#6
戦機〈ロンギベット〉を駆るサー・ジム・リッチは、〈王の道〉が土地の支道と合流する地点から少し行った先で、街道を塞ぐように陣を張っていた。
そうして街道を行く旅人から金品を無心する。「我々は〈王の道〉の治安を担っているのだからここを通るのならば〝心ばかりの財貨〟の負担を」……というのが建前だ。断られれば何かしら因縁をつけて巻き上げる。
そんなことを、かれこれ一月ばかりしている。
この時代、主君を持たない放浪の騎士の少なくない数が、このような〝強盗騎士〟に身をやつすのが常なのだったが、この男――サー・ジム・リッチ――の場合は少し違った。彼は、初めからこのような所業を生業に機士となった男である。
そんな男が、朝焼けを浴びながら〈王の道〉を北上してくる古風な戦機を見た。
となれば話は、〝あの古風な戦機をどうすれば頂くことができるか〟、そうなるのが必然というものだろう…――。
ナットは〈ウォレ・バンティエ〉を、〈王の道〉を塞ぐように張られた陣の手前で停止させた。
木柵で囲われた陣の内側には、南方ではよく見かけられる戦機、〈ロンギベット〉が佇立している。その腰の帯の色は黄だった。
体格も性能も中庸だが、それは即ち、侮れぬ〝騎士の乗機〟ということである。
さて、この朝の〈ウォレ・バンティエ〉だが、その外見が昨日までのそれとは大きく変化していた。
昨日のうちに、技師バートの指示に従って、その肩の〝大袈裟な〟装甲を降ろしていたのだ。
替わりにそこには、本体から伸びた肩線梁(肩装甲を固定する添え木補強材)から〝鎖の幕〟を下して関節部を防護している。
設備の整った〈工房〉での作業ではなく、まったくの野外での応急作業ではあったが、バートは的確な指示を下しながら作業を進め、わずか半日で作業を終わらせたのだ。出会いはアレだったが、技量も知識も、確かに一流と言えた。
……とは言え、機室の中のナットは内心で不安を感じてもいる。
肩の重量物が無くなり〈ウォレ・バンティエ〉の重量バランスは大きく変化していた。
バートが機体各部の装甲配置を〝出来る限り〟調整してくれ、ナット自身も調整後の慣らし運転で大剣の形稽古を繰り返し〝新しい動き〟を馴染ませはしたが、いきなりの〝実戦〟でこれがどう出るか……。
そんな不安を抱えたナットの乗機〈ウォレ・バンティエ〉の脇に立つバート――いまはハリーの〝一張羅〟を纏っている――の方は〝自分の仕事に自信を持った者〟特有の表情を浮かべており、これから始まる武力解決での彼の手掛けた戦機の勝利を、これっぱかりも疑ってはいないようだ。
さして間も置かれず〈ロンギベット〉の立つ柵の内側から従騎士が近付いてきて、公道の治安を守るために財貨の負担を募る旨の〝建前〟を伝えてきた。それにデリクが〝拒否〟の応答を返したことで、すんなりと〝武力解決〟ということになった。
ナットらは相手が〝強盗騎士〟であることを承知しており――もちろん何を支払うつもりもない…――、その相手はナットの乗る戦機をどうにかして手中にすることを心中で期していたのだから、そうなることは自明であった。
♠ ♡ ♦ ♧
戦機武芸試合のような一応の〈定め事〉のもとで戦われる試合と違う、何でもありの本物の〝戦〟を初めて戦うこととなったナットは、最初の打ち込みの応酬で、そのことを思い知ることとなった。
そもそもの打ち込みの速度・重さがまるで違う――
自らの乗機を破損させてしまうことに加えて、必要以上に相手を負傷させてしまうことを恐れての〝試合での打ち込み〟などと違い、繰り出される斬撃・刺突に、明確な〝殺意〟を感じられた。その得物は、競技用のものでも、刃を鈍らせたものでもない。
……そう、この強盗騎士は〝機室の中に収まる機士〟を狙って剣を振るっているのだ。
一つでも間違えれば、〈ロンギベット〉の手にする長剣の一撃が、この機室を貫くのではないか……。ナットは、初めて背に〝冷たいもの〟が伝うのを感じている。
だが〈ウォレ・バンティエ〉の動きを追うデリクやハリーの目には、当のナットが思うほどには〝危い〟ものと映っていなかった。
両手持ちの剣としては小ぶりな〈クレイモア〉を素早く操り、〈ロンギベット〉の繰り出す攻撃をことごとく受け流している。その動きに危な気はなかった。
肩の装甲が下ろされ本来の可動域が取り戻されたことで、ナットの修めた〝北部の剣〟の動きを〈ウォレ・バンティエ〉に投影できるようになっていた。技師バートの〝狙い〟はコレにあったのだろう。
デリクがバートの横顔を窺うと、満足気に口角が上がっているのを見たのだった。
さて、ナットの方も二〇合ばかり打ち合えば、この〝新しい〟〈ウォレ・バンティエ〉の機体の特性に慣れてきていた。
肩の〝重し〟が外されたことで重心が下り、より人間じみた、しなやかな動きをするようになっている。四肢を大きく振れ、動きに無理の利く範囲が広くなったことで、本来の〝足腰の強さ〟が遺憾なく発揮されるようになり、その瞬発力を実感できる。
もともと素直な挙動の機体だったが、これまでとは数段、運動性が上がっていた。
それに加えてもう一つ。戦機の頭部に位置する展望塔側方の視界が、劇的に改善されていた。
〈ウォレ・バンティエ〉の展望塔には、もともと側方の視界を確保する〝小窓〟が設えられていたのだったが、後付けされた〝巨大な〟肩装甲が視界を塞いでしまっていた。
それも今回の改修で、本来の機能を取り戻したのだった。
――…いけるか……?
ナットは、何度目かの〈ロンギベット〉の〝払い〟を後方に退いて躱すと、咄嗟に間合いを計っていた。
サー・ジム・リッチの方でも、眼前の戦機の〝動き〟の意図は察していたが、それまでの相手の消極的な剣の使い様――盗賊騎士からすればそのようにしか思えなかった…――から、ここは勢いに任せて押し切ろうと剣を振り上げにかかった。
ナットはそれを待って〈ウォレ・バンティエ〉を飛び込ませた。
大きく開きつつある相手の懐に踏み込むと〝相手の右の二の腕〟に左の掌を添えて腕を突き出すように掌底を押し込む。そしてそのまま〈ロンギベット〉を張り倒しにかかった。
両手持ちの剣を持った戦機が、まさかその間合いから反撃してくるとは思わなかったサー・ジム・リッチは完全に虚を突かれた。平衡を失った乗機に態勢を立て直させることを出来ず、無様に仰向けにひっくり返されるままとなった。
〈ウォレ・バンティエ〉は素早く右の手の得物を踏みつけ、同時に大剣を〈ロンギベット〉の左脇の下に突き立てることで戦機の脇が締まらぬようにし、起き上がれなくしている。
〈ロンギベット〉の頭部展望塔前面の視察孔の覆いが跳ね上がり、自らの負けを認めるサー・ジム・リッチの金切り声が上がった。
終わってみれば、〈ロンギベット〉の〝素体〟を破壊することなく動きを封じる、という完勝だった。
サー・ジム・リッチの手下は、〈ロンギベット〉が倒されるのを見るや、従騎士を含めて〝蜘蛛の子を散らす〟かしたように消えてしまっていた。
♠ ♡ ♦ ♧
その後ナットらは、縛り上げたジム・リッチの身柄を牽いて〈王の道〉を次の宿場であるシャイトンバラまで行き、市議会に突き出したのだった。リッチの〈ロンギベット〉はハリーが把手を握って動かした。
そうすることにしたのは、やはりシャイトンバラが自治都市だったことが大きかった。仮に領主たる貴族にことの次第を伝えて裁定を仰いだところで(河間平野のリーク卿のような人物でもない限り)話が拗れるだけだということを四人は知っていた。
シャイトンバラに入るや市庁舎に赴き、強盗騎士ジム・リッチを引き渡す。説明と協議にはデリクとバートが当たった。
最初、市議会の代表はデリクの言い分をそのまま鵜呑みにしようとはしなかったのだが、リーク卿の『紹介状』を見せたところ、たちまち話は円滑に進むようになった。
『紹介状』には、〝ナサニエル・ジンジャー〟――ここで記された〝ジンジャー〟は、〝家名〟のないナットにリーク卿が語呂合わせで付けてくれた綽名――はリーク家〝預り〟となった戦機〈ウォレ・バンティエ〉を〝本来の所有者〟に送り届ける使者である、とその立場が明記され、道中、リーク家の縁者としての便宜が図られることを望む、と記されていた。
ジム・リッチは、全財産をシャイトンバラ市に没収された上、鞭打ち二〇回の後に市外追放となった。
彼の乗機〈ロンギベット〉は、武力解決の結果ナットに所有権が移ったのだったが、すかさずシャイトンバラが買取りを持ち掛けてきた。
このときハリーは〈ロンギベット〉を自分の乗機にと望んでいた。ナットもそうしたらいいと考えたようだったが、デリクが、正式な騎士の身分を持たずに戦機を二機も所有するのは分不相応で、いろいろと不都合が生じると主張した。……不都合とは、旅の行く先々で目を付けられ兼ねない、という意味だ。
話し合った結局、ナットとハリーは年長のデリクの主張を受け入れ、戦機をシャイトンバラに売り渡して金貨四七〇枚という大金を得た。
実は最初の提示額はずっと低いものだった。さすが名にし負う自治都市シャイトンバラの商人たち、ということだ。
それをバートが間に入って、〝技師の信用〟でいくらか取り戻してくれたのだった。
もっともデリクは、このうちの四五〇枚を三人の名義でシャイトンバラの行商人組合に預託してしまった。
そうして残り二〇枚のうちの一八枚を手元に残し、二枚を今回のバートの仕事への報酬として支払おうとしたのだが、この風変りな戦機技師は、そのうちの一枚だけを受け取って懐にしまうと、こう言って返した。
「おいおい、私は〝服と食事を与えてくれれば、機体の面倒を見る〟と言った。まだこの仕事を投げ出すつもりはないよ」 と――。
どうやら〈ウォレ・バンティエ〉への(……それともナットへの、だろうか?)興味が沸いたらしい。
だが、まあ、こうして旅の道連れが一人増えたわけだった。




