第36話 目覚めの一撃
朝の静けさの中、リリカたちは再び探索の旅へと踏み出す。仲間たちとの連携と、響き始めた力の音。その先に待つものとは--。
朝日が差し込むキッチンで、リリカはマグカップを置き、ふうっと息を吐いた。フィンとの散歩が終わったところだ。早朝の丘の家には、まだ微かに眠気と温もりが残っている。
「準備、終わった?」
背後からそう問いかけたのは、ポニーテールを揺らすミレイユだった。
白いシャツに茶色のショートパンツ。素足にサンダルを履き、いつものようにすっきりした顔をしている。
「サンダルはどうかと思うよ。」リリカは言った。
「また、転移はリフレナが引き受けてくれるから。」
「なら、問題ないわ。フィンのご飯も用意したし。」
「…ありがと。行ってくれるなんて思わなかった。」
「リリカが行くなら、ついて行くに決まってるでしょ?」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
庭先に出ると、音、風、火、水、土--五つの精霊たちがリリカを待っていた。
それぞれの光が、朝日に透けるように漂っている。
カイも扉から出て来た。
「おはよう、カイ。目覚めはどうだった?」
「さっぱりしてるよ。いよいよだからな。」
「じゃあ、カイ、欅の木に転移するから、私のいる欅の木を目指して来てね。」
「分かった。」
『ミレイユは、リリカと魂が繋がっていれから、一緒に転移できるわ。精霊たちは自分でも行けるけど、私とも一緒に飛べるわ。ふたりとも、手を繋いで』転移の精霊リフレナが現れ、そらいろの光を羽に宿していた。
リリカとミレイユはしっかりと手を取り合って、リフレナの言葉に頷いた。
「行き先は、カイがこの世界に現れた場所の近くの欅の木。カイが転移しやすいように。」
「リリカ、ちゃんと届くとこいいね。」ミレイユが少しだけ、リリカの手を強く握った。
「うん。きっと届くよ。」
リフレナの羽が広がる。そらいろの光が足元を包み込み、リリカとミレイユの姿は朝の空間に溶けていった。
カイはひとり、手を幹に置いていた。
「リリカの行く場所へ。その欅の木へ--」
そう念じた瞬間、根本から魔法陣が広がり、彼の身体が軽く浮かぶ。
目を閉じたまま、彼は静かに言った。
「リリカ…」
その声が空気に染み込み、光となって吸い込まれる。そして、彼の姿もまた、風のように消えていった。
--転移した先
そこには大きな欅の木があった。その根元にリリカとミレイユが姿を現した。
そらいろの光がほどけるように消え、風がふわりと揺れたとき--
カイも転移してきた。
「…届いた、か。」
「ちょうどいいタイミングだったね。」とミレイユ。
「…無事に合流できて良かった。」微笑むカイの肩に、小さな熱を感じる。
『ふふん、俺がちゃんと見守っていたぜ』火の精霊フレオンが、彼の肩で揺れていた。
「--ここから、探索開始だね。」
リリカが息を整えてそう言うと、カイが周囲を見渡した。
「木々の生え方…地形の窪み…あの廃屋の影、記憶にある気がする。」
「じゃあ、この辺りに…あなたが最初に来た鏡が?」
「いや、もっと深い場所にあった。地形が変わっているかもしれない。」
リリカが頷いたその時--ふわっと風が吹き、肩にひとつの影がふわりと降りた。
『共鳴は…しっかり保ってるね。リリカ』
音の精霊ルエルが、いつもの明るい声で微笑む。
『さてさて、じゃあ今日も張り切って記録開始だよ!』
『風の道、異常なし!こっちのルートは進めそうだよ、二人とも!』
フェリラが前方から滑るように戻って来た。
『湿気が多いわ。でも清らかな水が流れてる。泉か川が近くにあるはずですわ』
アクエラは優雅にくるくると舞いながら、空間の“気”を読む。
『うーん…地面の下、何か空洞があるかも。ぽふっ…あ、ここ!』ティリムが足元の土をぽふっと押しながら、ぴょこぴょこ跳ねている。
『おいおい、ちょっと落ち着けって!…ってか、お前らうるせーな!』
焚き火の火種のようにパチパチと音を立てながら、フレオンが腕組みして吠えるように言った。
『ここは俺の火で道を照らすんだ!ちゃんと俺の指示も聞けよな!』
『なにそれ、聞いてないし~』
『フレオン、いつも主役みたいに言うわよね』
『ボクはただ、可愛い音を鳴らしたいだけなんだけどなぁ』
「あ、なんかこの感じ、久々に懐かしい。」
ミレイユがくすりと笑う。ポニーテールを揺らして、リリカの隣に来た。
「…賑やかそうだな。」
カイがぽつりとつぶやいた。けれど、その顔には、ほんの少し肩の力が抜けたような表情があった。
「いいことじゃない。静かよりずっといいわよ。」
ミレイユがそう言いながら、まっすぐ先を見つめる。
リリカも、精霊たちも、少しずつ歩き出していた。
『じゃあ、今日の記録は“共鳴の森の第一歩”ってことで--ぼく、音を集めてくるね』ルエルがふわりと飛び立った。
『風のルートは任せて!』
『水場を見つけたら、必ず知らせますわ』
『ボク、地下のぽふっも調べるからね』
『俺は火口を探す…あ、ちげぇ、火の匂いだ!カイ、右手の道の先、何かいるぞ!』
「魔獣かもしれん。なんか、リズムが変だ。詠唱してるわけじゃねぇが…気配が変わるぞ」
カイが剣に手をかけ、リリカがオルゴールに手を伸ばす。
森の奥から、ざわ…と空気が動いた。
「何か来る。」
リリカがそっと言ったその直後、草むらがざぱっと裂ける。
黒く濁った獣が、四肢を低く構えながら地を這うように現れた。
「グロール・ハウント…!」
「奴は滅多に出てこないが、音を食う!」
カイがすぐに剣を構える。
漆黒な体にまだら模様。異様に大きな耳を左右に回しながら、白く濁った目は焦点を持たず、ただ音を探るように動いていた。
「完全に聴覚型…視覚はほぼゼロ。でも音に超反応するタイプね。」
ミレイユが鋭く告げる。
「リリカ、下がっていろ、あいつは俺がやる!」
「うん、お願い。」
リリカはカイの後ろに下がった。
その瞬間、風がふわっと揺れて、フェリラがリリカの前に出る。
『まずは風の流れを読もう!リリカ、そっちの茂みに近づいちゃダメ!』
『まずは一発、氷の矢を放ちましょう!風に乗せて。リリカ、イメージしてみて』
リリカの掌に浮かぶ水が、冷気で鋭い矢へと変わる。
フェリラが風を送り、アクエラが軌道を調整。リリカが放った氷の矢は、魔獣の前足をかすめて飛ぶ。
カイは思わず、振り返った。
『いいぞ!』
フレオンが空中で火花を散らす。
『次は火だ!お前の横に俺の火を寄せるから、それを投げろ!」
「ま、待って!タイミングを合わせないと--」
リリカが放った火球が、フェリラの風に乗って飛び、魔獣の耳元で炸裂する。
「ギャウウウゥゥ……!!」
「動きが乱れてる!」
『ぽふっ!ボクが地面に段差を作るねっ!』
地面が盛り上がり、魔獣が足を取られてつまずく。
その一瞬の隙--
ミレイユが影のように駆けた。
「リリカに手ぇ出したら、許さないんだから!」
--《影炎の爪》!!
黒い影が地を切り裂き、紅の炎が魔獣の前足を焼く。
獣が吠え、のたうち、地面を引き裂きながら逃げようとしたとき--
「逃すか!」
カイが風を切って駆ける。
剣が火をまとい、一閃--
--ズンッ!!
炎の軌道が魔獣の背を裂いた。悲鳴が森に響き--やがて、黒き魔獣はその場に崩れ落ちた。
静寂
リリカは胸に手を当てて、ようやく息を吐いた。
「…終わった…?」
「終わったわ。」
ミレイユが戻って来て、微笑む。
「ちゃんとやったじゃない、リリカ。」
「何がなんだか…」
「…まさか、君がここまで出来るとは。」
カイは思わずつぶやいた。
「一人じゃ何も出来なかった。でも…みんなが教えてくれたから…」
リリカがそう答えると、肩の上でルエルがくすっと笑った。
『ぼくたちのリリカ、強くなったね』
その声に、音、風、火、水、土、それぞれの精霊たちが、誇らしげに頷いた。
ご覧いただきありがとうございました。少しずつ強くなっていくリリカと精霊たち、そして彼女を支える仲間たちの姿を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。




