#1
鋼の腕が振り下ろされる。
巨人が手にする長剣――人が手にするそれの優に二倍を超す長さのものだ…――が、唸りを上げ打ち下ろされる。
対峙する巨人が、その手の長剣を横に振り、相手の剣の一撃を打ち払った。
重い、金属が金属を弾く音――。
陽の下でも、はっきりと火花が散ったのが判る。
鉄の焼ける匂いがした。
かっこいい……!
なんて力強いんだ。
六歳の赤毛の少年ナサニエル(愛称はナット)は、戦機武芸試合に熱狂する観衆の中、大人たちの足元に屈んで何とか見ることができた、人を乗せた巨人――〝戦機〟と呼ばれる鋼の鎧人形――同士の激突に心を奮わせた。
戦機こそ〝力〟そのものだ‼
その時分のナットには、戦機とは、〝世界を変えられる力〟を秘めた、伝説の巨人のように思えたのだった…――。
♠ ♡ ♦ ♧
…――そのナットはいま一七歳の従騎士となって、主人であるサー・ウェズリー・グロシンの臨終に同僚とともに立ち会っていた。
呆気ないものなのだなと、……そう思いながら。
ベッドに横たわったサー・ウェズリーは、毒の回った黒い顔を天井に向け、瞼を閉じている。
その生気の失われつつある顔を見下ろしながら、ナットは、どうしてこんなことになったのか、ことの次第を順を追って思い返し始めた……。
始まりは、サー・ウェズリーが〈河間平野〉の有力麾手家(各地を治める家。戦の際、それぞれの指図旗=麾を携え軍を指図することからこう言われる)であるリーク家の主催する戦機武芸試合に出場することになったことだった。
サー・ウェズリーがリーク家に何かしらの所縁を持っていたからではない。この手の武芸試合では、主催者は家勢を示すため近隣からも多くの参加者を募るもの。
つまり〝数合わせ〟である。
彼は主君を持たぬ放浪の騎士であった。
近隣の田舎の騎士や放浪の騎士は、このような武芸試合に積極的に参加する。
そうすることで自らの力量を披露し、上手くすれば名家の誰かの目に留まり、立身を成すことだって夢ではないのだ。
戦機武芸試合は〝敵対心からではなく実技の練習と勇敢さの披露のために行われる軍事演習〟であったが、ほとんど実際の戦闘と変わらず、戦いの最中に相手の武具や装備を奪うのはもちろん、倒した乗り手を捕虜にして身代金を取ること、果ては戦機を奪うことすらも行われる。
そうして優秀機士に選ばれれば、祝福と報酬とを受け取れた。
もう若くはなかったサー・ウェズリーも、勇んで募集に応じた。
放浪の騎士の現実として、戦機武芸試合こそが、日々の糧を得る重要な機会でもあった。
ナットらサー・ウェズリー一行の不運は、試合前夜の宴での騎士同士のいざこざに端を発した。……よくあることである。
リーク家と共に〈河間平野〉で勇名を馳せる麾手の家にギブニー家がある。武門の家柄と言うならばリーク家を凌ぐといってよい。……が、その配下の騎士には眉を顰めたくなるような輩が多い、そんな家柄である。
さて、その麾下にサー・イーモン・ベックリーという騎士がいた。
粗野で素行が悪く、騎士の称号を金で(それさえも他人から奪い巻き上げた金で)買ったといわれる男だった。
そのサー・イーモンが、試合前夜に客人らに振る舞われた宴の中で然る町娘に執拗に言い寄るのを――もちろん娘はそれを迷惑と抗っていたのだが…――見兼ねたサー・ウェズリーが、この不埒な騎士を、他の騎士らが酒を酌み交わす面前で蹴倒したのだ。
サー・ウェズリーには、多分に〝ええかっこしい〟な嫌いはあるにせよ、弱きを助け強きを挫きたがる、そういうところがあった。
とまれ、これがサー・ウェズリーにとって命取りとなった。
サー・イーモンが短刀を抜いて切りつけてき、それを躱したサー・ウェズリーが逆に自分の短刀を喉元に突きつけてその場を収めたのだったが、その際に、サー・ウェズリーは二の腕を浅く切りつけられている。
そしてそれから半刻(1時間)ほどして、サー・ウェズリーは具合が悪くなってベッドに横たえられることになった。……今思えば、短刀には毒が塗られていたのだろう。
サー・イーモンは、今宵集った騎士たちによって件の短刀や身の回りの品を検められることになった。……が、結局、毒の類は見つからないだろう。
提供された部屋の扉が開き、サー・ウェズリーの従騎士仲間、デリク・ノーマンが入ってきた。彼は従騎士仲間三人のうちで最も古株の最年長――二九歳――で、他の二人と違い〝ノーマン〟という家名を名乗れる階級の出自だった。このようなとき、従騎士をまとめる立場である。
「どうだった?」
ナットが訊くと、デリクは扉を閉めてこっちを向き、静かに首を横に振った。
それでナットにも、この件はこれで幕引きなのだと判った。
明日の試合に参加する騎士らの検品の結果は、件の短刀はもちろん持ち物から毒物は出てこなかった、ということである。それを受け、明日の試合を前に、放浪の老騎士の毒殺の疑いはひとまずは遠ざけられると相成った、というわけである。……まあ予想通りだ。
「――そりゃそうだろうさ。半刻も経っちゃ証拠なんざ跡形も残りゃしないだろうよ」
割って入るように声を上げたのは従騎士仲間の一人、ハリーことハロルドだ。
ナットと同じく家名を持たない平民の出自で二四歳。三人の中で最も口が悪いが、世馴れてもいる。
「喧嘩で命を落とす騎士は、大まぬけ、ってね!」
ことさらに主人サー・ウェズリーを貶めるかのような物言いに、デリクは眉を顰めたものの咎めはしなかった。こいつの口が悪いのは今に始まったことではない。それに、これでこいつがサー・ウェズリーを敬愛していたことも知っている。
デリクは椅子を引き出すと二人を向いて腰を下ろした。
「とりあえず、サー・ウェズリーを看取って…――」
主人の命脈が尽きようというときに、そのすぐ脇で従者三人が今後の身の振り方を相談するということに何か後ろめたさのようなものを感じてか、デリクの口ぶりは重たかった。
その重い口を遮って、ナットが静かに言った。
「――サー・ウェズリーは逝った」
デリクとハリーの顔が跳ね上がるようにナットを向いた。ナットは二人に向けられた視線に頷き、もう一度言う。「……いま、身罷られた」
ハリーがベッドの脇まできて主人の口元に手を翳し、呼吸が無いのを確かめる。
そうしてハリーは鋭く息を吐いて、そして言った。
「これで終わりだ」
それきり、皆だまってしまった。
彼らの仕える騎士は死んだ。
騎士が死んだ以上、従騎士は役目を解かれるのが道理である。
今後の身の振り方を考えねばならなくなった。
普通、役目を解かれた従騎士は、主人から幾ばくかの金品を貰って(退職金というわけだ……)故郷に帰る。
まだ若く、その意思があれば、次に仕える騎士を捜すかも知れない。
……もっとも、家名を持つような、それなりの生まれでもなければ、二度目に仕える騎士など見つけられるものでもないが。
三人のうち、デリクはその気になれば次の主人を見つけ〝騎士修行〟を続けられるが、彼にはその気はないようだった。もう若くないし腹も出ている。形ばかりの騎士はともかく機士になるには、戦機を動かす素養が絶望的に欠けていることを自分で知っていた。
ハリーも故郷に帰ることになるだろう。彼自身は冒険の旅が性に合っていたが、悲しいかな平民の出自で――口減らしに奉公に出されたのだ…――、それを受け入れる年齢になろうとしていた。彼にとっての〝一生に一度の機会〟は、サー・ウェズリーの魂と共に去っていったのだ。
ナットもハリーと似た境遇だったが、彼はまだ若かった。剣も人並み以上に使える。
それに他の二人にはない素養を持っていた。戦機と交感する力が人並外れていたのだ。それは天賦の才だった。
サー・ウェズリーもナットには目をかけていた節があり、年若い新参者のナットが、愛機〈ウォレ・バンティエ〉に乗ることを許していた。もしサー・ウェズリーに金銭的な余裕があれば、新たに戦機を購入してナットに充てがい、いずれ正式な機士に取り立てていただろう。
……そんな訳だから、ナットにはこの顛末は受け入れ難かった。
「これから、どうするよ」
ずいぶんと時間が経ってから、あらためてハリーが訊いた。
ナットはそのとき、サー・ウェズリーの戦機〈ウォレ・バンティエ〉を思っていた。
古い機体で〝外骨格〟に銘鈑もなく〝素体〟の素性すら判らない機体だった。
長い年月を経て様々に手を入れられた艤装は機能性を欠き、肩の装甲などは時代遅れの流行のものを無理やりに付けた結果、腕の可動域を狭めてしまってさえいた。
あちこちの塗装も剥げ、疵や凹みも目立つ。
それでも機士のサー・ウェズリーともども(〝身内に肩入れ〟かも知れないが……)〝歴戦の古強者〟の風格を持った戦機だとナットは思っている。実際、把手を握ったことのある彼には、反応の良さと、足腰の強靭さを知っていた。こいつと戦いの場に出れば、誰にも負けないという気がしたものだった。
「ウォレ・バンティエは、どうなる?」
ナットは、気づけばハリーに訊き返していた。
「そりゃおまえ……」
訊かれたハリーは、答えを口にする前にデリクを見た。
答えは簡明だった。
が、その答えに至るまでの道理を説明できそうにないから、あんた、頼む――。
そういう顔のハリーに、結局、デリクが後を引き受けて続けた。
「一先ずはリーク卿の〝預り〟になる。その後はリーク卿の胸三寸……。卿が人格者なら然るべき縁者を当たって意向を確かめるだろう。そうでなければリーク家の戦機になる」
機士として戦機を所有する放浪の騎士が客死(旅先で死ぬこと)すれば、その所有戦機は、その土地を治める麾手の預りとなるのが慣習だった。
どれだけ長く仕えた従者であろうと、戦機の所有権を取得することはできない。
戦機は戦場の趨勢を決する決戦兵器であり、どの麾手家もその入手に血道を上げている。その価値は、豊かな地方の騎士の荘園の収入、二年から三年分を下回ることはないという、高価な兵器なのだ。
ナットにも、〈ウォレ・バンティエ〉が自分のものにはならないことはわかっていた。
だが、一度でいいから〝戦機に乗って、実際に戦ってみたい〟と切に思った。
だから、自分の想いを先輩二人に告げてみたのだった…――。




