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騎士にして機士 サー・ナサニエルの旅の記録  作者: SFファンタジーだいすき
第二話 五芒の光よ、私をこの苦難から救い導き給え
9/17

#8


 気付けば、何処(いずこ)からか現れた男たちが水場の岸辺を取り囲むように展開して(ひろがって)いた。……一四、五人はいる。


 一目で傭兵とわかった。


 全員が武装していたし――その半数は手にした(クロスボウ)を向けている――、だがその装備はばらばらで薄汚れたものであったから。一応の統制は取れているところから、ただの野盗ではない。

 デリクはさり気なく彼らが身に着けている徽章を確認してみた。やはり徽章を付けていた――つまり与力している対象がある、ということだ――が、それは見たことのない意匠(デザイン)だった。


「動くな!」

 男らの中のひとり――おそらく一団の束ねだろう――から鋭い声が上がった。ナットとその仲間が手を上げ、抵抗の動きを見せないことを確認してから訊いてきた。

「土地の者ではないな? 機士のようだが、アンヴィル家に(くみ)するために参られたか?」


 それに反応して少女の顔がはっと向いた。〈アンヴィル家〉とやらとは()()()()()()()()()()なのは、その表情を見ればわかる。

 デリクがナットに目線を向けてきた。その目が〝ここは任せてもらえるか?〟と訊いてくる。ナットは小さく頷いて返した。


「いえ、()()の旅の者です。河間平野の麾手(きしゅ)リーク家の預りとなった戦機を、本来の持ち主であるグロシン家のご当主、サイラス様の許へと届ける旅をしております」

 デリクは何を包み隠すことなく正直に本当のことを語った。


 土地土地の争いごとに付き合うことは厳に慎むべきことと、そう判断してのことだったが、それを聞いた男たちが息を呑み、目を剥いて〈ウォレ・バンティエ〉と自分たちの間に視線を巡らせるのを見て、戸惑うことになった。


 ――リーク家の名を出したのは(まず)かったか……

    いや……サイラス・グロシンを知っている、のか?


 デリク(ナット達もだが……)も混乱し始めた中、男は詰め寄ってくると念を押すようにその言を(ただ)してきた。

「その話、間違いのないことだな? 何か証は?」

「いえ……」

 ここではデリクも剣呑(けんのん)なものを感じ取り、リーク卿の『紹介状』のことを伏せた。

「〝証〟というものは取り立てて……、言葉を信じてもらうしか…――」


 状況が〝読めない〟なかで、自らの正体を明かしたのは失敗だったかもしれないと思う。

 案の定、その(そば)から、状況は〝悪化〟し出した。


 デリクの言葉が終わらぬうちに男は周囲の手下(てか)に合図をし、包囲の輪から何人かが進み出てきた。

 警戒するデリクやナットら一人一人の傍に男らは進むと、黙って肩に手を掛けてきた。反射的に抵抗しようするナット達の動きを制して男が言った。


「失礼する――」 その声は硬く、慇懃だが無礼だった。「懐中を(あらた)めさせて頂く」


 デリクは腰の剣――それは〈南方〉で一般的に護身用とされる細剣(レイピア)である…――に手を掛けたが、視界の中で複数の弩がこちらを向いたので、さすがに動きを止めた。最小の動きでナットを見たが、彼に首を小さく横に振られたので、ここは抵抗を諦めた。


 男は、すぐにデリクの懐から『紹介状』を探り当てた。

「拝読……」 と、形式の上でだけ確認をし、勝手に手にした羊皮紙の巻を開く。

 ざっと目を通し、

「――…リークの間諜(スパイ)、か……」 と言って、片手を上げて合図をした。

 すぐさま、手下の者らはナットらの武器を取り上げにかかった。……ナットもデリクも、それを()()()に任すより他なかった。



 そうして男はデリクの傍らを離れると、険しい――まるで〝汚らわしいモノ〟でも見るかのような――表情を向ける少女の方へと、大股で近づいていった。

「リーク家と結び、まさかこのような手段()で戦機を集めていようとは。……なかなかどうして、考えましたな、レイディ・エステル」


 少女の方は、堅く結んだ口を開きはしなかった。

 男は少女の脇に立つとその二の腕を取って引き寄せる。

「……無駄な足掻きはせぬことです。いちいち逃げられるたびに追手に駆り出される我らの身にもなっていただきたい。それに、怪我をされては困るのです…――失礼」

 そうして自らの外套(マント)を外して少女――エステルの肩から掛けてやると、()()()()()()()()()()()()()()という最低限の体裁で引立ててゆく。少女の顔が少し痛そうに歪んだ。


「おい! 女性は丁重に扱えよっ」

 憤慨したナットが抗議するように声を上げたが、もちろん一顧だにされることはなかった。ナットらは、四人が数珠繋ぎに縄で括られてしまっている。


 少女は、引きずられていくなか、ずっとナットを見ていた。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 ナットら一行は傭兵の一団に引き立てられて北上することとなった。


 一度〈王の道〉へと一度戻り、二騎ばかりを早打ち(伝令)に走らせ、それから隊伍を組んで支道へと進んで行く。傭兵の隊長らしき男に〝レイディ・エステル〟と呼ばれた少女は、先を行く馬車の中に乗せられていた。周囲には二十人ほどの騎馬の兵士らが固めていた。



 この状況は少し考えればおかしかった。

 傭兵の目的が逃げ出した少女の捜索なのであれば、彼女の身を確保した時点で馬車を先行させ、一刻も早く雇い主――それは彼女の『家』だろうか――の許へ送り届けるのが普通だろう。傭兵らは全員が騎乗しており隊には馬車まで帯同していた。


 だが実際には()()()()いない。それはナットらと遭遇したからだろう。

 彼らはナットら一行をただの不逞の者でなく〝リーク家の間諜〟とみている。……そうであれば河間平野の仇敵が()()()()()()()()(ただ)さなければならない。

 

 それに〈ウォレ・バンティエ〉があった。

 この〝高価な戦利品〟(戦機)は、馬ほどには速い脚を使えない。

 置いていくことは考えられない以上、自然、行軍の速度は〈戦機〉の歩様( )(歩行速度)に合わせることになる。


 ……そういうことなのだろうが、しかしそれでも腑に落ちない。


 それなら馬車と少数の供回りだけでも、徒歩のナットらから切り離して先行させればよいではないか。少なくとも少女を、ずっと早く送り届けることができる。

 

 ――そうか……

  手(かせ)の綱に牽かれながら、ナットは、ふと感じ取った。


 ――襲撃を警戒しているのか……

  二十名の手兵を分けたくないのだ、と。


 そうであれば腑に落ちる。

 二十名を割った騎兵では〝何者か〟の襲来を振り切ることが(まま)ならないのだ。

 騎馬で縦隊を組む傭兵どもを見れば、やはりそれぞれが緊張をしている。


 ナットは〈ウォレ・バンティエ〉を見た。

 縦隊の殿(しんがり)にある〈ウォレ・バンティエ〉は大剣(クレイモア)を携行した〝戦備行軍〟の態で、機室(キャブ)には、()()束ねの男が乗り込んでいる。


 ――しかし、いったい何を恐れてるっていうんだ……?



 一行は、道すがらの光景に、疑問に対する〝解〟の一端を、垣間見ることとなる…――。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 〈王の道〉から支道へ入り、最初の集落を通ったときだった。


「ひどいな……」

「ああ……」


 集落の荒廃ぶりにバートが漏らした呟きに、ハリーが肯いて返した。

 静まり返った通りには全くと言っていいほど活気はなく、脅えた住人が、堅く閉ざした扉の向こうで息を顰めている気配だけが感じられる。

 バートにもハリーにも、こんな光景には既視感があった。


 (いくさ)が近づくと、地方の小さな集落は、皆こんなふうになる。

 動員の掛かった領主が自らの領内で〝徴発〟を行えば、余裕のない集落はこのようなことになるのが常なのであった。


 しかし、この集落の荒廃の度合いは尋常なものではなかった。


 集落の中心部では、さほど広くない広場の中央に〝人〟――既に何日も前に息絶えている――が吊るされていた。

 徴用や物資の提供を拒んだ者だろう。……〝見せしめ〟である。


 地方領主間の(いさか)いくらいで、ここまで集落から活力を奪うような徴発をすることなどない。これでは〝敵に収奪される〟のと変わらないとさえ思える。

 こんなことを長く続けているのならば、領民らが武器を取って立ち上がるというようなこと――叛乱(はんらん)――が起きていても不思議ではない。


 傭兵らが緊張し、少人数での行動を避けるのは、これが理由の一つなのだろう。



「……いったい、どんな〝(いくさ)〟が始まるってんだろうな」


 ハリーが口に出した疑問(こと)は、このとき皆が思っていることだった。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 その後ナット達は、陽の落ちる前に〝小麦の粥と鹿の干し肉〟という夕食を取ることができたが、その日は野営することなく行軍する騎兵にずっと引き連れられることとなった。

 そうなれば、半刻( )(1時間)につき〝1/8刻(ワンエイス)〟の行軍休憩を除いて()()()〝歩き通し〟ということになる。

 落伍するということの許されないナットらは、ただひたすらに夜道を歩き続けた。



 そうして急行軍を重ねた一行は、幸いにも叛徒と化した領民らに種激されることなく、夜もだいぶ更けた頃にようやく〝砦〟に入った。


 ――…その砦こそ目指していた〈グロシン砦〉であったのだが、このとき、行軍に疲れ果てているナットらには、知る由もないことである。

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