26.えっ、私たち疲れてるんですけど??
師匠がドサリと尻餅をついた。繋いだままの手に引きずられて私も倒れ込む。ちょうど良く師匠の上に転んだので怪我一つなく済んだ。
師匠曰く、目がチカチカするとのこと。まあずっと空に咲いた火の華を見てたわけだし?
もしくは延々と魔術を使い続けていたからか。うーん、後者かな。こんなに長い時間大量の魔力を使うような魔術を使うことなんてないもんね。
私も魔力タンクとして使われ続けて体中だるさが酷い。もういっそ座ってしまう。
「とりあえず禁術の、爆発は起きないってことでいいかな?」
上からリーダーがのぞき込む。師匠が多分なと言えば、全員がホッとして息を吐く。
念のために確認してくると旦那が柱に近づいていく。そうだな、と立ち上がろうとする師匠の頭を私はがしっと両手で掴む。こんなに魔術を行使して尻餅程度で済む師匠は異常だ。本当に人間かしらと思うけど、いい加減休みが必要なはず。
そのまま師匠を引き倒そうと力をかける。が、倒れまいとする師匠。抵抗は止めろぉ!
見かねた先輩が手伝ってくれて、ようやく師匠を横にすることに成功した。仏頂面な顔は私のお膝の上だ。まあ、頑張った人にはご褒美が必要なのである。私も小さい頃はよく母にこうやって甘やかしてもらったものだ。
「ほらほら、ゆっくり気を休めて良いんですよ?」
寄せられた眉が緩むこともなく、ため息がつかれる。し、失礼な! でもすぐに師匠が力を抜くのを感じた。見れば目をつぶって休む体勢に入っている。
「なら、後は任せる。頼むぞ、──リーダー」
そこは私のことを言いなさいな! でも、よく考えれば膝枕してたら私も動けないもんね。
「それにしても、魔力通すのも大変なのね。まだ気分良くないわ、私は」
魔力酔いって奴かも知れないですね。でも返事の代わりに私は人差し指を口に当てる。おやっという顔をした先輩に、膝の上を指さす。
そこにはすっかり眠り込んだ師匠がいるのだった。
***
「寝てるくせに全然表情緩まないわね」
「確かに。ちょっともんでみましょうか」
ぐりぐりと眉と眉の間を指でもんでみた。ううむ、全然緩まぬ。でもちょっと楽しい。師匠が起きない程度に遊ばせてもらおう。頬を引っ張ったり、長い一日に伸びた無精ひげを撫でてみる。
いたずらを繰り返していると視線を感じた。顔を上げれば騎士君だ。あれ、騎士君はもう大丈夫? 膝使う?
「い、いや! たいじょうび!!」
慌てたように去って行った……。師匠の頭をずらせばもう一人くらい行けそうだったんだけど。さすがに師匠と頭を並べるのは恐れ多いか。
「あんたねぇ……」
謎にため息を吐く先輩にどうですと進めてみたが、けんもほろろに断られてしまった。結構寝心地いいと思うんだけどな、この膝枕。
***
さて。魔人を倒し、王都消滅の危機を無事回避した私たちである。めでたしめでたしには変わりないけど、まだまだ終わりは先の話であった。
いや本当に、そのあとが大変だった。なんせ誰も彼もが満身創痍。それも当然で、一気に塔を駆け上り魔人の物量戦を乗り越え、ようやく倒したと思ったらみんなで苦しい魔力タンク。これで元気な人間がいたらそれはもう人間の枠を外れている!
緊張が解けて安心して、完全に脱力。誰ももうまともに動けなかったので、全員その場でばたんきゅう。日が昇り始めてようやく動けるようになる始末である(屋根がないのでとてもまぶしかった)。
そして疲れの取れないままに塔を降りることとなった。一段一段を確かめるようにして最上階を後にすれば、待機して貰っていた冒険者の斥候と合流。この人もきっと生きた心地しなかっただろうなと。
登りであれほどうっとうしかった魔獣はほとんど消えていた。8階から登ってきた騎士団の人達が少しずつ削っていたら、突然新しく出てこなくなったらしい。多分私たちが戦い始めたことで魔獣を出す余裕がなくなったんだろう。
どうにかこうにか8階まで降りたのだけど、後はもうほとんど覚えてない。
***
目が覚めたら既に見慣れた宿の部屋。あれ、夢だったかな? 頬をつねる前でもなく全身が痛いから現実だって分かるんだよ。辛い。
既に目を覚ましていた先輩と挨拶と疲労への悪態を交わす。そうしてボロボロ状態で先輩と寄り添い合って隣の男子部屋に行く。全身の痛みと疲労で寝られないし、せめてそのあとのことを聞いておくかということになったからである。
同じように死んだ目をしている男子3人と合流して話を聞く。
「さすがに全員半死半生だったから、8階からは担架で運んで貰ったんだよ」
揺れるし動くし最悪の運び方だったけど、みんな全く目を覚まさなかったね、と。まあ死ぬほど疲れてたからねぇ。
あれ? え、見てたってことは起きてたってことです?
「リーダーだからね。精鋭騎士も隊長は最後まで起きてたよ」
「心からリーダーじゃなくて良かったって思ったわ」
「私は心底リーダーで良かったって思ったけどね」
そう? リーダーは妙に満足げだけど、私は寝てられる立場の方がよっぽどいいや。
「で、塔を出たらね、ギルドのお偉いさんと騎士団の総団長、貴族の面々が揃っててさぁ。言うわけ。結果を報告しろってさ」
なんてはた迷惑な! そんな死屍累々な状況が見えてないのかな?
「まあ仕方ないだろうな。夜中に突然塔から派手な火が上がれば不安にもなるだろ」
「いやいや、あの華を見れて興奮したのかもしれんぞ」
私もそれに一票! だってあんなにきれいだったんだもの。
しかし疲労困憊なリーダーは、その両の足でしかと立ち、言ったらしい。まるで再現するかのようにベッドから勢いよく立ち上がり、芝居がかった口調で朗々と言葉を紡ぐ。
「塔を支配していた魔人を討伐いたしました。また、塔が禁術により爆破されそうになったため、蓄えられていた魔力を全て消費することで対処しました。昨夜街の上空に放たれた魔術はそのためのものです。内部に巣くっている魔獣の残りは騎士団にて対応頂きたく。詳細な報告を聞きたいとの希望については重々承知しておりますが、我々は既に限界です。少しでも安全な場所で休ませていただきたく」
その長台詞見事一息で言い切ると、その場で気絶したらしい。あはは、結局全滅してた!
幸い話の分かる人だった、というか私たちの状態に気がついたらしくて慌てて宿まで私たちを送り届けた、というのがことの顛末のよう。騎士団は私たちの宿を把握していたからね。ちなみに私と先輩については女性騎士が対応してくれたとのこと。お気遣い感謝である。
***
そのあとは動く気がしなかったから、そのまま男子部屋でだらだらする。旦那のベッドを先輩と二人で乗っ取り、ひそひそとおしゃべりする。旦那はもはや横になる方が辛いらしく、なぜかずっと立ちっぱなしである。そっちの方が疲れそうだけどまあ好きにしたらいいさ。
騎士団の心遣いはよく行き届いており、昼前には昼食が届けられるという気の使いよう。なんて親切な! そうやってご飯を食べれば、多少は回復してくる。そうなれば報告は義務である。
重い体を引きずり全員でギルドへ向かう。私たちが宿を出ると同時に完全装備の騎士が周囲を取り巻くおかげで、一躍時の人ですよ私たちは。そこ、凶悪犯の輸送とか言わない!
しかし気分が上がったのはギルドの柔らかな椅子に腰を下ろすまで。ここからはガチガチに真面目なひとときの開始だ。何せ対面に座っている中で一番の下っ端がギルド長なのである。この大きな王都、その冒険者達をまとめる組織の長が、この場では最も立場が低い。そんな状況で心休まるはずもない。なのに私と旦那以外はいつものペースを全く変えようとしないのだ。
旦那と二人、目だけで会話する。これやばい。そう、これやばい。もうそれだけで全て伝わる時点でこの状況の特異さが分かるってものだと思う。
「で、私から報告しますので、質問は全て終わった後にまとめてお願いします」
敬語を使いつつも自分が話しますとペースを握ろうとするリーダー。任せたとばかりにふんぞり返って腕組みする師匠とあくびをかます先輩。騎士団の長、つまり王都の武門における一番偉い人がジロリと私たちを見てくる。こ、怖い! 慌てて先輩を突いてあくびは止めろと小声で伝える。師匠の腕組みも旦那が解かせてまともに座らせる。まさか私たち二人が常識的行動を率先して行うことになるとは。どちらかというと雷を落とされるのは私の役目だというのに。
幸いにもこの二人もアホではないから、一度注意されればまともに戻る。リーダーのやや描写が多すぎる話も、まあ間違ってはいないから大丈夫とする。騎士団長の隣に座っている如何にも高位貴族ですって身なりの男性など、リーダーの話しぶりに夢中である。しかしそのせいでリーダーの口が回ること回ること。実情を知っている私たちは誇張され気味な話にあきれるし、ここでの話を記録している騎士団の人はインクが乾く暇もなくひたすら書き続けている。かわいそうに、明日は腕が筋肉痛になるかも知れないね。
この場の人間では多分、騎士団長が一番状況を把握していたのだと思う。なにせ魔人討伐から塔の無力化まで精鋭騎士が一緒にいてくれたんだから。報告を聞いていないはずがない。ギルド長は斥候役からの報告だからちょっと不足が出ちゃうよね。
それでも塔の上部、それも最上階に入った辺りからは全員目の色が変わっている。何せ魔人だものね。王都を我が物顔で見下ろしていた人外だ。興味がないわけない。
ほぼほぼ全てをリーダーが話しきったけれど、戦いにおいて勝敗を決めた"名"については師匠から説明をしていた。なにせ魔術の領分でもあるし、中身を理解しているのは多分師匠か旦那だけ。旦那は魔術には疎いから、一番説明できるのは師匠だ。
特に私たちが思考を制限されていることには誰もが口を閉ざした。生まれてこの方ずっと刷り込まれ続けてたのだから当然だと思う。私ですらむむむ、ってなったから、この人達は相当だろう。特に今までずっと黙っていた魔術院のおじいさんの反応はちょっと怖いくらいだった。同じ魔術師なのにそんな風にされていて、それを見抜けなかったんだもんね。今にも質問の雨が降りそうだったけど、一応質問時間は後だからってことで口を塞いでいた。
それで最後に王都の空を彩り続けた炎の華、これが問題になった。なにせ王都のどこからでも見えるような規模で、誰でも気付くくらい大きな音を立てていたんだもの。そしてそれをやってるのは私たち静かなる狼。何がまずいって、森を焼いて街を破壊した前科があるってことだよね。私たちを知っている人達は戦々恐々だっただろうな。
でも余裕がなかったと言うことは伝えておきたい。だってやらなきゃ全部吹き飛んでいたのは間違いないわけで。そこはそうせざるを得なかったということで、これ以上の追放はご勘弁願いたい……。実のところ私たちは全員王都に来たくてきたわけではないので、元の街に帰れるなら帰りたいのだ。王都は遊びに来るなら良いけど、さすがに住むには騒がしすぎるもの。
まあそのあたりは精鋭騎士からの口利きで何とかなると思う。実際問題としてなにも被害はなかったわけだしね。
……当然そのあとの質疑は夜遅くまで続いたのであった。もう帰りたいよう!!




