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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第七章 春の祭り
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第32話 新しい仲間

夜の静けさに包まれた丘の家。

音が紡ぐ、ひとときのやさしい時間。

 夜になって、丘の家には穏やかな静けさが戻っていた。窓の外には春の星が瞬き、庭の花々は昼の名残りをゆらゆらと揺らしている。


 リリカは、ふとリビングのピアノに目をやった。ピアノの蓋には、少しだけ埃が積もっている。そう言えば、もう随分と弾いていなかった。


 今日の祭りの景色。

 子どもたちの笑顔。

 川を流れて行った花船。


 全部が胸の奥にあたたかく残っていて、まるで旋律のように繋がっていた。


 リリカは、そっとピアノの椅子に腰を下ろす。鍵盤に指を置いた瞬間、少しだけ緊張が走ったが、不思議と怖くはなかった。


 --今日は、弾ける気がする


 指先が、ゆっくりと旋律を繋ぎ始める。

 選んだのは、幼い頃から好きだった曲。けれど、今のリリカが弾くと、それはどこか違って聞こえる。花の香りと風の色が、音になって広がるような--優しく、でもしっかりとした曲だった。


 『…綺麗』


 ルエルがぽつりとこぼした。精霊たちが、ひとつまたひとつと音に惹かれて集まってくる。

 『リリカさま…とても…』 

 アクエラが言葉を探しているようだった。

 ティリムはクッションに寝転がりながら『ぽふぅ…ねむくなる〜』と目を細めていた。

 フェリラが宙でくるくると回りながら、

 『風みたいな音〜』と呟いた。


 そして…


 --とん…と何かが床を踏む音がした。


 リリカの指が止まる。

 玄関の方ではない。扉も開いてない。それなのに、確かに「何か」がこの家の中に入って来た気配があった。


 「…今、何か…」

 リリカが言いかけた時、ふわりと風が揺れ、リビングの入り口に白い影が立っていた。


 『わ、わわっ⁈だ、だれー?』

 フェリラが真っ先に反応した。


 そこにいたのは、真っ白な大きな犬だった。まるで雪を纏うような白。背はリリカの腰ほどもあり、毛並みはふかふかとしていて、どこか神聖な雰囲気を纏っている。


 犬は、ゆっくりとリリカに近づき、ピアノの傍らで静かに座った。まるで「その続きを弾いて」と言っているかのように。


 「…あなた、どこから…?」

 リリカが問いかけても、犬は何も言わない。けれど、その金色の瞳はリリカの目をまっすぐに見ていた。


 『なんで…?誰も玄関、開けてないよね⁈』フェリラがびゅんびゅんと辺りを飛び回る。

 『結界の中…ですよね?この家』アクエラが驚きを隠せない様子。


 「でも…この子、なんだか…知っている気がする。」

 リリカはゆっくりと手を伸ばした。白い犬は、その手に驚くこともなく、ぬくもりを持って頬を寄せた。


 --ぽろん、と、ピアノの蓋が微かに揺れて鳴った。

 再びリリカが鍵盤に指を置くと、犬はそっと足元で丸くなり、まるでそこが“元々の居場所”であったかのように静かに呼吸を始めた。


 「…ねぇ、君の名前は?」

 犬はただ、静かに、リリカのピアノの音に耳を傾けていた。まるで、リビングの空気に溶け込むように。ずっと昔からそこにいたように。


 リリカが再びピアノを弾くと、音の流れに合わせて犬の耳がぴくりと動いた。曲は先ほどの続き。けれど、今はもう少しやわらかく、優しく。


 精霊たちはソファや棚の上に散って、息を潜めるようにその時間を見守っていた。


 やがて、リリカが最後の音をそっと止めると、白い犬はゆっくりと顔を上げた。金色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめている。


 「…君の名前、教えてくれない?」

 返事はない。でもその無言が何かを語っているような気がした。名を持たない存在。それは、きっとずっと前からそうだったのだろう。


 リリカはそっと犬の額に手を当てた。毛並みは柔らかく、あたたかい。

 「…それなら、名前をあげる、君にぴったりの名前。優しくて…静かな音を持つ名前。」

 ふと思い浮かんだ音があった。それは、彼女の胸の奥かは自然と浮かび上がった名前。

 「フィン…。“フィン”って、どう?」


 犬は、ぴくんと片耳を立てた。

 そして、その瞬間--


 ふわりとリリカの胸元に頭を擦り寄せた。その大きな体をあずけるようにして、すりすりと甘えるように、少し重たいぬくもりが、リリカの膝に乗ってくる。


 「ふふっ…フィン、嬉しいの?」

 フィンは答えない。けれど、しっぽがゆっくりと左右に揺れている。


 『うわっ…この犬、リリカにだけ甘えてる〜』   フェリラが空中から覗き込む。

 『だめよ、これは…リリカだけの時間、なんじゃないかしらなの。』 

 エファリアが少し微笑んで、ソファに腰を下ろした。

 リリカは、フィンの頭をそっと撫でた。毛並みがゆっくりと震え、フィンは鼻を擦り寄せてくる。

 「フィン…また、弾くね。君が聴きたくなったら、いつでも来て。」


 その言葉に応えるように、フィンは目を閉じ、深く息をついた。やがて、すうすうと寝息を立て始める。

 白く大きな体が、音もなく、リビングに溶け込んでいく。精霊たちも静かになり、リリカもその隣でそっと目を閉じた。

 誰かと名前を分かち合い、心が繋がる…そんな夜。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

名前を贈るということは、きっと心を分かち合うということ。

リリカとフィンの出会いが、あなたの心にも静かに響きますように。

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