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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第五章 フィラノ村
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第15話 風の村

丘を下って辿り着いた、こぢんまりとした村「フィラノ」。

風に導かれるように、出会ったのは優しい長老と、リリカの存在を“音”として感じ取る人々。

見えないはずの精霊に、子供たちの声がまっすぐ届くとき――村の空気にも、音が芽吹きはじめる。

 「これはこれは」低く、しわがれたけれど

どこから朗らかな声が風に乗った。

 「ほんとうに、来てくださったのじゃな。」


 その老人--エデュル老は、目尻の深い皺を細めながら、リリカをじっと見つめた。瞳は曇っているのに、不思議とその視線には揺るがぬ確かさがあった。


 「シュエル殿、ようこそ、リリカ殿。よくぞ、この世界へ…ようこそ。私はエデュル、ここの長老じゃ。」

 「…え?私の名前…?」

 「ええ。シュエル殿から…それに“風”が、そう告げておってな。あなたが、この世界に音を戻す“鍵”であると。しかし、あなた、ずいぶん賑やかなお供をお連れで。」エデュル老は、少し驚いたように目を細めて笑った。

 「精霊たちが、ひとつに集うなど…これは滅多にないこと。この世界でも、そうそう起こるものではなかろう。」


 フェリラがぴょこっと跳ねて、声をあげた。

 『だって、リリカの音、ぼくたちみんな好きだもん』

 『そ、別に珍しくないよ。たまたま波長がぴったりだっただけ。』とルエル。

 『ちょっと…恥ずかしいんのだけど、リリカのそば、落ち着くのだわ。』アクエラがぽそりと続ける。

 エファリアは無言のまま、小さく頷いて、リリカの肩に布の影を落とした。


 リリカは少し困ったように笑いかけながら、エデュル老の言葉を待った。


 「あなたが来たことで、音だけではなく、精霊たちもまた目を覚まし始めているのですな。“共鳴”とは、目に見えぬところで広がっていく。」


 そして、ふとエデュル老の目が、ミレイユに向いた。

 「あなたは…異なる形からこの世界へ?」


 ミレイユは、少し驚いたように目を丸くしてから、静かに頷いた。

 「はい。リリカに抱かれて来て、リリカと共鳴して、この姿に。」

 「なるほど…音が繋いだ縁といあわけですな。」


 「ようこそ。精霊と共に歩み、音を宿す者よ。この村フィラノが、君たちの旅の第一の地になることを、心から歓迎いたします。」


 その瞬間、村の門をくぐる風が吹いた。六つの音がふわりと重なり、まるで祝福の鐘が鳴るように、リリカの耳に届いた。


 「しゅえるー!また来たのー?」

 「だれ、あのひと!きらきらしてるー!」


 木陰から飛び出してきたのは、小さな子供たちだった。彼らの瞳はまっすぐにリリカに向き、そしてその肩に浮かぶ精霊たちを見つけて目を丸くする。


 「うわー、なにそれ!風?水?妖精?」

 『ぼくたち、精霊だよっ!』フェリラがくるくると宙を舞い、ルエルが優雅に頭を下げるように光を揺らした。


 リリカがほのばのとして子供達を見ていると、隣でシュエルが呟いた。

 「子供たちには、精霊が見える。心がまだ開かれているからな。だが大人には…ほとんど、見えない。」

 「そうなんだ!私はてっきりみんな見えるものだと思っていたわ。」


 きらきらとした目で精霊たちを追いかけ、無邪気な笑い声が広場に響く。


 すると

 「あらら、精霊さんがみえるのね。」

 縁側からそっと顔を出したのは、年配の女性だった。膝に膝掛けをかけ、編みかけの毛糸を手にしている。

 「昔の話をおもいだすわ。私が小さかった頃…村の泉に声が宿っていたの。あれも精霊だったのかもしれないわね。」そう言って、彼女はリリカに優しい目を向けた。


 石畳の先、農具を手入れしていた男性が、手を止めて声をかけてくる。

 「君が“丘の家”に来た娘さんか。…風が、変わったな。村に久しぶりに、音が回っている気がする。」


 それはあくまで比喩に過ぎなかったかもしれない。けれどその言葉は、確かにリリカの胸を震わせた。


 それから村人たちは、少しずつ輪の中に加わってきた。誰も遠慮がちで、それでちて、どこな“懐かしいもの”に触れるような眼差しをしていた。


 「精霊のことは見えないけれど、風の匂いが違うよ。」

 「洗濯物がよく乾く気がしてね。あの子たちのせいかしら。」


 何かがふっと、村の空気に溶けたようだった。

 「今日は、声がよく聞こえるわ。いつもはくぐもってしか聞こえないのに。やっぱりあの子が来たからかしら。」


 エデュル老がリリカのそばに立ち、静かに言った。

 「音の欠けらは、ここには眠っておりません。…けれど、あなたがここを訪れたこと、それ自体が、この村にとっては“音のようなもの”です。」


 リリカはエデュル老の言葉をじっと聞いた。

 「欠けたものがあるからこそ、そこに気づける者がらいる。そして、あなたのような存在は、人々の中に“音を出す気配”を連れてくる。…それだけで、十分価値のあることです。」


 そのとき、精霊たちがふわりと揺れた。

 『リリカ、今の、音になりそうだったね。』とルエルが微笑み、フェリラが『うんうん、ぼくも感じた!人の心から音が生まれるの、ほんとだ!」と喜び跳ねた。


 リリカはゆっくりと頷いた。

 「ここに来て、良かった。」精霊の欠けらは見つけられなかったけれど、人々に宿る“かつての音”に触れることが出来た。それは確かに、旅の最初の章にふさわしい贈り物だった。


 村を散策するうち、リリカは少しずつ、フィラノの人々の暮らしに触れていった。


 「そこの娘さん、初めての顔だねぇ。」

 小麦の香りがふわりと花をくすぐる。リリカが振り向くと、パン屋奥から赤ら顔の男、ラウルが出てきた。

 「ここのパンはな、朝の湧き水と、薪窯で焼いているんだよ。遠くの街にゃ負けない味だよ。」

 「ありがとうございます…この、丸いの、ください。」

 「これは“空パン”。ほら真ん中がぽっかり空いているだろう?昔、風の精霊に遊ばれて生地が飛んじまったのが始まりでね。…君には、ちょうどいいかもな。」


 『ぼく、そんなことしないよ!』フェリラが抗議していた。


 リリカは微笑むと、彼はパンを包みながら言った。

 「また来な。君が来ると、店が明るくなるような気がするよ。」


 村の小道を進んで行くと、白壁に吊るされた色とりどりの布が、春の風に揺れていた。

 「いらっしゃい、外の子。リリカちゃんだったかね。」

 仕立て屋の《マルゴの手》の主は、ふくよかでやさしい笑顔の女性。マルゴおばさん。

 「あなたが来ると聞いて、お祭り用の寸法見本を出しておいたよ。まだ村の娘じゃなあかもしれないけど…春は、誰もが芽吹き直す季節だからねぇ。」


 リリカは照れながら頷いた。

 「私、こういう服、着たことないから。」

 「そうだろうとも。けれどあなたには、きっと似合う。布が風を受けて、音がはらむ--そういう服を、私は縫いたいんだよ。」

 ミシンもアイロンもないけれど、そこには確かに手の温もりがあった。


 木造の家の中に、ガラス瓶と乾いた草の香りが、充満している。

 雑貨屋の《ルズの店》には、手作りの石鹸、岩塩、乾いた果物、手織りの布など、なんでも少しずつある。


 「これはね、昔の“清めの塩”って呼ばれていたの。精霊が好きだった香りだって、聞いたことがあるわ。」

 小柄で快活な女性、ルズは手に取った瓶を差し出してくる。フェリラがその蓋を嗅いで、パッと跳ねた。

 『すごっ…くしゃみ出そう…でもいい匂い!』

 リリカは笑ってしまった。


 「ふふ…この瓶、気に入られたわね。売れないけれど、飾っておくことにするわ。」


 リリカは笑いながら、香草を少しだけもらった。

 それは魔法ではなく、生活するの中の“音の香り”だった。

ここまで、読んでくださってありがとうございます。



「音の欠片」はまだ見つからないけれど、人々の暮らしの中には、懐かしい音がたくさん宿っていました。

風に揺れる布、パンを焼く窯の香り、そして精霊たちと笑いあう声――

そんな音たちも、きっと《ハルモニア》を紡ぐ旋律の一部なんだと思います。

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