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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第五章 フィラノ村
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第18話 土の音

夜の静けさの中に、そっと降りてくるやさしい気配。新しい音が、リリカの世界に加わります

 夜が訪れ、丘の家の南東の部屋--リリカの部屋には、今日も小さな命たちが集まっていた。新顔が一人増えた。みんな嬉しそうにしている。


 ルエルピアノの上。「ころん」と一度だけ音を鳴らしてから、静かに羽を揺らしている。

 アクエラは花瓶のそば、ゆらゆらとした動きで「リーん」と水音を響かせた。

 フェリラは机の上、草の種をいじりながら「さらさら」と風を滑らせている。

 エファリアは針刺しの隣に陣取り、何やら布の織り目を数えては「ことん」とリズムを刻んでいる。


 ティリムは、今日初めて名をもらったばかり。リリカの枕元で丸くなり、ぼんやりとした瞳で天井を見つめていた。


 ミレイユはベッドに腰掛け、本を読んでるふりをしながら、ページをめくる手は止まったまま。

 シュエルは部屋の隅、窓辺に立ち、腕を組んで星空を眺めていた。


 『ねぇ、リリカ。オルゴール、鳴らして?』

 最初に声をあげたのは、ルエルだった。

 『新しい仲間が出来たんだから、今日も絶対きれいな音になるよ。」

 アクエラが静かに頷き、他の精霊達も目を輝かせている。


 リリカは微笑みながら、そっとオルゴールを取り上げた。木の蓋を開け、首から鍵を取って、ゼンマイをゆっくり回す。


 カチリ。


 その瞬間。


 「ころん」「リーん」「さらさら」「ことん」「シャラン」「ピン」「ぽふっ」


 最後の「ぽふっ」とまるで、やわらかな土に何かが降りおりたような、小さな音が響いた。ティリムの音だった。


 音が空気を震わせて重なる。

 ひとつ、またひとつ。重なったはずの音が、まるで“ひとつの旋律”に溶け合っていく。


 オルゴールは、リリカの手の中で、静かに回り出した。回転する音盤の中に、まるで今ここにらいるみんなの「名前」が刻まれているようだった。


 ティリムはくすぐったそうに、『ねぇ、ボクの音、聞こえた?』小さく呟く囁く。リリカはそっとやさしく頷いて、オルゴールの調べと共に目を閉じた。


 部屋の空気が、静かに、ゆっくりと、音の光に包まれていった。


 リリカはその後、ティリムのために、小さな素焼きの鉢に、畑の土をそっと入れた。それはティリムと出会った、あの場所の土。まだ陽の温もりをほんのりとのこしている。


 スコップの背で表面をならすと、土は眠ってる誰かの寝室のように、しんと静かだった。

 「ここが、ティリムの居場所…だね。」


 花瓶のすぐ隣、部屋の窓際に、その鉢を置いた。陽が差せば温かく、夜になれば星がよく見える位置。


 リリカは少し離れたところから、その光景を見つめた。


 ふと思う。この異世界に来てから、彼女は戸惑い、怖がり、それでも--少しずつ「誰か」と心を重ねてきた。シュエル、ミレイユ、音の精霊、風、水、生産、そして今日、土のティリム。


 声を持たないものの存在に耳を傾けること。名もないものに名前を与えること。それが手の中で、ひとつの形になっていくこと。


 --ああ、私、ここで“紡いでいる”“欠けらを集めている”

 言葉に出さずに思った言葉が、胸の奥にふわりと染み込んでいく。まるで、まだ湿り気を帯びた土の中に、見えない種を一粒、落としたように。


 リリカはそっと目を閉じた。

 静かに、けれど確かに、彼女の中に根を張るものがあった。


 土を終えた鉢を窓辺に置いて、静かに見つめていると、そこに、ちょん、と何かが降り立つ。


 『わぁ…これ、ボクの場所?』

 ベージュ色のふわふわとした髪が灯に透けてやわらかく光る。

 ティリムは小さな足で鉢の縁をぴょんと踏み、ぽふっ っと心地よさそうにその中に座り込んだ。


 「ここ…あのときの土のにおいがする。ボクがねてたとこ…』

 「そう。あの畑の、あなたがいた所の土なの。」


 リリカの声に、ティリムはくるりと体を回して、上目づかいに彼女を見上げた。

 『ボク、ここ、すき。なんかね、お腹がぽかぽかするの。リリカのて、やさしい土みたい。ふかふかで、ぬくぬくで…えへへ』


 照れ臭そうに笑いながら、ティリムは土にごろんと寝転んだ。背中の双葉のような羽がふわりと揺れて、小さく「ぽふっ」と音を鳴らす。


 『ここが、ボクのおうちになるの?」

 「ここでもいいし、畑でも、花壇でも、どこでもいいのよ。ここはあなたが帰ってこられる場所。ね。」

 『うれしい。ボクね、リリカ好きー!』


 その声にリリカも笑って、その縁に指先を添えた。あたたかく、やわらかい土の感触--それは、どこか遠い日の安心にも似ていた。

読んでくださってありがとう。土の中にそっと種を落とすような、静かな夜の物語でした。

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