げようと思ったが、結果オーライだな」


 戦闘は、終わった。

 息を整えといるとロキアがこちらに大股歩み寄る。


「……さっきの判断」


 声が低い。


「囮を使う判断。新人はともかく慣れた冒険者でも絶対にしない」

「そうか?」

「ええ」


 ロキアは、はっきりと言った。


「自らが死ぬ可能性を計算に入れてる。違う?」


 その言葉は鋭く、重い。

 何よりも声音に怒気が籠っている。


「イカれたヤツの思考よ」


 エレドがこちらを見る。

 その視線は、敵対しているわけではない。

 だが、仲間を見る目ではない。


「……エレウス」


 低い声。


「お前、どこでそれを覚えた」


 肩を竦め、首を振る。

 俺は俺なりに正しいと思ってるだけなんだがな。

 代わりに湿地の奥を見る。


「まだ終わりじゃなさそうだしな」


 二人もそちらを見る。

 霧の向こう。

 湿地の中央に、わずかに盛り上がった地形。

 その上に部屋のドアのようなものがある。


「……入口か」


 エレドが呟く。


「それも決闘型の赤。新しそうな感じだ。あのダンジョンも一緒に生成されたのだろう」

「厄介だな」


 エレドに同意するかのように頷きを返す。

 範囲型の中に決闘型がある。

 ダンジョン種別の中でも最も厄介な複合型ダンジョンなのは明白であった。


 ロキアがこちらを見た。

 もう、隠そうともしない目。


「ねえ、エレウス」

「なんだ」

「あなた、本当に“何者”なの?」


 全て取り合う気はない。

 だから、ここはただ静かに言った。


「まずは帰ろう。これ以上は必要ないだろ」


 ロキアは何も答えない。

 俺は来た道を引き返すために歩き始める。

 エレドは何も言わず、エレウスに続く。


「ロキア、行くぞ」

「……どう思う?」


 ロキアの言葉にエレドは足を止め、ロキアの方へと近づく。

 極めて小声で答えを返す。


「悪いやつではない。だが、気をつけろ」

「ええ、それに私のこと知ってた」

「A級冒険者なら露出が多い。そこは気にするな」

「そうね。あなたを信じるわ」


 聞き耳を立てていた俺は、静かに息を吐いた。


(やっぱり、隠し通すのは無理かもな)


 この後のことを考え、憂鬱になる他なかった。

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