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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第四章 織り物の記憶と音
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第11話 名前のない魔法

糸は言葉を持たない。

けれど、誰かの想いに触れたとき、そこに“音”が生まれるのかもしれない。

織り機の前で目を覚ます、リリカだけの小さな魔法の気配。

まだ名のない魔法が、静かに息づき始めます。

 昼下がり、太陽は高く昇り、草の屋根に影を作っていた。


 シュエルはいつものように、小屋の中の織り機の前で静かに糸を撫でていた。木の香りと草の匂い、どこか遠くて草笛のような鳥の声が聞こえる。(リリカが来てから、音が聞こえるようになった。)


 リリカは、彼の横で素朴な織物を眺めていた。けれど、目に映っているのはそれだけじゃなかった。昨日から糸が、何かを伝えてくる。シュエルの指が動くたびに、その音のない動きが、胸の奥で震えていた。


 「不思議ね。糸って…言葉がないのに、何かが伝わってくる気がする。」

 「それが“織り”だよ。言葉より、もっと奥にあるものだよ。」シュエルは静かに言った。糸を繋ぎながら目を伏せる。


 「私たち“織りの民”は、想いを織る種族だ。風の流れも、人の心も、記憶さえも--ほんの少し、糸に宿る。」


 「記憶…」リリカは自分の赤い糸を見た。シュエルがくれた、あの糸。絹のような輝きを持つ、毛糸より細い糸。手に巻いたそれが、風にそよぐたびに、音もなく震えている。


 「私は、まだ魔法は少ししか使えない。でも……」リリカは一瞬、言葉を選んだ。「でも、この糸を通すと、胸の奥に風が通るような気がするの。ほんの少しだけど、何かが……届くような。」


 「試してみるかい?」シュエルの目が、初めて熱を帯びたように見えた。風のように静かで、でも芯のある微笑みを浮かべる。


 リリカが持っている、あの織りかけの布をシュエルが手で触った。


--キンと音が鳴った。


 実際には何も鳴ってない。けれど胸の奥で“ふわり”と、風が羽ばたくような気配がした。まるで、心の奥で何かが共鳴して、空気そのものが反応するような。


 「…今、何かが、来た。」

 リリカの背後で薄緑の光が揺れた。

 ふと見るとフェリラ--風の精霊が、手のひらほどの小さな姿で現れ、くるくると織り機のまわりを舞っていた。糸が、彼女の動きに合わせて震えている。


 「私、今、風を…」

 「“触った”んだよ。私の風に。やっとだな。」シュエルは、照れたように小さく笑った。

 「もしかして、今のは“共鳴”?シュエルと共鳴したの?」

 「風って…思っていたより、優しいんだね。」リリカがそう呟くと、精霊のフェリラは嬉しそうに旋回して、ひらひらと彼女の髪に舞い降りた。まるで花びらが一枚、そっと額に触れたような優しさだった。


 『…この糸は、まだどこにも繋がってないのに。どうして共鳴するんだろう…?』ミレイユと話したあの言葉が、ふいに胸の奥で蘇る。


 リリカは、布を見つめたまま、小さく息をのむ。

 「もしかして…音って、繋がってから鳴るんじゃなくて、繋がろうとする時に、先に鳴るのかもしれない。」


 「シュエルにもらった、この織りかけの布に何か残せたらいいな。」


 言葉にしたわけではない。けれど、その想いが指先に伝わっていた。糸はわずかにその色を変えた。赤の中にほんのわずかに金糸のような煌めきが交わった。


 「リリカ」シュエルが、静かに言った。

 「それが君の“魔法”になるかもしれない。君の中には…まだ誰も知らない、織りの力がある。」

 「織りの…?」

 「“生む”力さ。手で、想いで。私たちの魔法とは、ちょっと違うかもしれない。でも、それは間違いなく、君だけの魔法だ。」


 リリカの胸の中に、そっと一滴の水が落ちるように、新しい何かが芽生えた気がした。


 --私にも、手で生み出せるものがある?


 それは、音でも、風でもない。だけど、それら全てと繋がる感覚。糸を繋ぎ、形を与え、世界に存在させる--


 まだ名のないその魔法が、静かに心の奥で息づき始めた。


 織り機の前に座った。春の光が草屋根の隙間から差し込み、リリカの膝元にやわらかな暖かさを落としていた。


 シュエルに頼んで、布を織り機にセットしてもらい、糸の準備をした。


 カシャン。


 静けさの中で、小さなが糸を運び、織り機がかすかに音を立てた。布を織る手つきはたどたどしいけれど、少しずつ模様が形を成してきている。


 --ただ、それは「模様」ではなく、無意識のうちに浮かび上がってくる記憶や感情。今織られた一筋の線は、小さな花のようにほころんでいた。


 「…なんで、織れるんだろう。私、織り物なんて、したことないのに。」ぽつりとこぼした言葉は、風にも春にも溶けず、その場に落ちた。


 誰もいないはずの、右隣に、ふと空気が沈んだ。まるで、誰かが腰掛けて、一緒に布を眺めているみたいに。


 背丈は小さく、まるで子供のよう。透き通る乳白色の髪がふわりと宙に漂い、紅色に揺らめく瞳がまっすぐにこちらを見ている。


 糸に紡がれたような衣と、金属片のような小さな飾りを身につけて、その存在は、光と影の狭間にあるような静けさをまとっていた。


 リリカは思わず立ち上がると、精霊はふわりと浮いて、微笑みを浮かべた。


 「…あなたなの?織らせてくれたのは。」


 『私は《エファリア》。生産の精霊。布でも、家具でも、武器でも--“作られるもの”全てを作ることが出来るものなの。』


 その声は、針の穴をくぐる糸のように細く、しかし確かな力を持ってリリカの胸に届いた。


 「…エファリア?」


 リリカがその名前を口にした瞬間、宙に浮かぶ光の糸が、ふわりとリリカの指に絡まった。手首の赤い糸が震えた。


--共鳴だ。


 『リリカさん、私に名前を与えてくれた。これで、リリカさんの“つくる力”は目を覚ますなの。』

 「私の、つくる力?」


 『形を生む魔法。想いを布に、光に、武具に、道に--あらゆる“もの”に変える術なの。それが、リリカさんの中にあるなの。リリカさんは“つくるひと”だからなの。』


 そう言って、エファリアはリリカの織っている織物をそっと撫でた。

 織られている模様が微かに光る。


 そこには、風の精霊と歩いた道。ナナを呼び起こした夜、シュエルが渡してくれた赤い糸--リリカがまだ気づいていない“想い”が、すでに込められていた。


 「また、音が増えたようだな。」シュエルが静かに言った。

読んでくださって、ありがとうございます。


「繋がろうとしたとき、音が先に鳴るのかもしれない。」

リリカのその言葉に、胸がふわりと揺れました。

魔法は派手な力だけじゃなくて、織る、想う、手を動かす--そんな静かな営みの中にも宿るもの。


この回では、リリカの“つくる力”がそっと目を覚ましはじめています。

その魔法の正体は、きっとこれから少しずつ明らかになっていきます

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