冒険者の一歩
「なんか、思ってたのと違う」
ライカは不貞腐れていた。
ナイフに絡まった粘液を布でゴシゴシ拭きながら、文句が零れる。
「私はエレウスに言った」
「いや、ライカ。これも立派な殺傷経験だ」
「だから違う」
「何が?」
足元には潰れたスライムの残骸。
酸臭と湿気が混じった、いかにも下水道らしい光景だった。
ライカの静かな宣言を聞いた次の日。
俺たちは下水道の中にいた。
今回の依頼書は、
・下水道のスライム退治【E】
ー現在雨季により増殖傾向アリ。下限3体。
「スライムじゃ……分かんない」
その言葉に、俺は開けかけた口を閉ざす。
(覚悟を決めた奴に与える仕事じゃないか)
頭を軽く掻き、ライカに目を向ける。
「まあ、今日は肩慣らしだ」
「肩慣らしは、もういい」
布を畳み、ナイフを鞘に戻す。
その仕草はまだ拙い。
迷いはなく、なかなか様になってきた。
「ん?」
ライカがふと声を漏らす。
通路の奥から、複数の足音。
水を踏む音が重なり、気配が三つ。
「……先客か」
声を潜めると、向こうもこちらに気づいたらしい。
淡い橙色の光が揺れる。光魔法・ライト。
ひんやりとした空気が流れ込んでくる。
現れたのは三人組。
先頭に立つのは、長い外套を羽織った女性。
肩口には霜が薄く残り、歩いた後の水たまりが凍っていた。
「やっぱり誰かいたか」
気取らない声音。
威圧感はない。
「スライム、もう片付いてるみたいね」
「全部じゃないが、見える範囲はな」
「助かるわ。正直、下水道は好きじゃないのよ」
そう言って、肩をすくめる。
「ロキアよ」
淡々と名乗った。
「こっちはエレド」
「……どうも」
盾を背負った男が軽く会釈する。
堅実な立ち方。
前に出ないが、後ろにも下がらない。
「で、こっちがアリオっす」
軽い調子で青年が手を振る。
視線が一瞬、ライカに向き、俺を見る。
そして、双眸が細まる。
(……値踏みだな。下に見てるな)
隠そうともしない。
「お前も新人?」
「……そう」
ライカが短く答える。
「へぇ。下水道なんかで?」
含みのある笑い。
「まあ、最初はそんなもんか」
エレドの方を見る。
「ねえ、おっさん。新人が下水道って、どうなんすかね」
「必要な経験だと思っている」
「そんなんだから、B級止まりなんすよ」
肩を竦める。エレドは表情を変えない。
「才能ある奴は、もっと上行った方が早いっすよ」
エレドは反論しない。
ただ、状況を確認している。
ロキアは苦笑した。
「アリオ、余計なこと言わないの」
「え、だって事実じゃないすか」
「事実ねぇ……そう思うなら構わないわ」
軽く頭を小突く。
「ほら、行くわよ」
「はーい」
だが、口元は不満げだ。
明らかに並の冒険者ではないことを明白だ。
隙を見て全員のステータスを確認する。
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名前:ロキア・フィンセス
異名:《凍灼檻》
技能:【開眼ーF】【魔力暴走ーD+】【並行術式―B+】【炎魔法―A+】【氷魔法―B】【光魔法ーD+】【地形把握ーA】【直感ーB-】【敵感知ーC+】【精密制御ーB-】【???】……etc
状態:開眼/魔力欠乏
習得適性:【魔術刻印】【熱光線】【???】【???】
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名前:エレド・ジャナス
異名:なし
技能:【剣術ーB】【盾術ーC+】【状況把握ーA+】
状態:健康
習得適性:なし
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名前:アリオ・パディン
異名:なし
技能:【剣術ーC+】【短剣術ーC】【槍術ーC】【弓術ーC-】【盾術ーC】【跳躍ーD】【身躱しーE+】【視力ーB+】
状態:健康/高揚
習得適性:【斧術】【双剣術】【???】【???】【???】【???】【???】【???】【???】【???】【???】【???】【???】
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A級冒険者、B級冒険者、おそらくD級冒険者の3人組パーティだ。
火力が高い魔導士に、堅実な護り手。
そして、活きのいい新人攻撃手。
基本に忠実ながらも面白い構成だ。
そして、何よりも恐ろしいのがこの男だ。
「この先、大ネズミが出る」
エレドが地図を示す。
「単体だが、サイズが異常だ」
能力が低い。
前世のアリウスの時でも、こういう手合いのヤツに数多くあったことがある。
大体は運だけで生き残った冒険者が多い。
ぱったり消息を聞かないことは多かった。
しかし、中には緻密に考えた計画と自身の分析した経験則で生き残る。
仲間として頼りになり、舐めてはいけない。
目の前の男は、そういうタイプに違いなかった。
「一体なら問題ないっすね」
アリオが剣を鳴らす。
「俺が前出ます」
「待ちなさい」
ロキアが言う前に、アリオは走り出していた。
「……言うこと聞かないんだから」
溜息をつきながら、ぎこちない足取りで追いかける。
その様子を見て、【速度上昇(小)】【身体強化(小)】を唱える。
ロキアは足を止めず、こちらに顔を向ける。
「ありがとう、気が利くのね」
「そういう性分なもんで」
「ふーん、やけに……」
「ほら、抜けるぞ。ライカ、戦闘準備っ!!」
「はい!!」
ロキアとの会話を遮り、ライカに指示を飛ばす。
通路の奥から、甲高い鳴き声。剣戟の音。
濁った水が揺れ、大ネズミが姿を現す。
大きい。筋肉質で、目が赤い。
汚物の臭いがキツく、さらにゲテモノ感が増す。
「うおおっ!!」
既に到着していたアリオが剣を振り回す。
速い。剣筋の鋭さが彼のセンスの高さを物語る。
動きも淀みがなく、悪くないのだが。
「前に出すぎだ」
そう思った瞬間。
ネズミが身体を捻り、尾を叩きつける。
剣が弾かれ、体勢が崩れる。
「っ……!」
大ネズミは吠え、爪が振り下ろされる。
避けきれないだろう。しゃーねぇな。
「ライカ!」
声を上げるより早く、ライカが動いた。
一瞬の躊躇もなく、足は止まらない。
石を投げ、視線を誘導させる。
所々崩れかけた壁や床をするすると抜け、死角に回り込む。
俺は4本の足を水魔法で絡め、拘束する。
「……っ」
ナイフが閃き、関節を刺す。
深くはない。
だが、確実に体勢を崩すのに成功する。
「今!」
エレドが盾で押さえ込む。
生成した水弾を絶え間なく叩き込む。
大ネズミの動きが鈍くなっていく。
「よっしゃ、俺が……」
「邪魔だ」
ダウンしていたバカが起き上がろうとする。
それを睨みを利かせ、手で制する。
何かモゴモゴとしていたが、視線を大ネズミに戻す。
「……ライカ、お前」
思わず目の前の光景に呆気にとられる。
大ネズミの爪や牙、尻尾による怒涛の攻撃が繰り出されている。
この1ヶ月間、俺と訓練していた。
とはいえ、実戦という実戦は今日が初めてだ。
視界が僅かに霞む。
服の袖で拭い、ロキアへ向き直る。
「トドメは?」
「いや、あの子のために見守りましょう」
「そりゃ、ありがたい」
しばらく、ライカによるヒットアンドアウェイ戦法が繰り返される。
そして、完全に動きを止めた大ネズミの腹に回り、ナイフを深々突き出す。
大ネズミは横に倒れ、ナイフを抜き取る。
ライカは全体重を乗せて、開けた傷口に再度ナイフを突き刺した。
「……ふぅ、ふぅ……」
静寂の後に、ライカの息づかいが聞こえる。
アリオは、しばらく放心していた。
その横にロキアとエレドが並ぶ。
「どう? 馬鹿にしていた人たちに力の差を見せつけられた気分は?」
「……助けられた?」
「結果的にはそうね」
ロキアがあっけからんと言う。
「あまり大口は叩くものじゃないわね」
「……」
アリオは悔しそうに歯を噛んでいる。
ロキアはこちらに振り返る。
「あなた、判断早かったわ」
微笑を張りつかせながら、ライカを見る。
「怖かった?」
「……まだ、ちょっと」
「へえ、そうなの。あんなに強いのに」
ロキアはにこりと笑う。
「それでいいわ、これからも忘れずに」
ライカがこくりと頷いた。
俺以外の話を正直に聞く様子を初めて見た気がした。
エレドも言葉を挟む。
「無駄がなかった。十分だ」
それから、全員の視線がアリオへと向けられる。
向けられた本人は目を逸らす。
「……油断しただけっす」
ロキアは肩を叩く。
「油断するほど余裕があるなら、次はちゃんと後ろも見ることね。あとはもう何も言わない」
言い方は柔らかい。
だが、逃げ場は与えない。
ロキアの視線が俺に向いた。
「それにしても、あなたは落ち着いてる。落ち着き過ぎているわね」
綺麗な目が細まっていく。
内心で少し冷や汗が滴り落ちる。
「気のせいじゃないか。生きて帰れば、それでいい」
「新人とは思えない」
あからさまに探る目。
値踏みというよりは警戒しているような眼。
正直に軽く聞いてみる。
「警戒してます?」
「ええ、私が戦闘中にフォローできる隙がないぐらいには」
考えなしにいつものように戦ったことを悔いる。なるほど。
上位冒険者であれば、見抜かれる可能性があるのを考慮していなかった。
どう弁明しようかと、思ったその時。
俺はガバッと顔を上げ、入ってきた通路とは逆側の通路へと視線を向ける。
「おい、マジかよ」
「エレウス、どうしたの?」
通路の奥。地図にない分岐。
冷たい風が吹き抜ける。
ロキアも勘づいたようだ。
「……これは」
エレドも眉をひそめる。
「嫌な匂いがする」
「もしかしたら、最近開いたのかもね」
魔力の流れが不自然だった。
だが、下水道のような地下では乱れやすい。
特に乱れやすくなる場所といえば、アレしかない。
「絶対、ダンジョンだよなぁ〜これ」
ライカが俺を見る。
迷いはない。
その目は怯えていない。
「行くんだよね」
「いや、行かない……ただ冒険者ギルドには伝えておかないと面倒なことになる。だから、様子は見ないといけない。なあ、お姉さん」
ロキアが言う。
「よくもまあ、そんなことまで……はぁ、全員無理はしない。いいわね?」
全員が頷いた。
そして、話し合いの結果。
ライカとアリオは万が一のためにお留守番。
「エレウスが行くなら私も行く」と言って聞かなかったが、ロキアが宥めたおかげで渋々引き下がってくれた。
ちょっと頬を膨らませ、ご立腹の様子。
帰りはこの激おこ娘をどうしようかと考えてしまう。
それはともかくとして、俺とエレド、ロキアの3人でダンジョン入口周辺を軽く捜索することとなった。




