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騎士にして機士 サー・ナサニエルの旅の記録  作者: SFファンタジーだいすき
第三話 ここからお逃げになりたいのですね?
11/17

#9


 月明りを照り返す塁壁は黒々と濡れた石積みだった。

 戦機に備えて重ねられた巨岩は、やはり戦機を使って積み上げたのだろう。

 高さは五パッスス(≒7.5m)ほど。戦機への迎撃でも十分な高さを見込める。

 小さくとも実戦的な砦だった。


 深さ二パッスス(≒ 3m)程度の空堀を渡る土( )(実際には〝土の堤〟)の上で隊伍の列は停止した。列の先では、重い樫材を鉄の帯で補強した門扉が閉じている。


 先頭の騎兵と門衛との間で何事かのやり取りがあって、それから門は、重い音を立てて開いた。

 隊列は再び動き出し、ゆっくり、砦の中へと進んだ。




 門を(くぐ)るや、ナットら捕虜の一行は中庭へと進む馬車の隊列から別れ、本砦(ダンジョン)の基部の下の、牢獄として使われている半地下への()()()へと引き回されることとなった。

 石積みに囲まれた大きめの牢に四人まとめて放り込まれると、厚い樫の扉が音を立てて閉った。

 四人が四人とも疲れ切っていたので、冷気の溜まった剥き出しの土の床の上にへたり込む。


「何をしたのか知らんが、運のないやつだな、おまえら」

 (かんぬき)を掛け終えた牢番が、鉄格子の下りる覗き窓から、少しばかり同情の混じった声を投げ掛けてきた。


「何もしちゃいねぇよ」 一同を代表して声を上げたのは、やはりハリーだった。

「――水場で休んでたら、いきなり囲まれて間諜(スパイ)扱いだ……。どうなってんだ、ここは」


 そんなハリーに、牢番は抑揚なく応じた。

「そりゃ本当に運がないな」

 ハリーは、ちっ、と舌打ちしたくなるのを(こら)えた。


「ともかく領主に話を――」

 ハリーは声に怒気を含ませ、格子越しに牢番を見上げ、言継ごうとする。


 が、牢番は辛気臭い声で遮った。

「話なんて聞いてもらえねえよ。……すぐに拷問が始まる」


「ご、拷問……?」

 ハリーは思わず仲間と顔を見合わせる。

 デリクもナットも、新参のバートも、皆、硬い表情で首を左右に振るばかりである。

 牢番は肩を竦めるように言った。

「そうして、殺されて終わりだよ」



 閂の掛かった扉の前から人の気配が動こうというのが伝わってくると、バートが声を上げた。


「――おい、ちょっと! ちょっと待ってくれ!」

 扉に噛り付き、覗き窓の格子の間から必死に声を飛ばす。

「私は技師(メイスター)だ! 戦機技師ウォー・マシーン・メイスターなんだっ…――この砦の学匠(メイジ)か技師長……そうでなければ戦機の責任者に目通りを願いたい! 戦機で(いくさ)をするのなら戦機技師は――」


 ――〝人の気配〟が戻ってきた。



「本当に技師(メイスター)なのか? おまえ」

「ああ! 旧都のエイベル工房で修業した。一門の名簿にも名が載っているよ! ――バートランド・ホジキンソンと。腕は確かだ」 ……旧都の〈エイベル工房〉と言えば、南方で一、二を争う名門工房である。


 何としても扉の向こうの牢番には、()()()()を上役に伝えて貰わねば、と自らの経歴を言い募るバートの声は必死だった。


 その必死さに、牢番は、(つい)に言ったのだった。

「わかった。サー・ケネスに伝えよう」

 ……と。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 牢番が連れてきたサー・ケネスは老人といってよい年齢の騎士で、年齢(とし)相応に思慮深そうに見えた。


「――…では戦機技師ウォー・マシーン・メイスターバートランド・ホジキンソンは、旅の途中で雇われただけで、この者らとはそもそも関係はないと、そういうわけか?」


 樫の扉の前に立ち、石積みの牢の中から格子越しに必死に言い募るバートの言を聞き終えたサー・ケネスは、そう確認をした。そして肯いて返したバートに重ねて(ただ)してくる。


「エイベル一門といったが、あの戦機にはエイベルの〝( )(※)〟は見えん。むしろ〝北方の色〟が見えるがな……」 老騎士は探るような声音になった。(※ 特徴ということ)


 戦機技師としての技量を推し(はかっ)ているのか、それとも……。



「ああ、それは…――」

 例によってデリクが、横から〈ウォレ・バンティエ〉について語り始めようとしたが、

「(デリク!)」

 ナットが抑えた声で()()を遮った。


 いま〈ウォレ・バンティエ〉の素性(こと)を語るのは〝得策〟じゃない。

 何故だかナットは()()直感した。理由はない。

 それに、それを察した()()にバートが目だけで小さく肯いて寄越したのも見た気がした。


 ()()バートは、サー・ケネスにこう応じた。


「――あれは北方の外骨格(フレーム)の戦機です。なら()()に合わせるのが〝エイベル〟の戦機技師というものです」


 自信に満ちた表情(かお)で応じるのは、この男の〝十八番(おはこ)〟だ。

 老騎士は、そんな戦機技師の口車に、苦笑を浮かべて寄越した。


 サー・ケネスは、格子窓の中にちらとナットを見てから、バートに向いて肯いた。


「よかろう。バートランド・ホジキンソンについては、わしの名においてエイジャーの連れてきた技師長に引き合わせよう」


「お、おい……俺たちは?」 話の雲行きにハリーが不安そうな声を上げる。

 そんなハリーに、サー・ケネスは()()なく言った。

「お前たちについては知らん」


「おおおいぃ……」

 いよいよ情けない声を上げたハリーは、やにわにバートに詰め寄った。

「てめっ、一人だけ助かろうってか!」


 バートはといえば、もう自分は一人でも助かる気でいるのか、神妙な表情(かお)でハリーに応じた。

「……こんなことになって、残念だ」


「ふざけんな! 無一文のお前を助けてやったのは俺らだろうが!」

「それはそれ、これはこれだろう。……全員が死ぬ必要はなくて、偶々ここから出る資格があるのが私だった、というだけのことだよ」


 そんなやり取りの直後、肉を打つ派手な音が牢獄の中に響いて、牢獄内は(にわ)かに騒がしいことになった。


 ナットとデリクが、ハリーとバートとの間に入り、二人を引き離す。


「酷いな! 殴ることはないだろうっ」

 くぐもった声をあげたバートの左目の周りには〝青たん〟ができていた。


「うるせー! もっと殴ってやるっ! おい、ナット、放せ……」

「仕方ないだろ。ここで全員、死ぬわけにはいかないんだから!」


 まだまだ暴れようとするハリーをナットが説得し(……だからといってバートに謝れなどとは勿論言わなかったが)、デリクが小声になって補足した。

「(いまここで暴れるのは拙い! ……体力は後に取っておかなきゃ)」


 ここで〝ひと暴れ〟となって、砦の者たちに袋叩きにされるのは得策じゃない、と、そういう意味だ。

 ハリーの全身から、ようやく力が抜けた。




 それから少しして格子窓のある樫の扉から外に出されたバートだったが、その際には、「けっ……」と、ハリーの忌々し気な声を背中越しに聴いたのだった。



   ♠   ♡   ♦   ♧



「あの野郎……ここを出たら嫌というほど〝苦痛〟を与えてやる」


 牢獄に残された三人はしばらくは黙っていたのだが、扉の向こうから人の気配が消え去るや、さっそくハリーの口から〝怒りの声〟が漏れ出した。……ぶつぶつと(ひそ)めた声が、ときおり悪態を交えて()り続ける……。まあ、やることもないので仕方がない。


 そんなハリーの声などに耳を貸すことなく、壁にもたれて身体を休めているナットの横に、同じように壁にもたれたデリクはナットに小さく訊いた。


「さっきはよく抑えたな」

「え? ……ああ。あそこで暴れても、状況が良くなるとは思えなかった」


 その腹の据わった答えにデリクはため息を吐いて、それから一人ごちるように問い重ねる。

「……好機(チャンス)はあるかな?」

 ナットは少ししてから応えた。

「そのときのために体力は温存しとかなきゃ……」




   ♠   ♡   ♦   ♧



 さて、バートである――。

 バートはその後、サー・ケネスに伴われ、砦門に隣接する門塔へと連れてこられた。

 そこは戦機の置き場となっていて、〈ウォレ・バンティエ〉の他に、三機の戦機が置かれていた。


 ――…ん?


 そのうちの、最も奥に佇立している戦機が、バートの注意を引いた。

 それは見るからに古い戦機で、明らかに〈北方〉の艤装様式だった。様々に手を加えられているとはいえ、やはり北方の色合いの強い〈ウォレ・バンティエ〉によく似た雰囲気を持っていた。



 そうして技師長という男に引き合わされたのだったが、男は貧相で辛気臭い小男で、夜半に新たに砦に入った〈ウォレ・バンティエ〉を前に、あきらかに迷惑そうな表情(かお)で立っていた。

 サー・ケネスが〝新入り〟の戦機技師を紹介して立ち去るや――ケネスと技師長の仲も決して良好に見えなかった…――露骨に胡乱(うろん)な目を向けられたバートは、二言三言の言葉をかけられた直後、早々に門塔から追い出されてしまった。……当面〝用はない〟ということなのだろう。


 それは、バートにとって都合が良かった。



   ♠   ♡   ♦   ♧



 人目を避けつつも四半(とき)(30分)も歩けば、砦の縄張り(構造)はもうバートの頭に入っていた。……よく出来た砦ではあるが、()して大きな砦ではない。


 ――しかし()()が〈グロシン砦〉とは……。


 バートは、これまで歩き回って見知ったことに、内心、ため息を吐く羽目となっていた。



 ナットの旅の目的は〈ウォレ・バンティエ〉を〈グロシン砦〉のサイラス・グロシンの許に送り届けることだったわけだが、いまその〈グロシン砦〉の手下(てか)にナットらは捕らえられている。


 リーク卿からの『紹介状』を見た上で()()()()()仕儀(しぎ)に及んでいるのだから、リーク家に縁を持ってしまったナットは、サイラス・グロシンにとって〝招かれざる客〟だったか、と最初バートは思ったのだったが、探ってみれば、どうもそのような簡単な話ではないらしい。

 詳しいところは判らなかったが、サイラスは既に鬼籍に入っており、現在、砦は〈エイジャー家〉が掌握しているようだ。


 そのような事情を知る(よし)もなかったとはいえ、ナットらは〝虎口に飛び込んだ〟というわけだ。

 例えここを脱出できたとして、その後はどこを頼ればよいのだろう?



 そんな思案に、知らず腕を組んでいたバートの耳が、女の、若く艶のある声を拾った。


「――おや、誰かと思えば見た顔だね。バート・ホジキンソンじゃない? 男前が上がっているのはどうしてかしら?」

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