幕間
「見事な技の冴えであった、従騎士ナサニエルよ」
「過分なお言葉を給わり、恐悦至極に存じます」
三日間にわたった戦機武芸試合が終わり、ナットは、主催のリーク卿を囲んでの豪勢な宴席の中で、この日の最優秀機士に選ばれ祝福を受けた。まだ正式な機士でない従騎士であったが、この日の試合の参加者の中で、この選出に異議を唱える者はいなかった。
「サー・イーモンの所業については、リーク家の名誉に懸け〝正しき父の光〟の裁きが下されることを保証しよう」
「ありがとうございます」
リーク卿とナットとの間に〝型通り〟のやり取りが交わされたわけだが、卿の言葉はそれで終わらなかった。
「さて……」 傍らに控えて立っていたサー・リアムを振り見やって問う。
「――…この者は〝我が麾下〟に加わるに相応しい力量を備えていると、サー・リアムは言ったのだったな?」
「御意」
〝赤みがかった黄〟の色のサー・コートを纏うリアムが、裾を揺らして数歩を進めて主君にそう返すと、座に好意的な声音のどよめきが広がった。
河間平野の麾手の名家、リーク家の当主が、騎士の称号を持たぬ若者を、手ずから機士を手下に加える意思を示したのだ。
「ふむ。サー・リアムの眼力に適った者を取り立てねば、私は愚者の誹りを免れぬな」
言って、リーク卿はナット向き、笑って頷いてみせた。
異例のことと言ってよかった。
ナットの後ろで、デリクとハリーも、この望外の事態に、同僚の背にいまにも抱き着かんばかりになったものだ。
だがナットはここで〝生涯で二度目の決断〟をした。
肩で大きく息をしてから、リーク卿を真っ直ぐに見て言った。
「お願いがございます、閣下」
「申してみよ」
「はい」 ナットは慎重に切り出した。「――我が主、サー・ウェズリーの戦機ウォレ・バンティエのことです」
「…………」 リーク卿は押し黙った。
機士に任じ徴用しようとは思ったが、飽くまでも従騎士としてである。少年の身分は平民にすぎない。
孰れ働きをみて騎士に取り立てることもあるかもしれないが、今日この日に、〝麾手家の預りとなった戦機〟の処遇を口にするなど心得違いも甚だしい。
場が気まずい雰囲気になりつつある中、サー・リアムも執成しの必要を感じたのだろう。一歩を踏み出したのだが、リーク卿は片手を上げて制した。
それでナットは自分を励まして言を継いだ。
「生前、サー・ウェズリーは、ウォレ・バンティエを、兄でグロシン家の当主、サイラス様より〝借り受けたもの〟と言っておりました。借りたものは返すのが道理。ですが、我が主人はすでに故人となりました。願わくば、我ら手下の者で、ウォレ・バンティエを本来の持ち主の許へ送り届けたいのですが」
聞き終えたリーク卿は、ゆっくりとした口調になって若き従騎士を質した。
「……ではそなた、サー・ウェズリーの乗機を呉れというのではなく、〝元の所有者に戻す〟ことを自らの手で行いたいと、そう申すのだな」
「はい」
そう答えた従騎士にリーク卿は口の端を吊り上げ、そして大きく肯いた。
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旅は始まった
一行は古い戦機とともに北へと向かう
それは騎士への道程……
このとき、旅の空はまだ明るかった
―― 第二話 『五芒の光よ、私をこの苦難から救い導き給え』




