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騎士にして機士 サー・ナサニエルの旅の記録  作者: SFファンタジーだいすき
第二話 五芒の光よ、私をこの苦難から救い導き給え
10/17

幕間


 実戦的で無骨な砦の門扉が開かれると、エステルの乗せられた馬車は再び動き出し、門を(くぐ)ってその先の中庭へと吸い込まれた。


 夜半にも係わらず中庭は明るかった。

 馬車が停車すると、エステルは篝火(かがりび)煌々(こうこう)()かれた中庭へと降りた。


 すると、さして広くない中庭に軽く爽やかな…――()()()()――男の声が降ってきた。

「随分早いお帰りでしたね、レイディ・エステル・グロシン」 ……相手を少しばかり嘲弄するような響きが含まれている。


 エステルは全身でその声を無視し、篝火に揺れる石畳の上の影から視線を上げないことにした。


 ――いまはこの男の顔を見たくない……いまだけじゃないけど……。


 声の主は、本砦(ダンジョン)から中庭へと下りる石段の踊り場の上に立っており、そんなエステルの様子を見てニヤニヤと笑っていたのだったが、やがて大仰に肩をすくめると言葉を続けた。


「大切な貴女に()()()()()()と、ずっと心を痛めていたのですよ。貴女は、私の愛しい許嫁……我が従兄妹殿…――」


 そう呼びかけられると、全身を嫌悪感が貫いたように感じた。

 エステルは肩を震わせて()()と目線を上げ、従兄妹、ダライアス・エイジャーを睨みつけていた。



 ――…この男っ……わざと()()()()()を口の端にっ‼


 北部での勢力争いから〈グロシンの砦〉を欲するアシュトン・アンヴィルの言うがまま、〈グロシン家〉の相続権を目当てに(こともあろうに!)従兄妹のわたしとの婚姻を望む破廉恥な男……。


 ()てて加えて、〝そのようなこと〟わたしが受け入れようはずのないことを知っていながら、敢えて、衆目(しゅうもく)耳目(じもく)ある場でわたしに言って聞かせて愉しんでいる。……この下衆な恥知らず!



 エステル・グロシンの、中庭に踊っている篝火よりもなお激しい炎の宿った目線に()め上げられると、ダライアス・エイジャーはふふんと口元を歪めて見返し、言った。


「――…とは言え、貴女の〝散歩〟も無駄というばかりでもなかったようだ」

 ふと中庭の傍らに鎮座した古い戦機――〈ウォレ・バンティエ〉に目を遣って、満足気に目を細める。

「なかなかの〝拾い物〟だ。嫁資(かし)(※)としてありがたく頂くことにしよう」(※持参金のこと)


 そうして手下(てか)の者に手振りで〝連れていけ〟と命じると、少女の目線から(きびす)を返し、本砦(ダンジョン)の中へと姿を消した。


 エステルは大きく呼気(いき)を吐きだすと一度〈ウォレ・バンティエ〉を見て、それから腕を取ろうとする傭兵隊長を振り払って、自ら歩を進めた。


 軟禁先はわかっている。

 本砦(ダンジョン)と向かい合って建つ〝東の別棟〟の上階の奥の部屋だ。




* * * * * * * * * * * *





辿り着いた北の地には暗雲が垂れ込めていた

エステルは古い戦機とその機士に出会った


それは後の騎士と姫の出会い……

 やがて暗雲は、嵐を呼ぶのだった



           ―― 第三話 『ここからお逃げになりたいのですね?』

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