第6話 音の欠けらと共鳴の糸
新たな部屋、新たな手紙。
そしてシュエルから語られる、この世界の真実。
「音」を宿すリリカは、まだ気づかないまま、“鍵”を手にしていく──
シュエルが言っていた、二階の角部屋に行ってみた。思ったより広い部屋で、清潔なリネンのベッドがある。結構大きめなベッドだ。
そして小さな机もあった。ノートが数冊置かれ、裁縫道具もあった。
なんと、ピアノも置いてあった!
窓は東側と南側。東側の窓にあった花瓶に花を生けた。その時ポケットがふわりと温かく感じて、ポケットの中を見てみる。封筒が入っていた。
「あ、この封筒は……」
その時、ポロリと何かが床に落ちた。オルゴールと、その鍵だった。
「なんで窓辺に置いてあったオルゴールがここに?」
オルゴールは南の窓辺に置いた。日本の西日が入るあの部屋を思い出しながら。
「不思議……」
リリカは封筒の中身を取り出した。昨日のカードと便せんが入っていた。便せんを開いてみた。
「リリカへ
ようこそ、記憶の狭間に咲く場所へ。
ここは『音の失われた世界』
でもそれは本当は──
誰かが失わなければならなかった音なのかもしれない。
あなたの中に眠る、“全てを聴く力”。
その力は、誰かを癒すために生まれた。
その力は、誰かを導くために眠っていた。
これは目覚めの旅。
あなたが音を失う前に、音を奏で直す旅。
音の欠片を集めなさい。
旅の鍵は、『音』『記憶』『夢』『共鳴』。
全てが揃うとき、あなたは一度きりの本当の音を咲かせることができるだろう。
──封筒を開いたその瞬間から、道は始まっている。
『風の丘』に向かって歩きなさい。
赤い屋根の小さな家が、あなたを待っている。
心の集まった時、扉が開かれる。
リリカ、もう一つだけ。
“音は触れた時、最も静かに咲く”
あなたが、もう一度音を信じられますように。
-S」
読み終えた瞬間、部屋の空気が変わった。まるで誰かが、どこかに息をひそめてるように。
足元にいたナナを、そっと抱き上げる。やわらかな毛並みと小さな心音。いつもと変わらない。でもその瞳は封筒を見ていた。
ナナに触れることで、リリカは少し落ち着いた。
「なんのことだろう……音の欠片を集めるって、どういうこと?」
そもそも、私は日本でもほとんど音を出すこともなく、聞くことも少なかった。ピアノさえいい音が出なくなっていた。喧騒の中にいるのも嫌いだった。
「Sって誰のことだろう……シュエルは違うみたいだし」
一階に下りて行くと、シュエルがいた。
「昼食にしないか?」
そう言えば、昨日の夜から何も食べてなかった。
「何がいい?」
「何でもいいです。この子は猫だけど、なんでも食べれると思います」
「じゃあ、ちょっと待っていて。そこに座っていればいい。……それから、敬語は禁止ね」
「分かった。普通に話すね」
シュエルはキッチンに消えて行った。ナナは椅子の上にチョコンと座っている。(分かっているのかな)
すぐにシュエルが出て来た。美味しそうなスープと焼きたてのパンだった。
「美味しい。シュエルって料理も上手なのね。早いし」
「それは……追々話すよ」
「君は“選ばれた人”なんだ」
「え? 選ばれた? 誰に?」
「それは分からない。君が来るって、布と風に聞いていただけだから」
「君は、『音の欠けら』を集める役目を持っている。そもそも君は、『音』を運んで来たんだ」
(音を……持って来た? 私が?)
「君の周囲では音がするし、私とも普通に会話できているのがその証拠。普通はもっと、くぐもった音でしか話ができないんだ。今度近くの村に行ってみよう。すぐに分かるから」
「君は、精霊が見えるよね。それも君の能力だよ。全部の精霊が見える人は少ない。精霊は『風』『火』『水』『土』『光』『闇』。君特有のもので『音』『時間』『夢』『鏡』、それに『生産』『転移』……」
「精霊と繋がると『魔法』が使えるようになる。私は風の精霊を持っている。精霊同士が共鳴すると、新しい魔法が生まれる」
「魔法? 精霊? ここは魔法の世界なの?」
「もちろん。ここは『魔法』と『共鳴』の世界。ただ、音がなくなった今は共鳴の力も弱まっている」
シュエルがくるりと指を回すと、風がふわりと流れた。
「リリカにこれを渡そう」
シュエルは赤い小さな玉を出した。毛糸より細く、虹色の光沢を放つ赤い糸。
「これは、共鳴の糸。大切な糸だから、少し腕に巻いたらいい」
そう言って、リリカの右手首に糸を巻いて結んだ。
「君のクローゼットには何でも揃っているから、着替えてくるといい」
リリカは早速、自室のクローゼットを開けた。何着かのワンピースと靴、靴下、下着まで揃っていた。
赤い小さな花が散りばめられた白いワンピース。腰の背中にサテンのリボンが付いていた。
「やっぱり不思議が多くて、自分のことなんか忘れちゃうよね……」
制服はもういらなかったけど、クローゼットに掛けておくことにした。
糸の残りをどうしようか迷って、制服のポケットに入っていた祖母からもらった巾着を思い出した。
「これはお守りだからね、花音を守るように肌身離さず持っていなさい」
祖母にそう言われて手渡されたので、以来ずっと持ち歩いていた。虹色の変わった布で、中にラミネート加工された小さな紙が入っていた。その紙には音符が散りばめられていた。
「私のピアノが上手く行くように作ってくれたのかなぁ。」
リリカはその袋に残りの赤い糸を入れて、ポケットに入れた。
読んでいただきありがとうございます。
静かに始まる「音の旅」。
精霊、魔法、共鳴、赤い糸……。まだ謎は多いけれど、リリカの内に眠っていた“音”が少しずつ目を覚まし始めます。
次回は、いよいよ精霊の姿が本格的に現れていくはず。どうぞお楽しみに──。