表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第三章 名前
8/50

第8話 糸と音が、魔法になるとき

猫だったナナが「ミレイユ」として目覚めた夜。

リリカが彼女に赤い糸を結び、ふたりの心が静かに寄り添っていきます。

そして「共鳴魔法」という言葉が初めて語られ、オルゴールがふたたび音を奏で始めます。

音と心が繋がるとき、世界は少しだけ優しくなる――

そんな魔法のはじまりの物語です。

 「ミレイユ、腕を出してみて」そう言ってリリカは、まだ残っている赤い糸を取り出して、ミレイユの手首に、自分と同じように糸を巻きつけた。


 「ふふふ、お揃いだね。」

 人の言葉にならない口元で、何度も「ミレイユ…」と自分の名前を確かめていた。しかし、すぐにミレイユはまた、リリカの膝に頭を置いて寝てしまった。

 (ふふふ、やっぱり猫じゃない。)


 それをみていたシュエルが、

 「もしかしたら、二人で共鳴魔法が作れるかもしれない。」と言った。


 「共鳴魔法?」


 「そもそも、さっき…何が起きたの?ナナに『名前』を呼んだだけなのに。あれって魔法…?それとも奇跡?」


 「名とは音にして紡がれた、最も古い魔法のひとつだ。精霊や魂を持つものにとって、真名は「鍵」になる。きっとミレイユはこの世界に来て、猫の精霊になっていたのだろう。」


 「鍵?」


 「そして、君とミレイユに起きたのは--《ノート・デュオ》共鳴の第一段階だ。精霊と心が繋がった時、音が鳴る。名の音が、それぞれの魔法を目覚めさせる。」


 「でも…それって、どうして音なの?私はただ名前を…」


 「“ただ”じゃない。君は名を想った。想いと音は繋がっている。音魔法とは、心の響きを世界に繋ぐ術だ。リリカは音魔法を持っているだろう?」


 「……」

 「ノート・デュオは、共鳴の始まりにして、終わりでもある。二つの音、いやもっと多くの魔法が重なれば、やがて世界を奏でる《ハルモニア》になる。」


 その言葉に、リリカは息を飲んだ。


 「じゃあ、…ナナ…ミレイユが『私と繋がったから』?それが魔法?」


 シュエルは微笑まず、静かに頷いた。


 「名を与えたのは君だ。そしてミレイユが『在る』と証明したのも君だ。名とは、存在を肯定する行為なのだ。」


 リリカは自分の膝の上で眠るミレイユを見下ろした。その細い肩が、微かに呼吸に合わせて、上下している。


 「ねぇ、シュエル。ノート・デュオって…怖い魔法る」

 「使い方による。だが『共に在る』ことを選べば、音は優しく響く。」

 リリカの胸の奥で


 ミレイユを起こして、部屋に戻った。なんとなくオルゴールを触ってみた。鳴らないってわかっていても、たまに鍵を回してしまう癖が付いていた。


 シャラン--

 という淡くやわらかい一音。


 たった一つの音なのに、空気が変わったように感じた。それはまるで、部屋の奥深くに差し込んだ、月明かりのようだった。


 「…音…出たの?」


 リリカが呟くと、オルゴールの蓋が光っていた。見えないはずの文様が、淡く青銀色に浮かびあがっている。それを見つめるリリカの手首で、もうひとつの感触が走った。


 「これってミレイユの音だね」リリカは、ふとそう思い微笑み、ミレイユを見た。

 ミレイユは目を細め、嬉しそうに笑った。


 「あたし、リリカに出会えて良かったって…思ってる。その音がそう言ってくれているみたいだった。」

 それは当然のように思えた。ずっとそばにいた存在。気づけば一緒にいる相手。音が鳴ったことに、納得があった。


 リリカはそっと笑って、オルゴールをもう一度回しまた。

 

 「シャラン」

 音がまた静かに咲いた。

 赤い糸--ジュエルにもらった毛糸より細い柔らかな不思議な糸。それが小さく震えた。


 「糸が…共鳴している?」

 リリカの言葉に、ミレイユがそっと頷いた。


 「なんで音が鳴ると糸が震えるのかしら。」


すると、足音がした。振り返ると、木の扉からシュエルが入ってくる。

 「…聞こえた。オルゴールの音。」

 彼は穏やかな顔をしていた。けれど、瞳の奥には何か確信めいた光が宿っている。


 「それは“音の欠けら”だよ。リリカ。」

 「音の欠けら?」


 シュエルはリリカの手にあるオルゴールを見つめながら、ゆっくり頷いた。


 「君が集めるもの。…この世界に『音』を取り戻すための始まり。」

 「始まり…?」

 「君はまだ、自分がどんな存在なのか知らない。でもオルゴールが応えたということは--この世界も、君を待っていたというということだ。」


 リリカは、手首の赤い糸に触れ、光るオルゴールをそっと閉じた。静かに胸の内に広がっていく不思議な感覚。それは、心が澄んでいくやうな、けれど何か大きな使命に包まれていくような--温かな恐れだった。


 「ねぇ、シュエル。」

 「なんだい?」

 「この糸は、まだどことも繋がっていないのに…どうして、ミレイユと共鳴したんだろう。」


 その問いにシュエルは小さく笑った。

 「それは多分…リリカ、君の“願い“が先に動いたからさ。」

 「願い?」

 「名前を呼んだことで、一人の精霊がこの世界に身体を宿して生まれた。そして、音が鳴った。きっと、願いは音になり、道を繋いでいく。糸はそれを感じる力なんだよ。」


 リリカは再びオルゴールに視線を落とした。

 たった一音だけだったオルゴール。けれど、確かに彼女の中の何かを揺らした。


 シュエルは、赤い糸をそっと撫でて続ける。

 「これから君は『音の欠けら』を集めることになる。精霊たちの名前を呼び、仲間と出会って、魔法と共鳴して…」

 「その先に何があるの?」


 シュエルは言った。

 「さっき話した《ハルモニア》--全ての魔法を繋げる、最終の旋律さ。」


 シュエルが去ったあと、部屋の中は少しだけ温かさを増した。ここは他の部屋より少しだけ暖かくて、夜になると微かな音が壁の向こう側から聞こえる気がした。


 もう一度、窓辺に置いたオルゴールを手に取った。不思議なオルゴール。おばあちゃんが言ってたように、誰かと繋がると音が鳴るのね。


 すると、--カチリ、と小さな爪が弾けたような音の後、一音だけ銀のような透明な響きが室内を包んだ。


 「…今の…音?」


 手首の糸、また微かに揺れた。オルゴールの横に置いておいた、織りかけの布の中に織り込まれた赤い糸が、ほんの一瞬だけ、光を帯びる。

読んでくださって、ありがとうございます。


ミレイユとの共鳴、そして“音の欠けら”のことが少しだけ見えてきました。

次回はいよいよ精霊との出会い……!というところまで、あとちょっと。

静かな不思議が、ふんわり積もっていく感じを楽しんでもらえたら嬉しいです。

また次の話でお会いしましょう♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ