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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第五章 フィラノ村
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第14話 風の案内

 ちょっとだけにぎやかになったリリカの部屋。小さな精霊たちが“自分の居場所”を見つけて、音の余韻に包まれる夜。そして朝、風の精霊フェリラが導く小さな旅が始まります。

 シュエルは部屋に戻って行ったが、音が鳴りやんでも、精霊たちはリリカの部屋を去ろうとしなかった。それぞれが、どこか落ち着ける場所を見つけて、勝手に“居場所”を決めてしまった。


 ルエルはピアノの鍵盤の上に乗り、くるくると回って、鍵盤を触り旋律を紡いでいた。

 アクエラは水差しの縁に腰掛け、小さな足で水をちょんちょんとつついて波紋を作って波紋を作って遊んでいた。

 フェリラはいつの間にかカーテンレールの上に乗り、高いところから部屋をぐるりと見渡している。

 エファリアは、リリカの机の上の、針山のそばに腰をおろし、じっと布の端を見つめている。


 「…なんか、ちょっとした宿屋みたい。」リリカがくすっと笑うと、ルエルが楽しげに響いた。


 『ぼくら、けっこう居心地がいいよ? 音が満ちているし、リリカの部屋、好き』

 リリカは、寂しかった西の部屋を思い出して、ほっこりした気持ちになった。

 (もう一人じゃないんだ。)


 リリカは布団に身を沈めて、ほっと息をついた。隣には、いつの間にかミレイユが膝を抱えて座っていた。灯りを落とした部屋には、まだ音の余韻がほんのり漂っている。


 「なんだか、不思議な夜だったね。」リリカがぽつりと言うと、ミレイユが小さく頷いた。

 「うん。まさかあんなふうに音が揃うなんてり…しかも、あたしの音も重なって。」

 「すごく綺麗だったよ。鈴の音みたいで…すごく、優しかった。」

 「そう?…猫の頃は、ただゴロゴロ言ってただけだったのにね。」

 「その“ゴロゴロ”も、わたし、好きだったよ。」リリカが笑いかけると、ミレイユは少し照れたように目を逸らした。


 「でも…ね。ちょっと怖かったんだ。音が鳴った時、心の奥まで響いて来て、それが凄く嬉しくて…でも、同時に消えちゃいそうな気もして。」

 「それ、分かるかも。音ってすぐに消えちゃうよね。手に取れないし、形にもならない。でも…だからこそ、ちゃんと聴いていたいなって思う。」


 リリカの声は囁くように静かだった。ミレイユは、黙ってリリカの顔を見ていた。暗がりの中でも、彼女の瞳はちゃんと音を宿している気がしたを


 「ねぇ、リリカ。あたし、あなたの音がいちばん好き。」

 その言葉にリリカはびっくりして、目を瞬かせた。


 「え?えっ…どうして?」

 「うまく言えないけど…あたたかくて、静かで、明るくて、でもちょっと寂しがりで。聴いてると、あたし、ちゃんとここにいてもいいんだって思えるの…猫の時から、ずっと。」


 リリカはしばらく黙っていたけれど、やがて微笑んで布団を引き寄せた。

 「…おやすみ、ミレイユ。今日もいてくれて、ありがとう。」

 「うん、おやすみ、リリカ。…夢の中でも、音が聞こえるといいね。」ミレイユは猫のように布団に潜り込んできた。


 窓辺の風鈴が、ほんの少しだけ鳴った。それはまるで、今日の余韻に「おやすみ」と言っているようだった。



 朝の光が、丘の家の窓から差し込んでいた。昨夜の余韻そのまま包み込むように、精霊たちは静かに上の方を漂っている。


 食卓には焼きたてのパン、温かなスープ、果実のコンポート。リリカとミレイユは向かい合って、朝食をとっていた。


 「ああ、やっぱりここのパン、好き。」ミレイユが頬を膨らませながら言うと、リリカも笑った。

 「ちょっと焦げそうだったけど、上手くいってるね。」

 「香ばしいのがまたいいのよ。」


 ふたりがそんな他愛もない話をしていると、部屋の奥、窓際の椅子に座っていたシュエルが、パンをひとかじりして、スープを飲んだ後、ふいに言った。


 「そろそろ、村に行くか。」


 リリカは手を止めて、きょとんとした顔を向けた。


 「…え?村?」

 「ああ、昨日の音で、何かが少しだけ動いた。多分、村にも響いている。それに、そろそろ“顔を見せとく”べきだろう。君がこの世界に来たってこと、伝えないとな。」

 「でも…私、まだ何も分かってないのに。」

 「だから、行くんだよ。村には、知っている人もいる。君のことを“知る手がかり”もあるかもしれない。」


 ミレイユが、パンを手にしたまま首を傾げたを

 「いつの間にそんなこと決めてたの?」

 「昨日、寝る前に言っただろう。直感ってやつだ。案外、風はそういう時に吹くもんだ。」


 それは冗談のようでいて、冗談じゃない。この人の言葉には、いつも“音の気配”が宿っている。


 リリカは、スープをすくって口に運びながら、小さく頷いた。

 「分かった。行ってみる。この世界のこと、もっと知りたいから。」

 シュエルは答えず、パンをもうひと口かじった。その静かな仕草が、何よりの合図だった。


 朝食を終えたリリカは、丘の家を出て、朝の光を胸いっぱいに吸い込んだ。隣にはミレイユ。草を踏む音も静かにふたりの影が並ぶ。


 そして、背後にふわりと彩るのは、小さな光たち--

 透明銀に揺れる《ルエル》、青く瞬く《アクエラ》、緑風をまたう《フェリラ》、生成りの布のような《エファリア》四体の精霊達が、まるで家族のように自然に寄り添っていた。


 「なんか、凄いね。みんなでお出かけって感じ。」ミレイユが肩に手を乗せて、笑うと、フェリラが空中をひと回りして声をあげた。


 『ぼく、こうやってみんなで歩くの初めてかも! リリカ、今日はぼくが風案内してあげる!』

 「ほんと?道分かるの?」

 『たぶん!なんとなく!』

 「なんとなく…」


 リリカが苦笑いすると、シュエルが前を歩きながら、さらりと言った。

 「君が歩いている。それで十分だ。風は、君が決めた道を通る。」

 その言葉に、精霊たちはふわりと浮き上がり、空気が少し煌めいた。


 道はゆらやかに下り坂。丘を下るにつれて、野原が風に揺れ、木々のざわめきがほんの少しずつ、増えていった。フェリラがリリカの肩にとまり、ふわふわと耳元で話しかける。


 『ねえねえ、ぼく、この道好きだなぁ。風がいっぱい通ってる! あっちの方、飛んでもいい?』

 「まあ、道案内はどこに行ったのかしら。飛び過ぎて迷わないでね。」

『へーき、へーき!リリカの音、ちゃんと覚えているもん!』くるりと宙に跳ねて、フェリラは先に舞い飛んでいった。リリカはその背中を見ながら、少しだけ微笑んだ。


 しばらく行くと、森が開け、広がる平野の向こうに、こぢんまりとした村の姿が見えて来た。瓦と石と木造の家々。ところどころに煙があがり、小さな風車がゆっくりと回っている。


 「あそこが、村…?」

 「“フィラノ”という。君の足で歩くのは、これがはじめてだ。」


 道の先で、石橋を越えたあたりに、誰かの姿が見えた。白い長衣をまとい、背をやや丸めた老人が、杖をついてこちらへ歩み寄ってくる。


 「あれは…?」

 「あの人なら、君を知っているよ。」


--そして

 ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


 “もうひとりじゃない”っていう気持ちって、どこかに灯りが灯るような感じがしますね。フェリラの道案内は頼りないけれど…風が導く旅の先には、どんな出会いが待っているのでしょう?

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