#3
リーク家の主催する戦機武芸試合ともなれば、参加戦機の数は両陣営を合わせて五〇体を下らない。
鋼の巨人らの行進は、やはり壮観であった。
会場に設えられた見物台、その貴賓席のリーク卿の前で鬨の声を上げたときには、鳥肌が立つのを感じた。
その後、両陣営から腕に覚えのある機士――実際は新米の若い騎士…――が進み出ての〝ジョスト〟が行われたのだが、出場資格のないナットには、もう興味はなかった。
それよりも気になっているものが二つあった。
一つは、言うまでもなく、主人サー・ウェズリー・グロシンを毒殺に及んだ仇、サー・イーモン・ベックリーとその乗機〈マサファス〉。
いま一つがリーク家麾下の騎士サー・リアム・ソーンヒル。午前中に、リーク砦の広場で出会ったあの騎士のことである。
サー・リアムは、ナットが主人であったサー・ウェズリーの仇を討つ意思をあらためて確認すると「剣を抜け」と言ってきた。
面喰いつつも言われるままに剣を抜いたネットが構えると、「振ってみろ」と促されることになる。
サー・ウェズリーから手解きを受けた型のうちから一番初めに憶えさせられた型を披露してみせると、リアムは、すぐさま「〝北部の剣〟か」と、ウェズリー-ナット師弟の剣技を看破し「悪くない」との評をくれた。
(……サー・ウェズリーが北部の出身だったから、その剣技は〝北部の剣〟――北方諸邦から伝わった両手剣を使う攻撃的な剣――だった。)
そうして、剣を収めさせられたとき「実戦で剣を交えた経験があるか」と訊かれた。
ナットが「無い」と答えると、〝正直で結構〟というふうに笑って肯き、今度は〈ウォレ・バンティエ〉を向いて目利きを始めた。
曰く――
〝艤装が理に適っていない。特に肩の重装甲は腕の動きを狭めている〟とのことで、〝構えを低くして得物は振り回さず、相手の上段からの斬撃は踏み込んで肩で受けるようにしたがよい〟
――と、助言までくれたのだった。
風貌によらずに面倒見のよい男だな、とナットは思った。
どうしてそんな世話を焼いてくれるのかと、訝しく思ってもいる。
♠ ♡ ♦ ♧
若い騎士らのジョストが終わり、いよいよ戦機武芸試合の華、〝トゥルネイ〟が始まる頃合いとなった。
両陣営の戦機が、突撃のために列を作って並び始める。
サー・リアムの乗機の〈シュマルド〉は、ナットの乗る〈ウォレ・バンティエ〉の右手に、彼の従騎士の〈ガウロッグ〉を一体挿んで立っていた。
南方戦機の特徴の通り、細身でスマートな装甲意匠で、〈ウォレ・バンティエ〉の無骨さは、そんな〝垢抜けた〟意匠の隊列の中ではひどく浮き上がってしまっている。
一方、対面に居並ぶ相手方――ギブニー家の手勢を中心とした混成部隊――は、リーク家の手勢のような統一性はなかった。
ギブニー家直参の戦機はと言えば、大柄の〝アドリゴス類の素体〟をベースにした〈マサファス〉系や〈ハール〉系統の機体が目に付く。こちらは黒と赤を基調にした色調だった。
斃すべき仇、サー・イーモンの乗機もその中にあったが、彼はギブニー家の麾下であっても直参ではない。彼の〈マサファス〉の肩にギブニー家の徽章――〝二つ巴の荒魂〟――はなかった。
さて、他の放浪騎士や在郷騎士らの機体となると――ナットの〈ウォレ・バンティエ〉もそうだが――〝型〟も〝素体〟も多種多様で、それぞれに個性を主張している。
それも戦機武芸試合の景色だった。
いずれの戦機も、戦機武芸試合の慣習に則り、序盤戦の突撃のため全木製の競技用のランス(突撃用長槍。戦機は自走してこれを使うが慣習上こう呼ばれている)を携えている。
ほとんどの戦機は南方諸邦の剣術流儀に則り左手に盾を持っているが、盾を持たない流儀の者もチラホラ見受けられた。……かくいうナットも〈ウォレ・バンティエ〉に盾を持たせない流儀だ。
突撃の応酬は四度と決められており、各戦機は、境界線(観客席の前に柵と盛り土で作ったライン)上に三本の替えのランスを用意している。
今日の試合の主催者であるリーク卿の紋章官が進み出てきた。いよいよ〝本番〟が始まる。
紋章官が口上の後に開始を宣すると、それを合図に、両陣営の戦機はランスを水平に構え、それぞれの相手に向かって突撃を開始した。
ナットも〈ウォレ・バンティエ〉を駆け出させる。左右の僚機と歩速を合わす。思っていたよりも速い……最初からほぼ全力だった。
両陣営それぞれが三〇機ちかい戦機を揃えていた。いま、それらが激突しようとしている。
戦機の足が大地を蹴立てるときの轟音は、騎兵の突撃の蹄の音の重なりなどよりもずっと大きかった。
大地が揺れる――…そのくらいの表現が適当だろう。
最初の突撃――。
ナットの乗る〈ウォレ・バンティエ〉の対面の相手は、型も知らない小柄な戦機だった。腰帯の色は白だからナットと同じ従騎士の機体である(※)。
(※最初の対面相手は主催者の紋章官が予め決めるから、従騎士同士としたのだろう。)
ナットは相手の突き出す槍の先を自分の槍で撥ね上げた。だが大きくなった挙動では躱すので精いっぱいで、こちらの槍はただ空を切っただけとなった。
でも取り合えず転倒はせずに残ることはできた。まだリーク卿を失望させていない。
転倒せずに残った戦機が素早く方向転換(ターン turn。トーナメント tournament の名の由来である)するなか、ナットは機体を巡らせながら、人間の頭部に模した展望塔前面の視察孔の覆いを跳ね上げた。そうして素早く周囲に目線を遣って、サー・リアムの機体を捜している。あの騎士の腕前が確かめたかったのだ。
サー・リアムの〈シュマルド〉は、相手に突き立てた際に砕けたランスを放って、替えのランスを手に取るところだった。最初の突撃で早くも一機を斥けたわけだ。
ナットは次いでサー・イーモンの〈マサファス〉を捜した。イーモンも予備のランスに替えていた。こちらは互いに槍先を突き立てつつも転倒に至らず……つまり引き分けだったらしい。
そうこうしていると、最初の激突の際に転倒した戦機の全機が試技場から退いたのが確認され、二回目の突撃の合図が紋章官よりなされた。ナットは視察孔の覆いを閉じた。
一息つく暇もない。
実は戦場――…そう、試合の場は〝戦場〟なのだ――の緊張感を削がないよう、紋章官は必要以上に休息の時間を与えるものではないのだ。
ナットはキャブの中で把手を握り直すと、一回目と同じ槍を携えた〈ウォレ・バンティエ〉を、二回目の突撃へと駆け出させる。
方向転換しての次の突撃では、ナットの穂先は相手の機先を制し、その肩口を捉えた。
だが踏み込みが軽く相手戦機は転倒に至らず、ただ槍の穂先を砕いただけとなった。
……対戦相手の戦機が小柄な素体に簡素な艤装の機体で、開放型のキャブ(キャビン。機室。機士の座るサドルの囲いで戦機の胴体の部位に当たる)に剥き出しの機士の顔を見たことで乗機に深く踏み込ませることができず、結果、矛先が鈍ったということもあった。
ハリーは、仲間のナットの駆る〈ウォレ・バンティエ〉が砕けたランスの柄を放り投げながら戻ってくると、ラバに牽かせた台車を回して、荷台の上の予備のランスを〈ウォレ・バンティエ〉の手元に届けた。
リーク家麾下の騎士の従士たちは、廉価な戦機を操ってランスを差し出したりしているが、貧乏な〝ナット一党〟には、そのようなこと、望むべくもない。二頭目のラバを手配できただけでも上出来だった。
それにしても、二回目のランスでの突撃で、兎にも角にも相手に槍を突き立ててきたとなると、ナットの〝筋の良さ〟は本物だろう……。口惜しいが、自分などよりもずっと見込みがある。
他の従騎士らの邪魔にならぬようラバを牽きながら、ハリーは〈ウォレ・バンティエ〉をチラと見上げて思った。…――これは、ひょっとして、ひょっとするかもしれねぇ、と……。
再びの方向転換の後の突撃で、ナットは、ついに相手を槍で突き倒すことができた。
的の小さな相手に対し、戦機に腰を低く構えさせ、相手の繰り出した槍を自らの槍で巧く摺り上げ、キャブ正面にその穂先を突き立てたのだ。
槍が交錯してから穂先が相手戦機の胸元に達するまで、常に自機に正面に向けさせ続けたことでナットの機のランスは正鵠を捉え、その衝撃を諸に相手に伝えた。
最後に行き足は止まってしまったのだが、これで〝一撃必殺〟が完成し、相手戦機はもんどりを打って地面に落ちることになった。……開放型の機室にいた機士は、四点式のハーネスで榻背(背もたれ)に括り付けられていなければ、地面に投げ出されて大怪我…――運が悪ければ死んでいたかもしれない。
ともあれ、ナットが初の勝利を挙げた瞬間だった。
これで隊列の中での序列が変わり、対面相手も変化する――。
最後の方向転換を終えたとき彼の対面に立ったのは、サー・イーモン・ベックリーの〈マサファス〉だった。




