逃げない
ライカの様子は特に変わりなかった。
一応、この1ヶ月は採集や危険が少なそうな仕事を選んできた。
等級も最低のFからEへと二人で昇級した。
通常よりも早い昇級だが、ライカの手際の良さや質のいい採取物のおかげでいくつかの薬師からは、納品常時化による業務提携の申し込みをされた。
まあ、謹んでお断りしたわけだが。
俺は依頼で生活を安定したいわけではなく、ダンジョンに潜りたいだけなんだ。
いつものように人混みの中を揉みくちゃにされつつ、依頼掲示板の元へと向かう。
今日もいつものように薬草採集やダンジョン周辺調査の依頼書を即座に手にして、ライカの元へと戻る。
「今日も採集で……今日は薬草」
「ああ、金額もいいしな。周辺調査もあった」
「エレウスがいいなら、それでいい」
「ライカは受けてみたい依頼はあるのか?」
「……」
何も言わないが、何か言いたげにこちらを見てそっぽを向く。
「ない」
いつもの調子だ。
けれど、最近は少しムスッとすることも増えた。
年頃の女の子だし、下手に刺激はできない。
「おっと」
「あ、すいません」
二人組の青年と片割れとぶっかってしまう。
すまないとジェスチャーを送り、何度も会釈しながら去っていく。
すれ違いざまに「効率よく行くなら風犬だと群れが……」と話していたので、討伐系の依頼を受けたのだろう。
「私も……たい、けど」
ライカが聞き取れない声で呟く。
「どうした? 何か言ったか」
「な、何も言ってない!!」
今度は大きな声での否定。
最初の頃に比べると、随分人間らしくなってきた。
腐りかけていた眼は凛と澄むようになった。
それに……
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名前:ライカ
異名:なし
技能:【敏捷―B】【略奪―D】【地形把握―S】【地図作成―B】【投擲―B+】【短剣術ーF+】【気配感知ーF】
状態:健康
習得適性:【罠感知】【補助魔法(支援)】【???】【???】
色々と頑張っているみたいだしな。
ライカは先程の青年二人組の背中を見続けている。
横目で見るが、何も言えない。
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(むしろ覚悟できていないのは俺の方なのかもな)
エレウスはいつものように依頼書を受付嬢に渡す。
もちろん、ちっぱいちゃんである。
「あ、エレウスさん。どもども〜今日もいつものフルコースですか?」
「ああ、採集、採集、周辺調査」
「淀みないですね〜」
「いいから、受注よ。受付嬢、仕事しろ」
「はいはい。エレウスさんはノリがいいんだが、悪いんだが」
「俺は君にみたいな受付嬢がいるのに驚いているよ」
「え、何か失礼じゃないですか?」
「どの口がいうよ」
だが、見た目や口調によらず仕事は丁寧である。
「あ、エレウスさん。ここの周辺調査はダンジョンの門番さんに確認が必要なんですけど」
「ああ、みんな仕事しないんだっけか。確か変なじいさんだけがまともなんだよな」
「そうですそうです、変なじいさんじゃないですよ。元はあの人A級冒険者だったんですから」
「へいへい、まあ、注意事項ありがとさんね」
とまあこんな感じで便宜を図るのも上手ければ、他人を立てるのも上手い。
話していて気持ちよくさせてくれる良い受付嬢だ。
「では、これで受注完了です。けれど、あたしはエレウスさんのことは一切心配はしていませんけどね」
「今日、帰ってこねぇかもしれないだろ」
「いやいや、だってエレウスさん新人冒険者じゃなさそうじゃないですか」
ちっぱいちゃんは「しまった」と顔で口元を手で抑え、オロオロとし始める。
俺は気にせず、言葉を続ける。
「大丈夫大丈夫、めちゃくちゃ新人だから」
「えっと、その……あたし……」
「胸が小さいんだから、そんな抱え込まない方がいいぞ」
「ああっ!! 気にしてること言われた!! 本当に冒険者ってデリカシー無さすぎ!! エレウスさんはそんな事、絶対言わないと思ってたのに!!」
わーわー騒ぎ始めたちっぱいちゃんに順番を待っていた冒険者や隣の受付嬢が何事かと視線が集まる。
俺が大きく咳払いをすると、ハッとした表情でちっぱいちゃんは姿勢を正す。
その様子を見て、俺は笑みを抑えつつ踵を返す。
「すみませんでした。お気をつけて」
「気にすんな」
「言葉のことです」
「うっせ」
ライカの元に行くと、頬を膨らませていた。
「エレウスの浮気者」
「なんでそうなる」
ライカはそっぽを向く。
「あの娘、可愛い」
「そうだな」
「否定しない」
「いや、本当に可愛いしな」
ライカは口元をキュッと結び、唇をプルプルさせる。
「私は?」
「おん?」
「私は?」
「どういう?」
「私は?」
「えっと」
「わ〜た〜し〜は〜?」
「か、可愛いと思ってるが」
「なら、よし」
ライカは手を伸ばしてくる。
「ぎゅっ」
いつもの合図。
俺はその手を握り返し、冒険者ギルドを後にする。
(こうして安心しているライカを見るのを失いたくないのかもな。もしかしたら)
こんな穏やかな日々を噛み締めている。
いつまでこの生ぬるい時間は続くのだろう。
そんな風に感じられるほどに余裕があるのだろうか。
そう考えてしまう。
背中から「なんだ今の甘々な光景はよ!!」と黄色い歓声が聞こえた気がした。
ことごとく無視することにした。
依頼を何の問題もなく終え、宿に戻る。
今日はいつもより早い。
夕暮れ前の空気が少しだけ涼しかった。
各々の部屋に戻り、簡単に装備の手入れを済ませる。
ナイフの汚れを取って研ぎ、外套を畳む。
ベットに腰を下ろしたところで控えめなノックが2回した。
「……エレウス?」
ライカの声だった。
「どうした」
「話があるの」
短い言葉。
どこか張り詰めているような声音。
扉を開けると、ライカは両手を胸の前で組み、指が落ち着かずにいた。
目線は伏せ目がちだが、こちらを見ていた。
「まあ、中に入ろう」
部屋に入ったライカは、椅子には座らず、その場に立ったまま一度息を吸う。
唇がわなわなと震えたが、すぐに止まる。
「私、決めた」
その言葉に、胸の奥が僅かに締まる。
「エレウスがやるなら、私もやる」
何も答えず、ただ押し黙る。
「殺すことから、もう逃げない」
ライカが自ら逃げ道を防いだ。
その様にただライカの言葉に耳を傾けることしかできない。
「怖くないわけじゃない……今も、怖い」
そう言ってから、ライカは拳を握る。
「でも……採集だけしてる。それは違う……」
俺は何も言わず、ただ続きを待った。
「殺した事実は消えないし、忘れられない」
一歩、こちらに近づく。
「私、エレウスの隣に立ちたい。守られるだけじゃなくて、一緒に進みたい。役に立ちたいから」
ライカは一拍置く。
「エレウス。お願い」
沈黙が落ちる。
窓の外で、どこかの酒場の笑い声が聞こえた。
「……無理はさせない」
そう言うと、ライカは小さく頷く。
「分かってる。逃げる時は逃げる。でも、生きて帰る」
その目は、迷っていなかった。
「エレウスの言葉も、忘れない」
ライカはにひひっと笑う。
俺も思わず笑ってしまう。
「次の依頼からだな」
「一緒に行く」
「無理はするなよ」
「うん」
それだけで十分だった。
ライカは一歩下がり、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「それだけだから。……じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
扉が閉まる音を聞きながら、俺は天井を仰いだ。
(俺から言うべきはずだったが、先に踏み出したのはライカだったな。強い子だな、全く)
討伐依頼。
避けてきたその文字が、明日には掲示板に並ぶだろう。
もう、目を逸らす理由はなかった。




