幕間
実戦的で無骨な砦の門扉が開かれると、エステルの乗せられた馬車は再び動き出し、門を潜ってその先の中庭へと吸い込まれた。
夜半にも係わらず中庭は明るかった。
馬車が停車すると、エステルは篝火が煌々と焚かれた中庭へと降りた。
すると、さして広くない中庭に軽く爽やかな…――軽すぎる――男の声が降ってきた。
「随分早いお帰りでしたね、レイディ・エステル・グロシン」 ……相手を少しばかり嘲弄するような響きが含まれている。
エステルは全身でその声を無視し、篝火に揺れる石畳の上の影から視線を上げないことにした。
――いまはこの男の顔を見たくない……いまだけじゃないけど……。
声の主は、本砦から中庭へと下りる石段の踊り場の上に立っており、そんなエステルの様子を見てニヤニヤと笑っていたのだったが、やがて大仰に肩をすくめると言葉を続けた。
「大切な貴女に何かあってはと、ずっと心を痛めていたのですよ。貴女は、私の愛しい許嫁……我が従兄妹殿…――」
そう呼びかけられると、全身を嫌悪感が貫いたように感じた。
エステルは肩を震わせてきっと目線を上げ、従兄妹、ダライアス・エイジャーを睨みつけていた。
――…この男っ……わざとそんなことを口の端にっ‼
北部での勢力争いから〈グロシンの砦〉を欲するアシュトン・アンヴィルの言うがまま、〈グロシン家〉の相続権を目当てに(こともあろうに!)従兄妹のわたしとの婚姻を望む破廉恥な男……。
糅てて加えて、〝そのようなこと〟わたしが受け入れようはずのないことを知っていながら、敢えて、衆目・耳目ある場でわたしに言って聞かせて愉しんでいる。……この下衆な恥知らず!
エステル・グロシンの、中庭に踊っている篝火よりもなお激しい炎の宿った目線に睨め上げられると、ダライアス・エイジャーはふふんと口元を歪めて見返し、言った。
「――…とは言え、貴女の〝散歩〟も無駄というばかりでもなかったようだ」
ふと中庭の傍らに鎮座した古い戦機――〈ウォレ・バンティエ〉に目を遣って、満足気に目を細める。
「なかなかの〝拾い物〟だ。嫁資(※)としてありがたく頂くことにしよう」(※持参金のこと)
そうして手下の者に手振りで〝連れていけ〟と命じると、少女の目線から踵を返し、本砦の中へと姿を消した。
エステルは大きく呼気を吐きだすと一度〈ウォレ・バンティエ〉を見て、それから腕を取ろうとする傭兵隊長を振り払って、自ら歩を進めた。
軟禁先はわかっている。
本砦と向かい合って建つ〝東の別棟〟の上階の奥の部屋だ。
* * * * * * * * * * * *
辿り着いた北の地には暗雲が垂れ込めていた
エステルは古い戦機とその機士に出会った
それは後の騎士と姫の出会い……
やがて暗雲は、嵐を呼ぶのだった
―― 第三話 『ここからお逃げになりたいのですね?』




