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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第四章 織り物の記憶と音
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第13話 部屋に集う音

小さな精霊たちが集う夜。

リリカの部屋は、そっと目を覚まし、音の記憶が呼び戻される――

精霊たちと過ごす、はじめての“音の宴”が始まります。

 「明日は村に行くよ」

そう言ってシュエルは部屋に戻って行った。私もミレイユを起こして、部屋に向かった。


 扉を開けると、ランプの灯を付ける前なのに、部屋の空気はなぜか明るかった。不思議に思って中へ足を踏み入れると、ふわりと小さな光がいくつも揺れているのが目に入った。ランプを点けてみると…


 「…え?」


 透明銀の煌めきを持つ《音の精霊のルエル》

 青い滴のような姿の《水の精霊のアクエラ》

 淡い緑色の風を纏う《風の精霊のフェリラ》

そして、生成り色の布切れのような外見をした《生産の精霊のエファリア》


 部屋の空気がやたらと賑やかだ。小さな精霊たちは、ふわふわと浮きながら、彼女の周囲をくるくると回っている。


 四人が集まっていた。ミレイユが「わーい」と言って、みんなに飛びつこうとしたが、逃げられていた。


 リリカは目をぱちぱちと瞬かせた。

 「え、ちょっと…なんでみんな、ここにいるの?」


 『リリカ、ねえ、あれ鳴らして!あれ!』

 ルエルが、パッとリリカの肩にとまり、勢いよく叫ぶ。


 『音の、あの箱!音の記憶が詰まってるやつ!』

 「オルゴールのこと?」


 『ルエルから聞いたわ!聴きたいわ!』『そうそれ!』『いま鳴らして欲しいなの』

 アクエラとフェリラ、さらにおとなしい、小さくなったエファリアまでが、光を跳ねさせながら声を揃える。


 「…どうして急に?」

 『風がさ、さっき一瞬、懐かしい匂いを運んだのさ。それで、思い出したんだよね。あの音が“優しかった”ってことを』

 『私は…水の中にある記憶みたいな感じでしたの…うまくは言えないのですけれど、呼ばれた気がしてるんですわ。』アクエラがぽつりと呟く。

 『わたしは布を織る時に聴いたような…回転の音に似ていたなの。』


 ルエルは、少しだけ距離を取って、リリカを見た。

 『でもね、たぶん理由はそれだけじゃない。…きっと今、鳴らすべき“音”があるから、みんな、ここにいるんだ』


 リリカは少しだけ笑って、オルゴールを取り、机の前にそっと座った。ミレイユが彼女の隣でわくわくした表情を浮かべている。声を聞いて、いつの間にかやって来たシュエルが壁際によりかかり、何も言わずにその様子を見守っていたが、優しく微笑んで、目で「やってごらん」と促した。


 リリカがオルゴールを手にした途端、四体の精霊がふわっと周囲を囲んだ。空気が静まり返り、部屋にわずかな期待の振動が満ちる。


 「うん、じゃあ、鳴らしてみるね。」


 鍵を取り、そっと回したゼンマイの感覚は、確かに手応えを持っていた。カチリ、という微かな音とともに、オルゴールの中で何かが目覚めた。


 ころん…と、最初の一音が空気に触れた。やわらかく、どこか懐かしい、音の精霊ルエルの音だった。それは透明銀の澄んだベル音、高く、真っ直ぐで、けれど冷たくない。不思議と胸の奥に温かく響く音。


 『あっ…これ、これだよ!』ルエルがきらきらと飛びながら、小さな羽のように光をばら撒く。

 『この音があると、ぼくは“ここにいていい”って感じるんだ…!』


 続いて、りーん…というような、水面に落ちた雫が広がるような音が鳴った。水の精霊アクエラの音だ。淡い水色の波紋のように、音が幾重にも重なって、部屋に広がる。


 『うわ…すごいわ、私の音…きれいだわ…!』アクエラは目を丸くして、音に耳を傾ける。

 『いつもは小さな泡みたいだったのに、今は…湖の奥まで響いていくみたいだわ…!』


 さらさら…と、葉が揺れるような音が重なる。風の精霊フェリラの音--それは木々の間を抜ける風のさざめきのような旋律だった。


 音になって初めて、風が“歌う”ことを知ったかのようにフェリラは声を上げる。

『わぁっ、わあ…!風が、音になった!これ、ぼくの音なんだ!』フェリラはくるくると飛びながら、空中に円を描く。

 『凄いよ、リリカ!この音、そらを飛んでるみたいだ』


 続いて、ことん…、と機織り機が糸を通すような、低くて心地のよい木の音が重なる。生産の精霊エファリアの音だった。それは単調でありながら、リズムがあって、まるで“何かを創り出す拍動”のような音。エファリアは、その音をじっと聞きながら、ぽつりと口を開いた。


 『…音が…編まれている。わたし、今…ちゃんと、動いているんだわ…』エファリアの小さな光が、ふわりとあたたかく広がる。

 『この音リリカさんから来た音。すごく…気持ちいい』


 そしてオルゴールがさらに、シャラン…と鳴った。やさしい鈴の音のような響きがすっと加わった。それはまるで、猫の足音のように柔らかく、けれどしっかりと存在感を持っていた。かすかな哀しみと、そっと寄り添うような温もりが宿る音。人に寄り添い、音を受け入れる者の“心の声”だった。


 ミレイユは、得意そうな顔をしていた。

 「やっぱり改めて聞くといいね!」


 リリカがふと、視線を壁際へやると、シュエルが背中を壁に預けたまま、目を閉じていた。部屋の空気が少しだけ引き締まった。ほんの一瞬、風が止まり、音の流れがひと呼吸だけ静まる。


 --その後

 鋭くも深い、ピン…と弦を弾いたような音が空間に重なった。それは乾いた空気の中を切り裂くような鋭さと、どこか遠くの景色を思わせる静寂を伴ったシュエルの音。静かで深く、他のどの音とも違う“無音と音の間“にあるような、不思議な音だった。


 「これが私の音だったのだな。なかなかいい。」

 「しかし、お前たちがこんなに騒がしいのも、たまには悪くないな。」

 シュエルが薄く笑うと、その音はさらにわずかに揺れて、まるで調律された弦楽器のように重なっていった。


 --六音が揃った。


 透明銀、水の音、風の緑、生成りの律動、寄り添う音、鋭く貫く音。


 リリカの部屋は音で満たされた。けれど、それは騒がしさではなく、まるで、はじめて“家が目を覚ました”かのような、静かな歓びだった。


 「ありがとう、みんな。」リリカがそう呟いたとき、ルエルが静かに言った。

 『これで、最初の旋律が揃ったよ。』


 その時--

 「不思議なもんだな」部屋の隅、壁にもたれていたジュエルがふと口を開いた。

 「風ってのは、ずっと自由で、誰にも縛られないものだと思っていたけど…。名前を得たというのに、あの子、まるで嬉しそうじゃないか。」


 リリカは振り返る。

 「シュエル…風の精霊、いるんだよね?あなたにも。」

 「ああ、いるよ。もうだいぶ長い付き合いだ。けど…私は、まだこいつに名前を与えていない。」


 彼は手をすっと上げると、指先に、淡い風の気配をまとわせる。それは精霊の存在を感じさせるものの、フェリラのように明確な姿も、色もなかった。


 「名前を呼ぶってことは…縛ることにもなる。誰かの風になるってことは、つまり“帰る場所”を持つってことだ。私は、ずっとそれを避けて来た。こいつが自由でいることを、望んでいると思っていたから。」

 「でも、ほんとは違うの?」


 リリカの問いに、シュエルは少し目を伏せた。

 「分からない。名前を与えないのは、こいつのためだったのか、自分が怖かっただけなのか…ただな、今日思ったんだ。君とフェリラを見ていて。」


 彼はリリカの方を見やる。その瞳は、風より静かで深かった。

 「君の風は…名を欲しがっていた。だから与えた方がいいと思えた。私には出来なかったけれど、君ならちゃんと“誰かの風”にしてやれる気がしたから。」


 リリカは目を開いた。その言葉が、やさしい風のように胸に染み込んでくる。

 「ありがとう、ジュエル。名前って、与えるものだと思っていたけど…。呼ぶ“許可”をもらうことでもあるんだね。」

 「そうかもな。風が本当にその名前を望んでいるのなら、それは…自由のまま、誰かになるってことなんだろう。」

ここまで読んでくださってありがとうございます。

この辺から1日1話ずつ更新していきます。たまに筆が乗ったら、2話載せるかもしれません!



六つの音が揃った夜。

それは、リリカにとっても“はじまり”の音でした。

次回、村へ――新たな出会いが待っています。

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