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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第六章 新たな可能性
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第21話 名を持って灯る

心の奥に、小さな焚き火があるような夜があります。

忘れていた名前、懐かしい記憶、ぬくもりの中で出会うものたち。

この夜、リリカの世界に、新しい光が灯ります。

 外はもうすっかり夜。窓の外には星が瞬き、風が木々をやさしく揺らしていた。

 「この家は…、あたたかいな。」

 「薪の火は、遠くの街の灯りよりずっと、君の心に近いからね。」

 シュエルは詩のような響きでそう言いながら、火の揺らめきを見つめていた。


 「いつか、ここにもまた人が集まる気がして…」

 リリカがそう呟いた、その時だった。


 「ねえねえねえっ!」

 弾けるような声が階段の方から響いた。三人がそちらを向くと、ポニーテールを左右に跳ねさせながら、ミレイユが楽しそうに駆けてきた。


 「三人でしんみり話して~。リリカ、悲しい思いとかしてない? 大丈夫?」

 「大丈夫だよ、ミレイユ。」


 「ねえねえ、焼き芋しよ! あったかいの食べたくてたまんないっ!」

 リリカは小さく笑って、立ち上がるとカイの方へ顔を向けた。

 「ねえ、カイ。ちょっと変な話だけど…この子、紹介するね。」


 ミレイユがストーブの前までやってくるのを見届けてから、リリカは続けた。


 「この子はミレイユ。…元々は、日本で私が飼っていた猫だったの。」

 「…猫?」カイが少し目を見開いた。

 「うん、茶トラの甘えん坊な子で…。私が鏡を通ってこの世界に来た時、ミレイユも一緒に来たの。最初は猫のままだったけど…」 


 「リリカが“ナナ”って呼んでくれたから!」

 ミレイユはぴょんとソファの背に飛び乗る。

 「そしたらね、不思議と人の姿になれたの。今は、この家に一緒に住んでるのよ!」


 「リリカに名前を呼ばれて、姿が変わった…」

 カイは呟くように言った。その視線は、ミレイユを見つめながらも、どこか記憶を手繰るようだった。


 「でも、今でも膝に乗ってくるよ。ちょっと重いけど。」

 冗談めかしてリリカが言うと、ミレイユがむっとする。

 「それ、失礼じゃない!? 重いんじゃなくて、ぎゅってしてるの!」

 「ふふ…、ごめんごめん。」

 リリカが笑うと、カイもふっと目を細め、口元をほのかに緩めた。


 「不思議な話だ。でも…どこか懐かしい気がするよ。」

 「ふーん…カイって、わりと悪くないね。」

 ミレイユは興味深げにカイのまわりをくるりと回りながら、じろじろと観察している。

 「評価が早いな。」


 シュエルがくすりと笑った。

 「まったく、リリカのまわりは変わった者ばかりだね。でも妙に、心地いい。」

 「…変わっているけど、大事な人たちなの。」

 リリカは静かに、けれど確かな声で言った。


 丘の家の裏庭に、小さな焚き火が組まれた。シュエルが器用に薪を並べ、カイが火口を整える。リリカはその横で、落ち葉と乾いた小枝を拾っていた。

 ミレイユは「焼き芋用の最強さつまいも」を抱えてご満悦。


 「火、入れるよ。」

 カイが言い、薪にぽっと火を灯した。やがて乾いた薪がぱちぱちと音を立て、じんわりと炎が広がっていく。


 「カイは火魔法が使えるのねぇ。」

 「俺は火属性なんだ。剣に炎をまとわせることもできる。」


 夜空には星。焚き火には炎。少し甘い芋の匂いが漂いはじめる。

 「ねえねえ、もう焼けたかな?」

 「まだだよ。」リリカが笑って答えると、カイも肩をすくめて言った。

 「気持ちは分かるけどな……この匂いは、我慢の修行だ。」

 「私はまだ修道士じゃないもんっ。」


 ミレイユがふふっと笑うと、みんなの表情も自然とほころんだ。

 「リリカが笑っていると、火がよく燃える。」

 シュエルのそんな呟きが、焚き火の音に紛れて小さく響いた。


 「…そろそろ、いい頃合いかも。」

 ミレイユがしゃもじのような木の枝で灰をどかし、芋を取り出す。皮がほんのり焦げて、甘い蜜が染み出ていた。


 「いただきます! あちっ! 猫舌だったー」

 みんなが笑った。

 「…甘いっ!」またみんなが笑った。


 ぱちぱちと薪が爆ぜる音が、夜の静寂にほどよく溶けていく。

 リリカは手の中の焼き芋をひとくち齧りながら、火の色に目を奪われていた。揺れる炎は、まるで踊っているようで、何かが呼びかけているようにも見えた。


 その時だった。

 --ふっと、風もないのに炎の先端が揺らぎ、その中心に、小さな光が浮かび上がった。

 「…!」


 リリカが思わず身を乗り出す。その光はやがて人の形をとっていった。肩までの赤銅色の髪に、燃え立つような橙の瞳。肌は透けるように白く、それでいて芯に熱を秘めた気配を放っている。小柄で華奢な体つき。その背には炎の羽があった。羽は蝶のような形で、縁は赤く、中心に向かって黄金色に透けている。羽ばたくたびに火の粉のような光が舞い、ふわりふわりと夜空に昇っていく。


 「…あなたは…」

 リリカがそっと言葉を紡ぐと、精霊は目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。

 「俺はずっとここにいたんだぜ。お前が来るのを、ずっと待ってたんだ。」


 声は高くて快活で、勝ち気な響きがあった。それでいて、炎のようにあたたかかった。


 「名前、欲しい?」

 リリカが問いかけると、精霊はこくりと頷いた。

 「おお、真名を…お前に呼んでほしいな!」


 リリカは少しだけ考えてから、そっと口を開いた。

 「じゃあ、--《フレオン》って、どう?」


 火の音のように、柔らかくて力強く、最後にひと跳ねするような音。炎のようなこの子にぴったりだと思った。


 その瞬間、焚き火の炎がぼうっと大きく膨らみ、夜空に小さな火の花が咲いた。

 「フレオン…気に入った! 俺は火の精霊、フレオン! リリカに名前をもらった!」

 リリカの手首の赤い糸が、静かに震えた。


 くるくると宙を舞い、リリカのまわりを一回りしてから、フレオンはリリカの手のひらにそっと降り立った。ほんのりと温かく、焼き芋よりもずっとやさしい熱がそこに宿っていた。


 「それが、火の精霊か…」

 カイが呟いた。

 「風、火、水、土。四属性が揃ったな。」

 誰にも聞こえない声で、シュエルが小さく呟く。


 焚き火が小さくおさまりかけた頃、炎の中から現れたフレオンは、胸を張ってぴょんとリリカの肩に乗った。

 「ふふん、俺さまが来たからには、退屈なんて言わせないぜ!」


 その瞬間、どこからともなく--いや、まるで呼ばれるように、他の精霊たちが現れた。


 「やっと来たのね、火の子。」

 音の精霊ルエルが微笑みながら、リリカの手の甲にふわりと座った。

 「みんなが揃ってきたね、リリカ。」


 「火の気配…強くて、ちょっと苦手ですわ。」

 アクエラは水色の衣を揺らしながら、焚き火から一歩だけ離れて立っていた。でもその目には、仲間を迎えるあたたかさが宿っていた。


 「フレオン、いい名前だな。元気そうじゃん。」

 風の精霊フェリラは、くるくると宙を舞いながら、炎のまわりを旋回している。

 「まあ、燃えすぎないように気を付けてよね。」


 「火の精霊…工房ではよく見かけたの。炉の中で、ふわっと跳ねていたのよ…なの。」

 生産の精霊エファリアが、控えめに、それでいて嬉しそうに口元をほころばせた。


 「へへ、賑やかになってきたぜ!」

 フレオンは羽をぱちんと一度だけ鳴らし、赤い火の粉を軽やかに宙に散らした。


 「何が起きているんだ?」

 「リリカは祝福されているんだ。今、精霊と契約してる。」

 「そうか……リリカもシュエルも、精霊が見えるんだな。俺は、火の精霊だけが見える。」

呼んでくださって、ありがとうございます。


リリカが名を呼ぶとき、精霊の炎が舞い上がる。

焼き芋の甘さと、揺れる火の色に包まれながら、一人と一柱が出会いました。

読んでくださって、ありがとうございました。

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