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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第二章 丘の家の赤い屋根の家
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第4話 扉の奥

初めて過ごす異世界の夜が明けた朝。

見知らぬ家の中を歩きながら、花音は少しずつ「ここで生きる」という感覚を受け入れていく。

けれど、そこにあったのは、かつての“鏡”に似た扉と、もう一つの名前の呼び声だった。

 家の中は、思ったより広かった。広いリビングに薪ストーブ、真ん中にあるのかと思ったら、薪ストーブの向こうはダイニングテーブルが置いてあった。


 ダイニングの北側に清潔なキッチンがあった。ホウロウで出来たキッチン台に大きな鍋が置いてあった。食器棚には、美しい花模様の食器が揃っていた。ダイニングに戻ると、キッチンの隣が書斎のようだった。


 扉のないアーチ状の入り口から入ると、書架には沢山の本が並んでいた。机には、読みかけの本があった。


 「やっぱり、誰かいるんだわ。」

 花音はそう呟いた。


 リビングにある階段を上がると、寝室が東側に二つ、北側に三つあった。リビングは吹き抜けになっているから、その周囲をLの逆さまにの感じで囲っていた。


 玄関の正面に廊下があって、突き当たりには裏ドアがあった。ここも上部は円形だった。 


 そこを開けると、小さな畑のようなスペースが見えた。裏ドアを閉めて、家の中を見ると、ドアの手前左手にまだ廊下が続いていた。


 キッチンと書斎の裏側である。左手にお風呂と洗面所があった。洗面所の鏡に映った自分にびっくりしてしまった。


 髪型は変わらない。眉の上で切り揃えられている前髪、しかしその髪が真っ白であった。鏡に近づいて見ると艶やかな美しい白色だった。目の色は灰青色で少し光を帯びている。


 「私、精霊になっちゃったみたいだ。」

 と苦笑したけれど、苦笑している場合ではない。心が不安でいっぱいになった。


 廊下に戻ると、突き当たりにドアがあった。他の場所とは違い、鈍色の鉄製のドアだった。ただ、ドアノブがなかった。


 近づいてみると、縁があの西日の部屋の鏡の縁取りに似ていて、鏡にあたる部分が鈍色の鉄でのっぺりとなっていた。


 瞬間、花音の心臓が大きく跳ねた。あの姿見にそっくりだ。見慣れた部屋にあった、あの西向きの窓辺。


 日々の孤独を映していた、あの鏡によく似ている。まるで同じものがここにも現れたような、不思議な感覚だった。


 おそるおそる、指先で扉に触れてみる。ひんやりとした感触。その奥で、何かが揺れたような気がした。


 「帰れる…のかな…」


 けれどドアの表面は鈍く光っているだけで、通り抜けられるような気配はない。手で押してみたけど、何も起こらない。扉は扉のままだ。


 そして気づく。あの時、何かが「鍵」になって、鏡が開いた。その条件がまだ、ここには揃っていない。帰る扉は、今は閉ざされている。花音はため息をついた。


 ふと、昨日の記憶が蘇ってくる。音のないオルゴール、祖母との記憶、夕方の部屋、猫のナナ、そして封筒。あの思い出が、扉を開いたのか? それともあの寂しさが引き金だったのか?


 「なら、今は…ここで過ごすしかないよね。」声にしてみると、少しだけ胸の重さが和らいだ。ここは不思議な場所、家には温かさもある。


 あと家のことを思うと、暗い気持ちになる。ここはまるで「生きていていいよ」と語りかけてくれているようだった。帰れるなら、帰る方法を考えて行こう、と思った。


 花音はリビングに戻って、またソファに座った。

 「何をしたらいいのかなぁ。誰か住んでる…のかな。」


 すると、図ったようなタイミングで、「カチリ」とどこかで音が鳴った。花音はドキリとした。


 玄関ではなく、裏ドアから音が鳴ったようだった。すると、風がふんわりと動いた。そして、リビングに入ってきた。


 白い光沢のある織物の衣を身にまとっていた。長身で、銀色のような長い髪に静かな灰色の瞳をしていた。


 まだ少年とも見える細身に褐色の肌、耳には風に揺れる耳飾り。


 「やっと来たね。リリカ。織の民の名にかけて、君を待っていたよ。」透き通るような声だった。


 年齢も性別も最初はよく分からなかった。けれど目の前の人物は静かに笑っていた。花音は思わず立ち上がり、胸に手を当てる。


 (なんでその名を知っているんだろう。)花音は戸惑った。「リリカ」という名前ーー誰にも話していない。私だけの大切な西の部屋での名前…。

ここまで、読んでいただき、ありがとうございます。


かつての姿見に似た扉。

風に導かれて現れた人物が、彼女の“秘密の名”を呼ぶ――

まるで誰かに「気づかれてしまった」ような不思議な感覚の中で、リリカという存在がゆっくりと現れてきます。

次回は、風と織の民にまつわる記憶が少しずつ紐解かれていきます。

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