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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第三章 名前
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第7話 奇跡

異世界の暮らしにも少しずつ馴染み始めたリリカ。

畑や林を歩くうちに、穏やかな時間が彼女の心を癒していく。

しかし、その静かな夜に起きたのは――彼女がずっと大切にしてきた“名前”の奇跡だった。

 午後は、シュエルが草屋根の小屋に行ってしまったなで、リリカは散策することにした。ナナが後ろをついて回っていた。裏ドアから畑に出た。沢山の野菜が生っていた。畑のそばに井戸があり、そこを抜けたところに焚き火の跡があった。


 「まあ、シュエルは一人でここで焚き火をするのかしら?」


 その奥には林があった。リリカはそこを歩くことにした。少し苔むしている林で、苔が光を反射させてきらきらと煌めいていた。


 しばらく行くと小川に出た。

 「これじゃあ、赤毛のアンみたいな場所じゃない。名前を付けた方がいいかしら?」ふふふ、とリリカは笑った。こんな気持ちがウキウキするなんて、何年ぶりだろうか。西の部屋のリリカに戻った気持ちになった。


 「あ、私は、異世界のリリカだった」と、またふふふ、と笑った。


 林はそんなに大きくはなかった。奥行きは50m位で、横は丘の家を囲むように茂っていた。林を抜けると野原が広がっていた。遠くには森があるようだった。


 林の散策を終えると、リリカはまたソファに座って、ウトウトとしてしまった。ナナも足元で丸くなった。


 「リリカ、夕食にしないか。」


 シュエルの言葉で目を覚ました。このソファに座ると寝てしまうのか、疲れているのか…。でもいろいろとありすぎて、疲れているのは確かだ。


 「リリカ、キッチンの使い方を教えてあげようちょっとこっちにおいで。」

 リリカはキッチンに入っていった。清潔で誰も使ってないみたいな感じだった。


 「リリカ、鍋の前に行って。」


 リリカは鍋の前に行って、中を覗いてみた。空だった。


 「今日は何を食べたい?」

 鍋を見て、何となくスープみたいなお腹に優しいものが食べたいと思った。」


 「シチューが食べたい。」

 すると、何もなかった鍋の上に、パッと材料が出てきて、鍋にストンと入って、鍋がジューといった。


 「何これ!」


 「この鍋は『食べたい物』を思い描くだけで、自動的に料理を始めるんだよ。下にフライパンも何でも入っているから、食べたいものに合わせて調理器具を置くといい。自動で作るにしても材料は、畑にあるものが出てくるんだ。だからいつも畑にはいろんな作物を植えておかないといけない。


 こちらでは、季節を考えなくてもいろんな野菜が植えられるし、庭にはハーブも植えてあるから。肉はさすがにないから、私が買って倉庫にいれてある。魚は裏の小川にいる。他の魚も私が調達する。


 「倉庫? まだ探索してない所もあるんだ!」

 「倉庫は西側にあるよ。」


 「じゃあ、サラダも作れるの?」

 「もちろんだよ。シンクの下にサラダボールがあるから、出してごらん。」


 サラダボールを出して、「サラダが食べたい」と言ってみた。すると、また空中にパッと野菜が現れてサラダがきれいに盛り付けられた。


 「リリカ、もうつかえこなせるようになったね。お茶を飲みたい時は、ポットを出せばいい。」


 そうこうしてる間に、いつの間にか鍋にお湯が張られて、ぐつぐつと煮込み始めた。いい匂いが漂ってくる。


 「もう出来たんじゃないか?」

 「もう出来たの?」

 「ああ、すぐに出来る。さあ、よそって食べよう。」


 よそりだすと、自動的に火も消えた。


 「本当に魔法の世界なんだぁ便利だなぁ」

 「さあ、ダイニングに持って行って、早速食べよう。」


 シチューはとても美味しかった。サラダはみずみずしく、苦手なニンジンも玉ねぎも美味しかった。

 (採りたてだからかしら。)


 赤い屋根の家のリビングは静かに息をしている。ソファの上で、りりかはそっと膝にナナを乗せていた。ナナはまどろむように瞳を閉じている。


 その横の木彫りの椅子に腰掛けていたのはシュエルだった。シュエルと他愛のない話をしていた。日本での暮らしとか。

 (ああ、こちらに来て、孤独なんて忘れてしまったなぁ。シュエルは私のことを「ないもの」としないもの。


 シュエルは、淡い布を手にしながら、織り目を確かめる。指先はどこか緩やかで、けれどその瞳には、時折チラリとナナに向けられている。


 リリカはナナを膝の上に抱いて、そっと撫でていた。艶々とした毛並みが気持ち良かった。ナナの尻尾の先が、ほんのり揺ら揺らと揺れている。

 (気持ちいいんだ。)


 「この子、ずっと昔から私のそばにいてくれたの。私が泣いていても怒っていても、そばにいてくれて…」


 リリカの声は静かだった。けれど、その言葉には、誰にも届かなかった寂しさの音色が含まれていた。シュエルはそっと目を閉じて、火の音に耳を澄ます。


 「名を呼ぶということは、祈りにも近いものだよ。」

 「祈り?」

 「この世界では、名に力が宿る。特に“真名”は魂と繋がるものだから。」


 リリカは、視線を落とした。猫の頭を、優しく撫でながら、ほとんど心の声のように呟いた。


 「この子は…ナナ。私の大切な猫。」


 瞬間。部屋の空気が変わった。

 柔らかな光が、ナナの身体から滲み出すように広がった。まるで陽だまりが一瞬濃くなったような、静かな現象だったが--その光はすぐに強さを増していく。


 「リリカ?」


 隣の椅子から、シュエルの声がした。けれど彼の声には驚きも焦りもなかった。ただ、どこかで予感していたように静かで、目を細めて見つめていた。


 光は眩しくはなかった。ただ、懐かしい音が響いた。オルゴールのような、ナナの首の鈴のような。--何かが呼応している音。


 ナナの身体が、リリカの膝の上でふわりと宙に浮かぶ。光の粒が絡まりながら、その輪郭をなぞるように解け、姿を変えていく。


 「これが“共鳴”…。」


 シュエルが呟いた。そう言ったシュエルの声すら、リリカには遠くに聞こえた。目の前で起きている奇跡が、過去と今とを繋ぎ、胸の奥で止まっていた何かをそっとほどいていく。


 「……人……?」


 光の渦の中から立ち現れたのは、小柄な少女だった。茶トラの毛並みを思わせる髪が、ポニーテールに結われ、琥珀色の瞳が真っ直ぐにリリカを見ていた。


 「…リリカ。やっと会えた。」

 「ナナ…?なの?」


 問いかけに、少女は薄っすらと頷いた。


 「でも…人になった私は…ナナじゃない、気がする。」


 言葉が消えた。リリカは立ち上がることも忘れて、ただ手を伸ばした。その手を彼女は受け取ってくれた。


 「“名”を与えなさい」シュエルが言った。

 「精霊には“名”を与えて絆を深める」


 リリカは少し考えて、

 「--ミレイユ、ってどうかな。」


 少女の瞳がゆらりと揺れた。


 「“奇跡”って意味があるの。あなたが来てくれたことが、私には…本当に、奇跡だから。」


 その瞬間、光が再びあふれた。


 部屋全体がやわらかに波打つような、見えない音が鳴った。赤い糸がリリカの手首でそっと震え、ソファのまわりに漂っていた透明な空気が、優しく色づいたように見えた。


 「…ミレイユ。うん、それが私の名前…“真名”だねを」


 少女が口にした瞬間、光は静かにおさまり--彼女の存在が、この世界に確かに根付いた。


 「--やっと、名前がもらえたんだな。」シュエルがそう言って、ふと目を細めた。

 「名は、この世界に存在する証。君が呼んだから、彼女は“ここにいる”ようになった。」


 リリカの目に涙が浮かんだ。


 --今、どうしてこの子の名を口にしたんだろう。


 でもその声が、きっと通じた。この世界では、名前が『絆』を意味するなら。


 思えば、私がここにいるのも、誰にも呼ばれなかった人生の終わりに、ようやく始まりが訪れたのかもしれない。「自分の存在」が、誰かの世界で意味を持てる--そんな感覚。


 ミレイユはそっと微笑み、リリカの手を握りしめた。


 「ありがとう、ナナ…じゃなくて、ミレイユ」

 「うん。リリカ、ずっと一緒だよ。今までと同じ。」そう言って、ミレイユは微笑んだ。


 静かな夜に魔法のような「始まり」の音が響いていた。誰にも呼ばれなかった、聞こえなかった、リリカの声が、世界に『共鳴』した夜だった。


 ミレイユの首には赤いサッシュのリボンと鈴が付いていた。ナナに買ってあげた首輪にそっくりだった。

読んでくださってありがとうございます。

今回は、リリカにとってとても大切な“共鳴”の瞬間を描きました。

名前を呼ぶこと、そして「存在を受け止めること」が、どれほど深い意味を持つのか……

ミレイユとの出会いが、これからの旅路をより豊かにしてくれるはずです。


次回は、精霊との生活が少しずつ始まっていくお話です。どうぞお楽しみに。

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