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音もなく咲くー異世界で紡がれる、音と精霊の物語ー  作者: 小桜 すみれ
第三章 名前
10/50

第10話 精霊たち

不思議な世界で迎える、穏やかな朝。

リリカとミレイユが庭に出ると、そこには小さな“気配”が満ちていて……?

名を与えることで目覚める精霊たち。

水と風に触れる、優しい魔法のひととき。

新しい仲間たちとの出会いが、またひとつ、リリカの心を咲かせていく。

 気持ちの良い朝だった。リリカは早くに目を覚ました。いつの間にか体内時計が、ここの世界の朝に合ってきたらしい。


 一服の絵画のような蔦模様のカーテンを開けると、そこには薔薇柄のレースのカーテンが掛かっていた。リリカ好みだった。


 カーテンを開けると眩しい朝の光が目に入った。

 「東側の部屋もそんなに悪くないものね。」


 窓には昨日摘んだ薔薇とチューリップが咲いていた。

 「やっぱり、花があると部屋の中がパッと明るくなるわね。」

 南の窓辺にはオルゴールと布が置いてある。また回してみると、やはり二音だけ鳴った。


 朝はシュエルが作ってくれた。焼きたてのパンとオムレツ。フレッシュなオレンジジュース。


 シュエルの部屋は、階段を上がってすぐの、リリカの隣にあった。


 シュエルがまた小屋に入って行った。(私もあの布を紡がないといけないかしら。)


 「ミレイユ、何しようか。」

 「あたしは、昨日、リリカの後をついて回って、あちこち見たよ。庭をもっと見てみたいかな。」


 二人は庭に出て、花々を観察することにした。丘の家の花壇には、夜露に濡れた花々が小さく揺れていた。


 「…きれい」


 しゃがみ込み、咲き始めた春の草花に指を伸ばす。小さな花に残った水滴が、日差しに照らされて宝石のように光る。リリカがそっと触れると、ひと雫が零れ落ちて、地面に吸い込まれた。


 「まあ、水の精みたいだわ。」


 ぽたり。水温が、音ではなく『声』として響いた。


 《…見つけてくれたわ。やっと呼んでくれたわ》


 「…え?」


 驚いて辺りを見回すと、空気の中にふわりと水の匂いが満ちた。次の瞬間、朝露が一粒ずつ空中で浮かび合わさり、淡い青い光な粒となってゆく。


 そして、それは--小さな水の精霊の姿になった。


 髪は水面のように透明で、肌は淡く青い色を帯びている。背中には水泡のような羽。薄い青の衣。透き通るような声が、リリカの言葉に語りかけてくる。


 《わたしには、まだ名が無いのですの。名がないから、この世界で彷徨っていたのよ。でもあなたの『音』が呼んでいたのですわ》


 「音…?私の音魔法ということ?」


 《あなたが水に触れた時に、音が生まれましたわ。『水の精』って呼んでくれたわ。小さな花の囁きと、あなたの思いが共鳴して。だから、お願い。名を私に》


 リリカは一瞬戸惑いながらも、精霊の澄んだ目を真っ直ぐに見つめた。

 「アクエラ。朝露みたいで、優しく、消えてしまいそうで、でも綺麗な音。…あなたに似合うと思う。」


 風が吹き、木々が騒めいた。その風に乗って、水の精霊アクエラの声が、リリカの胸に染み込んでくる。

 《これからは、あなたと共に。水の音があなたの魔法となるわ》


 その瞬間、リリカの腕に巻いてある赤い糸がふわりと震え、青く光った。


 庭の草花は小さく揺れ、水の気配が満ちる朝。新たな魔法の扉が、音もなく静かに開かれた。


 リリカの掌の上で、ひとしずくの水がふわりと浮かんでいた。触れても冷たくない。まるで音が形に宿ったような、柔らかな存在だった。


--これは、水魔法?


 リリカは、庭に咲く小さな花に向けて、手を伸ばす。すると水の雫はふわりと空を舞い、二つ、三つに分かれて花々の葉に降り注いでいった。土はしっとりと潤い、葉は嬉しそうに揺れた。


 「すごい。ほうとに、魔法だ。」

 声に出した途端、頬が緩む。


 『魔法はイメージでどんな形にもなるわ。今みたいに花に水を注いだり、飛ばしたりも出来るわ。ちょっと飛ばすイメージでやってみてはどうかしら?』


 リリカは手を前に出して、水を飛ばすイメージをした。掌から凄い勢いで水が放たれ、線上になって、水が飛んで行った。


 「これ、危ないじゃない。」

 『ふふふ、いろんな使い方があるってことですわ』


 「リリカー!」


 後ろから声がして振り返ると、ミレイユが小走りにやって来た。手には草の実が入った小さな籠を持っている。少し寝癖がついた茶色いポニーテールが跳ねているのが、なんだか猫の名残りみたいで可笑しい。


 「ミレイユ、ちょっと見ていてくれる?」

 「なぁに?」


 リリカはそっと、再び掌を差し出した。すると、庭の隅に残っていた露がふわりと浮かび上がり、花の根元へ優しく降り注いだ。


 「わ…!今の、水…飛んだ?」

 「うん。多分水の魔法…みたい。」

 「すごい…リリカ、魔法できるんだ!」


 まるで妹のように、目を輝かせて見上げるミレイユの手を、リリカはそっと握った。


 「ううん、アクエラが教えてくれたの。」

 「アクエラ?」

 「名前を付けたの。水の精霊に。今さっき、会ったの。」言いながらリリカは空を見上げた。

 青い空のどこかで、透明な羽の音が聞こえた気がした。


 そのとき、カチリと玄関のドアの音がして、シュエルが庭へ姿を現した。


 「…なにか、あったか?」

 リリカはちょっと照れながら、手を差し出した。土の上のひと露が、ふわりと持ち上がる。


 「水の魔法が、少し…使えるようになったみたい。」


 シュエルは、しばらく黙って見ていた。風に揺れるリリカの白髪と、水の光。そして一言、ふっと笑った。


 「そうか。風のあと、水か。君の中で、音が少しずつ形になって行ってるんだな。」

 「…音?」


 「精霊だちは、魔法を『音』として感じている。君はきっと、それを紡ぐ力を持っている。」


 ミレイユが、リリカの手の中の水をじっと見つめた。


 「次は、火かな?土かな?」

 「分かんない。昨日の夜、『音』の精霊に名をつけたの。ちょっとずつ、分かっていく気がする。…この世界の音と、魔法と、私自身のこと。でも『風』って?風の精には、まだ会ってないよ。」


 シュエルは眉をあげたを

 「おやおや、あの子には名前を付けなかったのか。」

 「あの子?」

 「君を丘の家に導いてくれていた子だよ。」


 そう言えば、緑の小さな光がふわふわとこちらを見ていたのを思い出した。


 「あの子も精霊だったのね。呼び出せる?」

 「君が想い、風が吹いたらね。」


 リリカは静かに立ち上がると、風の通る東の小道へと歩いて行った。春の空気がふわりと彼女の髪を撫でたる。


 「そこにいるんでしょう? 私をここまで連れて来てくれた…風の精霊さん。」

 優しく語りかけると、風がふっと強く吹き抜け、足元の花の葉が小さく揺れた。まるで返事をするように。


 「ありがとう。あなたのおかげで、私はこの家に来られた。…今まで、気づいてあげられなくて、ごめんね。」

 風はまたそっと、彼女の肩に触れるように流れた。どこか嬉しそうに、でも少し照れ臭そうにも思えた。


 「…名前、あげてもいい?水の精霊にはアクエラってつけたの。あなたは…『フェリラ』って名前を贈りたい。風の響きがやわらかくて、でも強くて、優しくて、そんな名前にしたいの。」


 その瞬間、風が彼女の周囲を舞った。くるくると旋回し、つむじ風のような輪を描き、光が煌めいた。


 「…フェリラ」もう一度言ってみる。


 ふと現れた精霊は、髪は薄緑色で風のように透き通っていて、肌は薄い黄緑色の光を帯びている。背中には風を象ったような羽。薄緑の衣を着ている。風の輪の中から好き通った声がリリカの心に語りかけてくる。


 《…真名、受け取ったよ〜。リリカ。これで、いつもあなたと一緒にいられるよ〜》


 手首に巻いた赤い糸が黄緑色に光った。


 リリカはさっきと同じように掌を前に出して、風のことを考えた。掌からふんわりと温かい風がそよいだ。


 リリカは急いで、庭に戻って来た。上気した頬をして、ミレイユとシュエルに報告する。


 「風の精霊に会えたわ。ここへ連れて来てくれた子よ。フェリラと名付けたわ。水の精霊はアクエラ。」と言ってリリカは嬉しそうに笑った。


 「精霊と真名が繋がると魔法が使える。そしてそれらの精霊は常に共にいる。リリカの仲間だよ。ミレイユも猫の精霊だったからね。」

 「まあ!いつも一緒なのね。嬉しいわ。」


 家でも学校でも孤独に苛まれていたリリカにとって、「仲間」というのは至上の言葉だった。

読んでくださってありがとうございます!

今回は、水の精霊アクエラ、そして風の精霊フェリラが登場しました。

優しくふわっと現れる彼女たちは、リリカの名前によってはじめてこの世界に“かたち”を持ちます。

魔法が発動したときの静かな感動、そして「仲間ができる」あたたかさを楽しんでいただけていたら嬉しいです。

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