#13
「――そこまでです、レイディ・エステル!」
ナットの〈ウォレ・バンティエ〉は、改めて声のした方に向き直った。(……それはエステルの居る方とは逆の方向だった。)
視界の先で、半壊した門塔の扉を押し開いて中庭へと出てきた戦機が、こちらを向いて両の手に得物――左右の手にそれぞれの戦槌――を構えようとしている。
「……そして貴様もここまでだ!」
その声は、水辺でエステルを迎えにきた、あの傭兵の束ねの男のものだった。
「その古い戦機から降りて赦しを乞うならば、今だぞ」
ナットは、束ねの男の乗機を観察し、それを〈カリダネク〉とみた。
――リーク家で従騎士階級の機士に宛がわれていた〈ガウロッグ〉と同じ〝ゲンティム類の素体〟に別の工房による艤装が施されている。最大の違いは機室が解放式でなく密閉式となっていることくらいで、その性能はあまり変わらない。
小柄な〈カリダネク〉は前進を続け、〈ウォレ・バンティエ〉に正対する位置で停まった。
ナットは中庭に突き刺さった大剣を、エステルや地表の仲間を怪我させぬように気を配りながら〈ウォレ・バンティエ〉に引き抜かせた。
そうしてエステルに言う。
「――マイ・レイディ……」 その言い方がまだぎこちない。「お下がりを」 言ってナットは、〈ウォレ・バンティエ〉の視察孔の覆いを下ろした。
それに反応したサー・ケネスとデリクがエステルとターラを庇うように動き、〈ウォレ・バンティエ〉から引き離した。
一方、砦の兵たちも、二体の戦機から離れ、距離を取っている。
中庭という閉じた空間で戦機が戦うのだ。不用意に近付けば巻き込まれ、潰されてしまい兼ねない。
♠ ♡ ♦ ♧
対峙する二体の戦機――。
〝固太り〟した武人を想わせる〈ウォレ・バンティエ〉は決して大柄な機体ではなかったが、軽量小柄な〈カリダネク〉が相手となれば否でもその量感は際立っていた。
いまは従騎士のナットが乗っているが、元は歴とした旗機――騎士の乗機――なのだ。
一方、その正面に立った〈カリダネク〉は如何にも小さく見えた。
元々〝騎士でない者〟――従騎士や家を持たぬ戦士(つまり傭兵の類)が乗る亜流の機体。小柄な素体の上の艤装は〝廉価である〟ことが売りの、簡易で貧相なものだ。
――つまりは、戦機としての〝格〟が違う。
このときナットは、自分でも気付かぬうちに、自身の〝機士としての格〟……いや〝戦場の戦士としての格〟ではなく〝乗機の格〟で相手を測っていた。
ナットは、それが大きな間違いであることを、〈カリダネク〉の機士〝ザック〟ザカライア・ランシマンから身を以て知ることになる。
♠ ♡ ♦ ♧
最初に〈カリダネク〉が動いたとき、やはりナットは剣線を正中に構え相手の動きを見極めにかかった。ナットの剣の使い方は、まず自分から斬り付けていかない。たいてい大剣を〝防御の位置〟から素早く操り、相手の出方を窺うのが彼の常である。が……、
その〈ウォレ・バンティエ〉の動きに〈カリダネク〉が合わせることはなかった。
左右それぞれの戦槌を、槌頭を内側から撥ね上げるように次々と繰り出して、一気呵成に距離を詰めてきたのだ。
これでは剣身を合わせることができず、鍔迫りに持ち込むこともできない。
ナットは〈ウォレ・バンティエ〉を後退りさせる。
〝その動き〟は〈カリダネク〉のランシマンに付け込まれた。
〈カリダネク〉の左手の槌頭が〈ウォレ・バンティエ〉の右の〝一の腕〟を叩いた。……〝防御の位置〟がわずかに崩れる。右手の戦槌が振り上げられ、鉤爪の側を下に撃ち下ろされた。
戦槌が機室の外板を叩き、重い衝撃が室内を駆け巡る。
鉤爪は突き刺さっており、その箇所は、被せられた装甲ごと穿たれていた。
――まともに打たれた! ……くっそ
ナットは〈ウォレ・バンティエ〉に、左腕を振って打ち据えられた戦槌を払わせる。
だが〈カリダネク〉はすでに退いており、左腕は空を切った。
それが最初の攻防で、その後両機は、朝の雨の中、再び距離を置いて正対した。
しばしの睨み合いを挿んで、次に動いたのもランシマンの〈カリダネク〉だった。
戦槌をそれぞれに持つ両の腕を小さく引いて構え、飛び込む構えを見せる。
そして〈ウォレ・バンティエ〉が反応し大剣を伸ばして突き付けてきたところを、今度は外側に弧を描くようにして小さく振った槌頭で弾きにかかった。
ナットはそれを予期し〈ウォレ・バンティエ〉に右脚を退かせた。大剣を小さく振って逸らせに掛かる。ランシマンはそれを敢えて柄舌で受けると、相手の力をまともに受けたうえで弾かせるにまかせた。
〈カリダネク〉は、そのときには左手の戦槌を振っていた。狙いは〈ウォレ・バンティエ〉の右の〝一の腕〟――。
ナットもそれは読んでいて対応した。大剣の平を振って弾きに行く。
が、その時、先に弾いた右手の戦槌が、別の弧を描くように戻ってきていた。そしてその鉤爪が〈ウォレ・バンティエ〉の左脚を襲う。金属と金属がぶつかる音と衝撃がした。
――…っ‼
咄嗟に左脚を動かしていたことが、関節部分への直撃を避けることができた理由だった。
だが、鉤爪は下腿部(太腿の下、脛の側面・裏側)に重ねられている装甲に突き刺さっている。
〈カリダネク〉がまた後ろに退いて距離を取ると、打ち込まれた戦槌に甲片(装甲片)が引き寄せられ、連結材が音を立てて引き千切られた。
ナットは大いに動揺した。
実際のところ、脚部の装甲片のいくらかを剥ぎ取られても〈ウォレ・バンティエ〉の動きにも防御力にも然して影響はなかったのだが、それでも彼は背中に冷たい汗をかいた。
どうやら〈カリダネク〉の両手戦槌は、北方の艤装様式――甲片を連結した薄片鎧――を意識した装備らしい。こうやって甲片を一枚一枚剥いでいくことに特化したものなのだろう。……これをやられた機士は、実際の損害以上に、心理的に追い込まれる。
そして〈カリダネク〉の機士――〝ザック・ランシマン〟の名は、このときのナットは知らなかったが…――は、その通りに乗機を操っていた。
――こいつ……強いじゃないか‼
ナットは、戦い方を変えることにした。
待つことを止め、攻撃に転じたのだ。
〈ウォレ・バンティエ〉に、大剣を横に寝かせて踏み込ませ、踏み出した足に重心を乗せるように荷重を移動させると、剣尖が小さく回るように次々と繰り出させる。
その動きを感じ取った〈カリダネク〉は後退する。
〈ウォレ・バンティエ〉の剣が空を斬った。
だがナットは〈ウォレ・バンティエ〉の動きを止めない。左、右……と交互に足を踏み出しつつ素早く手首を返し、踏み込んだ足を軸に両手剣を振るい、追っていく。
鋼の巨人が繰り出す連続の剣戟。その踏み込みは鋭く、狭い中庭の中で、一歩一歩、〈カリダネク〉を追い詰めていく。対して、軽量の〈カリダネク〉は素軽く十数太刀を躱し続け、さらには幾片かの甲片を鉤爪で引き剥がしてさえみせる。
だがその身軽さも、激しい攻防の中、関節部が〝熱ダレ〟してきたのか、目に見えて動きを減じていった。
逆に〈ウォレ・バンティエ〉の剣勢は増々速くなっていくようだ。
そうして終に、躱しきれなくなった〈カリダネク〉が得物で〈ウォレ・バンティエ〉の剣勢を凌ぐことを余儀なくされる局面が現じた。
――よしっ!
ナットは〈ウォレ・バンティエ〉に、〈カリダネク〉の戦槌を大剣で搦め、巻き上げさせた。
右手の側の戦槌――それは人の扱う寸法の優に倍はあるもの――が空中に抛り上げられ、中庭の石畳の上に大きな音を立てて落下した。
それでも〈ウォレ・バンティエ〉の動きに止まる様子は見られない。
さらに足を送って距離を詰めにかかっている。
砦の内壁が後背に迫っていた〈カリダネク〉は、いよいよ逃げ場を失った。
〈ウォレ・バンティエ〉は、容赦なく大剣を打ち付けにいく。
進退窮まったかに見えた〈カリダネク〉だが、ランシマンは無理に横に跳ぶようなことはしなかった。
左手に残された戦槌で大剣を払い除けるようにしつつ、逆に一歩を踏み出してくる。そして機室を〈ウォレ・バンティエ〉のそれにぶつけてきたのだった。
受け止め、押し返そうというナットの機先を制するように、金属拡声器から傭兵隊長の声が響く。
「――見事な操機! 恐れ入ったよ、若僧」
視察孔の覆い越しの視界を巡らすと〈カリダネク〉の上面乗降扉が跳ね上がり、機室内部のランシマンの顔が露わになった。
「私のカリダネクをここまで追い詰めるとは……その機士の顔、最後に見たい!」
その言葉に素直にナットは動きを止めた。
〈ウォレ・バンティエ〉の頭部を模した展望塔が〈カリダネク〉の機士を見据えるように位置を変え、視察孔の覆いが上がった。
顔を晒したナットとランシマン、二人の機士の目線が合う。
ランシマンは満足気に肯き、そして笑った。
――っ⁉
ランシマンの手元が動いたと思ったナットは、瞳をわずかに動かして確かめた。
そこには弩が握られており、既に装填された短矢が自分を向いていた……。
* * * * * * * * * * * *
囚われのエステルを連れ、砦からの脱出を図るナット
その前に立ちはだかるは狡猾な傭兵機士――
戦機と戦機の戦い、機士と機士の戦い
戦いの末に拓ける道程とは……
―― 第四話 『少しだけ我慢して』




