3-2.えっ、私がやらなくっちゃならないんですか??
さて、そんなこんなで師匠の指導に凹まされていると森に到着だ。
今更だけど、この森を最終防衛ラインとして街へと魔獣が来ないようにするのが冒険者の重要なお仕事の一つ。
魔物を倒したら、その証拠を持ってギルドに行けば活躍が認められて報奨金が入る。魔物のうち、森にやたらと出てくる魔獣は額に魔石が埋まっているから、それを穿り出せば証拠になるのだ。
獣が魔獣化するのは魔石が理由で、魔石さえなければ凶暴化はしないらしい。けど、なんで魔石が獣に現れるのかも、魔獣化して凶暴になるのかも、王都の偉い博士ですらわからないことらしい。
ともあれ、ギルドでは常時魔獣を倒せっていう依頼が出ているということになる。どこの魔獣でもってわけじゃなくて、あくまでこの森の魔獣ね。
ここは一応帰らずの森、なんて大層な名前がついている。前に依頼で言った森とは違って深いし魔獣の出現量も違う。実際少しでも油断すれば戻ってこられない危険な森だから、冒険者以外に入る人はいない。
深く入るほど強くて凶悪な魔獣が出る、らしい。新人は絶対に深入りしないように口を酸っぱくして言われるからね、私はそれ以上知らんのよ。
森はざっくり北と東と西の3つのエリアに分けていて、さらに深さによって1から順に番号が付けられている。新人は東か西の1あたりがお勧めである。東西はちょっと突き出ているからその分魔獣がちょっと弱いのだ。北と比較なんてしたことないから知らないけど。
森で魔獣を倒すお仕事、討伐に対して、個別での依頼対応だって冒険者の立派なお仕事だ。
依頼はギルドでまとめていて、依頼内容によって受けられる内容が違う。薬草とりとか街の人の雑用をするのが新人向け。そこから上に行くほど急いで対応して欲しい緊急の仕事だとか、凶暴な魔獣をなんとかしろとかそういう依頼になってくる。この街にいる上位パーティは私たち以外にもいるけれど、どんな依頼でもソツなくこなすという意味で静かなる狼は重宝されている。
今日森に来たのも上位パーティとしての依頼を受けてのことだ。
なんでも、森の北側、冒険者の言うところの北3層にかなり危険度の高い魔獣が出たとのこと。
中位のパーティが遭遇し、命からがら逃げ出したおかげで発覚した事態だ。改めてギルドが調査したところ、何組かのパーティが北3層付近で消息を経っていることもわかった。マメにギルドで依頼を受けるパーティならすぐ確認できるけど、後から間引きの証明を出すめんどくさがりなパーティは状況の把握が難しい。だから発見が遅れたとのこと。こうして考えるととりまとめするには冒険者って厄介な連中だなって。
冒険者が足りなくなると、討伐の手が回らなくなって街の方まで魔獣が溢れ出してくる恐れがある。普段街を守るのは衛兵さんだけど、どちらかと言えば悪い人相手のお仕事で治安維持がメイン業務。だから、魔獣相手には分が悪い。それを分かっているからギルドも街も冒険者を優遇するし、積極的に魔物と戦える人を集めるのだ。
と言っても、誰もが師匠たちのように巨大で凶悪な魔獣を倒せるわけではない。むしろ下位の冒険者は薬草とか、小さい魔物を倒して生活することになる。
でも、その小さい魔物を倒すことがとても重要なのだ。
これは師匠からの又聞きだけど、大きい魔獣は小さい魔物によって生息範囲を広げるらしい。
実は魔獣についてわかっていることの一つに、浮遊魔力の濃度で住み着く魔獣がある程度決まるという性質がある。空気中に漂う微小な魔力、それが多ければ多いほど、大きい魔獣が現れる。浮遊魔力が多いほど魔獣にとって過ごしやすい環境になるみたい。人の住む街は基本的に浮遊魔力はわずかだから、いきなり大きい魔獣が襲ってくる可能性は少ない(ないわけではないけど……)。じゃあ何をすると浮遊魔力が増えるのかといえば、魔獣の呼吸で増えるのだという。普通の空気を吸って、わずかに浮遊魔力のある息を吐く。強力な魔獣ほど呼吸に含まれる浮遊魔力は多いと思われている。が、大きいのはそんなにたくさんいないから影響度としては少なくて、むしろ小型のたくさんいる魔獣こそが浮遊魔力を増やす原因になる。だから小型の魔獣が多くなると浮遊魔力が増えて、だんだん大きい魔獣も現れるようになると。
逆に言えば、小さい魔獣を倒すことで大型の魔獣が街に近づくのを防ぐことが出来るってこと。すごく大事なお仕事である。
細かい理由はほかにもたくさんあるらしくて、簡単な解説をしてくれた師匠はもっとたくさんのことを知ってそうだった。でも聞くと長そうだから特に質問はしなかった。聞いてほしそうにしていた気がしたけど気のせい気のせい。
おっと、話がそれてしまった。ともかく、討伐依頼を受けて私たちは森にやってきたというわけ。当然北の3層ね。正直西2層の入り口をおっかなびっくりウロウロしてたのが私の森での公式記録だ。私一人では来れるような場所ではない。もちろん静かなる狼に所属してからは北に来るようになったけど、それでも毎回毎回森に入るのは緊張する。
で、命からがら逃げ帰ってきた人たちによれば、巨大なゴーレムだったとのこと。ゴーレム。私だって知ってる石の巨人だ。魔法によって仮初の命を与えられた魔法生物。昔話に出てくるようなとんでもな魔物だ。
「文献によれば、ゴーレムをゴーレムたらしめているのは巨大な魔石らしい。それが命のない石くれに力を与えている。逆に魔石さえ無事であればいくらでも再生しうるというわけだ」
早速ゴーレムについて師匠から説明が入る。そういうのは森に入る前にするべきなんじゃないかな……。私の指導を優先してくれるのはうれしいけど。
「その程度のことは全員知っている。この説明は全員への確認と、お前への説明だ。いいから聞いておけ」
あ、そうなんですね。上位パーティともなれば魔物への知識はみんなしっかり持っているのか。そりゃそうか。ならおとなしく師匠の話を聞こう。
「これまでに討伐されたゴーレムについては、どれも魔術師による大規模魔術による破壊後、前衛がとどめを差すという流れになっている。巨大な魔石を破壊するのには魔術は向いていない。普段の戦闘とは逆で、とどめは三人に任せることになる。いつもより前に出ることになるからお前も心しておけ」
「また前に出るんですね……。師匠って魔術師の自覚って在ります? いえ、心します心します!」
危なくまた雷が落ちるところだった。比喩ではなくて普通に雷の魔術使うからなこの人は……。
その後も少しずつ森の奥へと踏み込んでいく。森の浅いところは結構土が踏みしめられていて歩きやすいんだけど、だんだんと奥に進むにつれて足場が悪くなってくる。
大型の魔獣がいる場合には逆にそいつらが踏みしめてくれるから歩きやすかったりするんだけど、大きい魔獣が出るところばかりではないからね。
先頭を先輩が進み、最後尾にリーダー。間に私たち魔術師師弟と護衛役の旦那がいる。3層まではそれなりにあるけれど、警戒を怠ることはない。
このパーティに入ってからなんとなくわかり始めてきたのだけど、戦いはどれだけ優位な状況を取れるかが大事だ。こっちの都合のいい条件を押し付けられるなら怖いものなしといった感じ。だから奇襲の警戒はしすぎるってことがない。どちらが先に敵を見つけるかが森の中での戦闘において最重要なのだ。
証言によればゴーレムの大きさは2階建てのギルドハウスと同程度らしい。森の木々から頭が出ることはないけれど、見上げなければ全体を視認できない。そこまで大きい魔物相手はみんなもそう経験がないらしい。むしろあるんだ……って私は若干引いてしまったけど、これからはそういうことが増えるんだろうな。
***
もくもくと歩くことしばし。狭い獣道から少し広めの広間に出た。広間というよりは帯状に木々に隙間が空いているから、でかい通路というべきか。2層と3層のつなぎ目で、ここから一気に植生が変わる。まるで境界線のように森が分かれている様は若干不気味だ。
見た目通り、浮遊魔力もここで一気に変わるらしく、この広間を抜けると一気に魔物も強くなる。3層の魔物は浮遊魔力が少なくなるからあまり近寄ってこないし、2層の魔物にとっては浮遊魔力が多すぎる。ちょうど魔獣にとって微妙な領域だから、ほとんど魔獣がここに出ることはない。だから冒険者はこの層の境界線で休憩をとることが多い。
私たちも荷物を下ろし、軽い休憩をとる。水を飲み、小腹を満たす。
もぐもぐと干し肉を嚙みながら旦那の話を聞いている。ちょっと固いから練習中の火の魔術で軽くあぶってみる。なかなか上達してきたのを感じる。そばにいる旦那の分も一緒にあぶっておく。
他のみんなはいよいよ目標のいる3層へ入るからと、作戦会議だ。ここまでの状況からどのあたりに潜んでいそうかってことを話し合っている。今の私がその話し合いを聞いてもわからないことの方が多いので、体力回復に努める。みんなほどの体力がない私はこまめにご飯を取る必要があるのだ。旦那は護衛役だ。基本的に森で一人になるのは危険を招く愚行である。
役得とばかりに火の通った干し肉をかじりながら、今打ち合わせ中の内容を旦那が解説してくれる。
「デカブツは戦いこそ大変だがな、痕跡が分かりやすいから見つけるのは楽なんだ。動きにくいから狭いところを嫌がるしな。だからまずはそのあたりから確認していくんだな。俺たちとしても戦いやすいから、森の中の戦いやすそうな場所はわかってる。もちろんいない可能性もあるがな。いない場合だとか、あまり戦いやすくない広間にいる場合には、別の広間に誘導する必要がある。できれば罠も仕掛けておきたいところだし、奇襲で一気に火力を叩き込むのが本当は一番いい。まあデカブツは大体好戦的だからな。誘導も効きやすい」
言い切ると干し肉の残りをまとめて口に入れ、もぐもぐと2,3秒で飲み込む。そんな食べ方でのどに詰まらないのかな?
「ただ、これはお前さんの師匠からもさんざん聞いているだろうがよ、物事には例外がつきものだ。でかいくせに身を隠すのがうまい魔物だっているし、小さいのにド派手な奴もいる。先入観に騙されると痛い目見ることになるからな」
「今回のゴーレムだと、予想外な状況ってどんなことになりますかね?」
せっかくだから例外的なゴーレムというのを試しに聞いてみる。旦那は顎を擦りながら、私の質問に頭をひねる。
「そうだなぁ。空飛んだりしたらやばいな。いやいや、こんな浅い森にいきなりゴーレムがわいたわけだ。もっと深いところに潜る奴らをかいくぐってることになる。じゃあどうやって来たのかってことになるだろ」
「確かにそうですね……。じゃあ土に潜ったり?」
「お、それもありだな。川を泳いできたってのもどうだ?」
冗談のような話題ではあるけれど、旦那の目は笑っていない。可能性としてありうる。それだけで警戒に値する。
しかしそれは一歩遅かった。理不尽はいつだって予想の上を行く。
視界の隅、辺り一面にいくらでもあるようなただ一本の木が、突如としてうねる様にして身を震わせた。
木が動く。その異様さにあっけにとられた私を旦那がひっつかみその場から離脱する。その一拍後に叩きつけられるのは巨大な腕。私の両腕で抱えられる程度の太さの幹が、バキバキと膨れ上がる。いや、組み替えられるといったほうが近いか。まるでパズルのように次々と形を変えていくそれに、旦那がつぶやく。
「器用なゴーレムもいたもんだな……」
つまり、それはゴーレムなのだ。だんだんと細い木が、私たちが想像するような鈍重な形のゴーレムに変わっていく。私と旦那の二人、そして師匠たち三人をちょうど分断するように、ゴーレムが現れた。なるほど、普段は擬態できるから目撃情報がなかったのか。しかも安全地帯であるこの広間で奇襲を受けるとなると、普通のパーティでは対応できないだろう。私がさっき死にかけたようにね。
「下がってろ!」
明らかにゴーレムはこちらを狙っている。先ほどの突進は旦那がいなければ私では避けられなかった。はぐれた時が私の最期になるのは間違いない。
しかし旦那がいかにフル装備の鎧を纏っていようと限界はある。見上げるほどの巨体はまさしくゴーレムそのもの。そりゃゴーレムだもの。くだらないことを考えている場合ではない!
早く師匠と合流しなくてはならないというのに、ゴーレムは私たち二人に興味津々だ。
一歩動けば一歩動く。逃がさんと全身が告げている。森の切れ間に対して平行には動ける。けれど下がるには限界がある。切り開かれた道以外はかなりうっそうとしているし、日当たりが無駄に良いせいで藪が茂っている。足を取られたところをあの太い腕で叩き潰されるのが目に見えている。頼みの綱は師匠たちだが、私レベルがゴーレムから目を話すなど自殺行為。状況が分からない。旦那の指示にすぐに反応できるように、少しだけ腰を落とす。
旦那が剣を少しだけ右に構えた。うちのパーティでよく使われる前衛からのジェスチャだ。一気にゴーレムの足元へ飛び込む旦那と、ばっとその場から後退する私。
同時に振り下ろされる巨腕。旦那めがけて打ち下ろされた左腕は、ズゴンとものすごい音を立てながら地面にめり込む。腕は思いのほか深くまで刺さっているようで、旦那が私のところまで下がるのも見送る様にして動かない。
何世代も森が成長し続けているのだ。ただの土の上に立っているのではない。いくつもの木の根が枯れ葉や枯れ木と合わさっているのが森の地面だ。思いっきり殴りつけたものだから、根に引っかかったに違いない。枯れ木と違って水をたらふく蓄えた根っこは柔軟だ。ネズミ返しのようにゴーレムの腕を捉えている。もがくゴーレムへ接近した旦那から、分厚い刃のプレゼント。石を組み合わせたようなゴーレムの腕に旦那の一撃が叩き込まれる。
すぐに私のそばまで下がってきた旦那が笑う。
「こりゃ駄目だな。必要なのは剣じゃなくて鶴嘴だわ」
見れば引き抜こうともがくゴーレムの腕には一筋の傷。傷がつけられること自体が大概だけれど、それでもただの傷だ。ゴーレムにとっては体はいくらでも取り換えの利く部品でしかない。たとえ両断できたとしても、むしろ身軽になる可能性すらある。全くでたらめな魔物もいたものだ。
効かないことが分かった時点で引くこともできたが、旦那は続けて本体側へと駆け寄り、二度三度と切りつけていく。ゴーレムは自由な方の腕でうっとおしげに旦那をけん制する。時々背後を振り返って攻撃を繰り出すそぶりを見せている。たぶんあっちから師匠たちが攻撃をしているのだ。その証拠に時々閃光がきらめく。師匠お得意の雷の魔術だ。だが師匠の魔力量ではゴーレムを倒すほどの火力を出せない。
それでも魔術を繰り出しているのは牽制のためだろう。なんのためって、私が合流するまでの時間稼ぎ。少しでも早く師匠と合流しなくては。私の魔力を師匠が使えさえすれば、あんなゴーレムなんて一ひねりだ。
私との合流が勝利の大前提。師匠と先輩も私を見つけやすく私が見つけやすい離れた位置に移動していた。さっさと合流したいところだが、師匠が魔力で構成を練るたびに、師匠の元へ土くれだとか枯れ木が飛んでいく。ゴーレムが地面を殴って飛ばすことで攻撃としているのだ。それでも旦那の元へと駆け付けたリーダーが、前衛二人での集中攻撃を繰り返すことでゴーレムの狙いがより近い脅威へ移る。二人は少しでも私たちの時間を稼ごうとしている。
「無事だな。さあ、やるぞ」
現状報告も飛ばして師匠が私の魔力を吸い出す。私にできるのは魔力タンクとして師匠を補佐するのみ。だから師匠のそばから離れないようにしなければならなかったのだ。
だがそんな反省は後回しだ。師匠の手元で高速で組みあがっていく術式は、いつもの雷の術式だ。いや、いつもより大がかりかも。いつもより時間を掛けて構成を作り上げ、完成と同時に私から取り出した魔力を注ぎ込む。そのしなやかな指はすでにゴーレムを捉えている。
ふくれあがる魔術の気配を捉えてすでにリーダーと旦那はゴーレムから距離を取っている。ゴーレムは今だ腕を引き抜けず、逃げる術がない。
「爆ぜろ」
術式起動の言葉と共に猛烈な閃光と爆発するような破砕音が周囲に轟く。
これは勝ったか?! 閃光にやられないように閉じていた目を開けると、真正面に巨大な岩が飛んできている。ガツンと岩が何かにぶつかって地面に落ちる。ごっそり抜き取られた魔力が師匠による魔術の行使を私に教える。
何が起きた? 正面には岩と結界。岩が飛んできて、師匠が障壁の魔術で防いだ?
答え合わせの前に首根っこ掴まれてさらに後退させられる。
「ぼうっとするな!」
「すみません! でも何が?!」
「ゴーレムが自分の左腕を殴りつけて、岩の礫で雷を散らしつつこっちに攻撃してきた。雷をすり抜けて飛んできた分は俺が障壁で防いだ。他に質問は?」
「ないです!」
悠長に私たちが話せているのはゴーレムが次の狙いを前衛組としたからだ。師匠とリーダー、先輩の三人が狼のごとしコンビネーションで怒涛の攻撃を繰り返している。さすがのゴーレムもその連続攻撃に狙いを絞れていない様子。なにせ片腕がない。師匠の説明からすれば、自由な方の腕で地面に食い込んだ腕を殴って石礫にしたらしい。飛んで行った岩が雷を防ぎながら、同時に攻撃にもなる一手。ただの魔獣では思いつくはずのない、戦略的な一撃だ。これが神話にすら語られる魔物、ゴーレムということか。
感心している場合じゃない、すぐにリーダーたちの援護をしなければ。慌てる私の頭をわしづかみにし、師匠が私を落ち着かせるように言う。
「聞け。ゴーレムは魔術を使う相手を優先して狙う。わかるな?」
確かにゴーレムが初めに狙ったのは私だった。干し肉をあぶるために使った魔術を狙ったということか。次いで接近してきた旦那。リーダーも合わせて二人がかりでけん制の攻撃を続けていて、そっちに集中していた。なのに、師匠が魔術を使うと同時に攻撃対象を変えて迎撃して見せた。確かに魔術の優先順位が高そうだ。
「さっき障壁が間に合ったのは奇跡みたいなものだ。次はない。あっちは落ち着いて体を作り直せばいいだけだからな、単純な撃ち合いでは分が悪い」
ちらりとゴーレムを見れば、辺りに散らばった岩を引き寄せながら、体を再構築している。木に擬態して見せたり、体を再利用したりとやたらに器用なゴーレムだ。
「さっきまでの戦闘で奴の行動原理は大体わかった。奴は俺が構成を組み始めると同時に狙いを変えていた。構成が複雑になるほどその反応は早くなった。おそらくは自分にとって脅威になりうる魔術に強く反応するようにできている」
私が必死こいて合流するまでの間に師匠はゴーレム相手にいろいろと検証をしていたらしい。
「それって、師匠が攻撃する前につぶしてやるぞってことですか……?」
「そうだ。俺の魔術の内、奴を破壊できるような威力を持っていて、かつ一番速いのがさっきの雷だ。早撃ちではかなわん。だからお前が奴をやれ」
……はい?
「私にそんな威力の魔術使えるわけないじゃないですか!」
「いや、すでに教えたはずだ。思い出せ」
思い出せってあなた……、火の術式しか教わってないですけど。……ん? 火の術式? いや、火の術式は3段目が威力調整用だって言ってたな。そこを組み替えてやれば、魔力を注ぎ込める量が変わるって。
「今までお前が使っていた貧相な構成では、火を実現させるためにほとんどの魔力が使われていた。だが、俺の教えた術式は違う。ありとあらゆる無駄を省き、どれだけ魔力の魔力が注ぎ込まれようと揺るがずに火を生み出すことが出来る術式だ。──今のお前なら、俺の術式を使えることはわかっている」
びりびりと、首筋の毛が立つような感覚。師匠は今なんて言った? 今聞いた言葉が私の脳みそを何度も何度も何度も繰り返し響いている。
私なら、今の私なら師匠の術式を使える。使えるって言った!
「奴の貧相な頭ではお前のような魔力でごり押しする大火力は想定外だろう。ん? なんだ、話を聞け」
私がどれだけ今の言葉に衝撃を受けて居るのかも知らず、師匠は私の頭をつかんだままの手を右に左にゆすりだす。わかりました、分かったからゆすらないで!
「俺が前衛に戻ったら代わりをよこす。そうしたらゴーレムの死角へと向かえ。ああ、お前はついていくだけでいい。そうしたらだ、俺がもう一度魔術の構成を組む。それが合図だ。俺が組み始めたのを確認したら、お前は火の術式を組み始めろ。2段目の指定は位置指定だ。マーカーを打ち込んである。奴の腰の左側だ。それを起点にしろ。ああ、お前が狙われる可能性はほとんどない。奴は魔力そのものではなく、構成を見ているからな。複雑な構成ほど脅威度が高くしてあるらしい。だからお前が狙われることはない。もし狙われたとしてもすぐにあいつがお前を守るから安心しろ。あいつが過保護なことは分かっているだろう?」
先輩は厳しいけど私の安全にはもっと厳しい。先輩がそばにいるならそこは私にとっての安全地帯だ。
でも、でもだ。失敗してしまったらどうすればいい? 私は今までこんな風に重要な場面で、命を左右するような魔術を求められたことなんてない!
師匠が私なら使えると言ってくれた火の術式だって、それは何にもない失敗してもいいどうでもいい場面だからこその話だ。
視線があちこちに揺らぎ、落ち着かない。
"君は、ちょっとウチではやっていけないと思う"
前のパーティをクビになった時の、その言葉が、本当は何を言いたかったのかを私は知っている。
──お前には命を預けられない。
みんなが影でそう言っていたのを、私は知ってたから。
何度も失敗してきて、それでそのたびにため息が増えていった。初めは優しくいってくれたみんなが、その目が見切りをつけていく。私のつたない魔術に失望していく。
今、こんな重大な場面で私が失敗しないだなんて思えない。絶対に失敗する。それが、身に染みた私自身への失望が、体を震わせる。
「わ、わたし、駄目なんです……。やらなくっちゃっておもう、思ってるのに、全然うまくいかなくて。失敗したくないのに、失敗、失敗します。し、師匠、わたしどうしたら──」
言葉すらまともに出なくなってしまった。目いっぱい虚勢を張って、それも見破られてこのパーティに入って。それでうまくいってるように見せられてた。でも、もう駄目だ。私の本当に本当の臆病さが、どうにもならない。師匠は私に失望する。みんなだって、私の役立たずさにため息をつく。だってずっとそうだったもの。
「どうしたら? そういうことはまず失敗してからにしろ。失敗したら、成功するまでやれ。いいか、何度でもだ。何度でもお前が成功するまで俺たちは付き合ってやる。なにせそれ以外に手はないからな」
自信に満ちた表情で、師匠が笑う。口元を和らげて、目が三日月みたいに柔らかな曲線を描く。
「──俺も同じだ。いつだって俺たち魔術師は一番大事な場面を任される。手が震えるし、失敗した時の恐ろしさに心臓が止まりそうになる」
師匠も……? 思いがけないその言葉に、他の全部が頭から落ちる。
「そうだ。一時は魔術師を止めようかと思ったこともある。でも、でもだ。魔術師として、俺は仲間の信頼に応えたいと思った。応えなければならないと、そう思った」
信頼に応える。私が一度もできなかったことだ。応えたい、そう思っても、全然駄目だった。
「いいか、俺はお前を信じる。お前が俺たちの仲間に入って、積み上げてきたものを信じる。お前の努力を俺は知っている。お前は弱気と不安をさらけ出して、臆病さを嘆いたな。だが、そんなことは知ったことじゃない。俺は信じた。それ以外はどうでもいいことだ。やってみろ。出来なきゃダメでしたって笑って見せろ。俺が師匠で、お前は弟子だ。師匠の命令には弟子はどうする?」
「絶対服従……。すごい、理不尽なこと、言ってますよ?」
優しい笑顔が、邪悪なほほえみに変わった。でも、私にとってはこっちの方が、落ち着く。
そうか、そもそも師匠の無茶ぶりなんだから、やるしかないのだった。しがない弟子には選択肢などないんだ。
「弟子の責任は師匠がとるんですよね?」
「嫌々な」
ふふっと笑みがこぼれる。まだ顔は硬いままだけど、少しだけ温かさが戻ってきた気がする。
最後にずっとわしづかみだったままの私の頭から、師匠の手が離れる。そしてポンポンと優しく頭をたたかれる。
「さあ、やるぞ。泣き言は後にしろ。いいな?」
「はいっ!」
さあ、責任は師匠がとる! 私だって弟子なのだから、やってやるとも!




