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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第八章 封じられた映し
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第43話 白の谷間

朝陽に包まれ、リリカたちは新たな“場所”へと歩き出す。

笑い声と共に、一歩一歩、記憶の奥に眠る景色へ。

 「--ただいま!」


 朝露がまだ残るなか、リリカは軽やかに戻って来た。

 ミレイユが伸びをしながら、顔を上げ、カイは火に薪をくべていた。


 「早かったな。」

 「朝ごはん持ってきたわよ。あと…話したいことがあって。」


 火のそばに座り直し、リリカは静かに口を開いた。

 「夢の精霊に会ったの。名前は--メルフェリス。」

 ルエルがぱちぱちと焚き火の隣で跳ねる。ミレイユが目を丸くした。


 「その精霊がね、教えてくれたの。カイが最初に来た場所…廃墟の場所を。」


 カイが顔を上げた。

 「見つけたのか?」


 「夢で。でもちゃんと場所を教えてくれたの。東の尾根を越えて、三つ岩を目印に南の谷に下りる。白い地面の凹地に、小さな廃屋があるって。」


 カイはゆっくりと目を伏せたあと、頷いた。

 「…そこだ。俺が最初に来たのは、そうだ。岩に腰をかけていた。」

 朝の空気が、少しずつ温かさを帯びていく。焚き火の炎がぱち、と音を立てた。


 「おー、パンだ!それもあったかいやつ!」

 ミレイユが嬉しそうに目を輝かせながら、袋の中を覗き込む。そこにはリリカが家から持って来た、まだほんのり温かさを残したパンと、ジャムの小瓶。

 干し野菜と豆のスープはもう鍋に入れていた。


 「パンは昨日、丘の家で焼いた残り。ジャムはルエルがお気に入りのいちご。」

 『うわー、ぼくの名前が出たね!リリカ、ありがとっ』

 ルエルが嬉しそうにくるりと一回転する。

 その隣でフェリラが鼻をくすぐるように言った。

 『ジャムもいいけど、風で軽く炙ってカリっとさせるのもアリじゃん?』

 「フェリラ、風当てすぎると焦げるでしょ。ほどほどにね。」

 

 やがて、ぐつぐつと音を立ててスープが温まり、ふわりと香草の香りが立ち上がった。

 「うん、これなら体も温まるわね。」


 木の器に注いだスープを配りながら、リリカは空を見上げた。雲ひとつない快晴。風は穏やかで、今日の探索にはうってつけの日だった。


 「今日、廃墟に向かうんだよね?」

 ミレイユがパンをかじりながら言うと、リリカは頷いた。

 「うん。メルフェリスが教えてくれた場所--東の尾根を越えて、三つの岩を目印にして、南へ。そこに、カイがいた場所があるって。」


 「そうか…懐かしいな。あんまり、戻りたくない気もするけが…行かないといけない気もする。」

 カイの声は低かったが、どこかに決意を感じさせた。

 「カイには見覚えがある場所なの?」

 「ある。あそこには--俺はひとりで転がり込んだ。目の前にあったのは、ひび割れた鏡と…動かなくなった時計だった。」


 リリカは静かに頷いた。

 「きっと、なにかがある。まだ見つけていない、鍵が。」

 「うん。」


 ミレイユがぺろりとパンの端を食べ尽くし、ぴょんと立ち上がった。

 「よし、じゃあ準備しよっか!フェリラ、風の予報お願い!」

 『はいはーい。今日は南東から穏やかな風、午後から少し強まるかもって感じた〜』


 「ティリムも、忘れ物ない?」

 『んーん。ボク、リュックに石つめた』

 「それは、たぶんいらないわ。」

 一同に笑いがこぼれる。


 リリカは最後に荷物を整えながら、そっとポケットを確認した。

 --オルゴールはそこにある。静かに、けれどしっかりと、リリカの心とともに。


 「それじゃ、出発しよう。三つの岩の尾根を越えて、谷の先へ--。」

 カイと目が合った。その瞳に、昨日よりも少しだけ希望の光が差していた。


 朝の光が、木漏れ日となって森を照らしていた。

 リリカ達は、三日目の探索へと歩き出していたが、今日の道のりは--想像以上に賑やかった。


 『ねぇ、そこの枝、くすぐったいよ〜』

 『風がくるのは、そっちが先に揺れたからだね』

 フェリラとルエルが、くるくると木々の間を飛び交っている。

 『空気の流れはこっち…ううん、でも音は反対…』


 『わたくしは、あの丘の方角が気になりますわ』

 アクエラはふわりと浮きながら、優雅に指差す。

 『ったく、ぐるぐる回ってばっかだな…。そろそろ真面目に行こうぜ?』

 フレオンが腕組みをして空に炎を揺らめかせると、フェリラが

 『じゃあ、君が真面目に案内してよー!』

 と返して、またひと騒ぎになる。


 そのたびにカイが立ち止まり、険しい顔で後ろを振り返る。

 「…リリカ、少しだけ地図を見せてくれ。」

 「うん。…もしかして、道がずれてる?」

 カイは黙って、木々の間を見つめた。やがて一歩、ゆっくりと足を踏み出す。

 「…あの岩。見覚えがある。」


 その指差した先には、苔むした大きな岩があった。まるで動物の背中のような形をしている。


 「転移してきたときに、あの岩に腰をかけていた。…あの方向に、廃墟があったはずだ。」

 リリカは小さく息を呑んだ。

 「ありがとう、カイ。そこへ行ってみよう。」

 カイが先に立ち、後ろを振り返らず歩き出す。その背中は、まっすぐで、少しだけ懐かしさを帯びて見えた。


 フェリラたちも、今度は静かに--とはいかなかったが、少し控えめに浮遊している。

 『おー、こっちに来るのね?』

 『でも音の流れ、変わったような…変わってないような』

 『さすが、思い出補修ですわね。記憶の中の風景は、時を越えて残りますもの』


 道中、ちょっとしたぬかるみでルエルが泥を跳ねてため息をついたり、フレオンが草を焼きそうになって、止められたりと、相変わらず小さな事件が続いたが--


 カイの記憶を頼りに、木々の間を縫うようにして進んだ一行は、やがて緩やかな下り坂に差し掛かっていた。


 「こっちで合っていると思う。」

 先頭を歩くカイの声が、少しだけ低く響く。木の音が複雑に絡む斜面は滑りやすい苔と、濡れた落ち葉に覆われていて、注意しながら足を運ばなければならなかった。


 「うわっ、滑る…」

 『ボク、浮いててよかった〜』

 リリカが足元に気を取られてよろけたのを、ルエルが素早く支える。

 横ではフェリラが

 『滑ったら風で持ち上げるよ〜』

 と呑気に漂っていた。


 やがて、森の斜面を抜けると、ぱっと視界が開けた。そこはまるで別の世界のようだった。

 「…白い…?」

 リリカが呟いた通り、その場所は、薄く白い光に満たされていた。


 霧とは違う、でも確かに白い空気。湿り気はなく、冷たさもない。ただ、静けさの中に白がある。地面には白っぽい砂が混じり、光を反射して柔らかく輝いていた。空を覆う木々はすっかり後ろに消え、頭上には淡い空気が広がっている。

お読みいただき、ありがとうございます。

辿り着いた“白の谷間”に、カイの過去と新たな音が眠っています。次回もどうぞお楽しみに。

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