23.えっ、え? ええ?? ええええ!!??
ふぅ、と息が出た。
その音をきっかけに師匠が私に向き直る。その目がジッと見つめるもんだから、なんだかドキドキして不安になる。いや、師匠に黙って術式を丸パクリしたうえで無理やり作り変えているし、魔力吸い出し魔術も実は起動したら止められない欠陥魔術だったりする。師匠のことだ、そういうやっつけ部分も見抜いているに違いないのだ。魔術のダメ出しか、お叱りの言葉か。でももしかしたらちょっとくらい褒めてもらえるかもって期待してしまう。どうかな?
「……お前には色々と驚かされてばかりだな」
「それっていい意味で言ってます?」
ぎゅっと口を引き結んでいて仏頂面なのに、驚いていると言われてもなぁ。驚いたというなら驚いた顔をして欲しい。
はぁ、と師匠が大きなため息をこぼす。なんだい、失礼な!
「だからあれだ。なんというか、今のはな、正直驚いた。つまり、あれだ」
なんだ?
「お前は自慢の弟子だよ」
パクパクと口だけが動く。感情だけが先走って言葉が出てこない。え、ええ、えええ!!
最後の最後に轟いたのは、私の驚きの絶叫なわけで。それがこの塔での戦いの終わりだった。
***
師匠からの手放しの褒め言葉! もうなんか現実とは思えないくらいに信じられなくて、疲れてるのになんだか妙に高揚している! 大丈夫? 鼻血とか出てない? 大丈夫、出てない!!
嬉しさに満ち満ちた声に戻ってきた先輩が笑う。
「なに、嬉しそうに騒いじゃってもう。で、何があったの?」
「し、師匠が私のこと──」
「さっきの動きはさすがだったな」
師匠の手が私の口を塞いで先輩を褒めだす。前衛としての動きについて普段何を言うこともないくせに、突然すぎる。ふがふがもがく私と師匠を見て、先輩が腑に落ちたように呆れて見せる。
「何、もう一人驚かせちゃったわけ? 一番厄介そうなのから攻略するなんてやるじゃない!」
時間的にはつい先ほど、感覚的にはだいぶ前のことだけど、私が打ち立てた夢が早くも一つ叶ったのだ! これを喜ばずにいられるだろうか。いや、ない!!
旦那も寄ってきて背をポンと叩いてくる。
「隠し玉、ここまでとは思わんかったぞ」
「いやぁ、その節はご迷惑おかけしました!」
「黒いのの十八番を発展させたんだから、師匠冥利に尽きるってもんだわな」
にやにやと旦那が師匠へと笑いかける。師匠はそっぽを向いている。あはは、この人照れてんだ!
はしゃぐ私と仏頂面の師匠、和やかな空気の漂う中にリーダーが戻ってくる。あ、リーダー聞いてくださいよ、って。何やら暗い顔してますね……?
言葉に詰まった私の視線にみんなが気づく。なにせリーダーはすごい渋い顔をしている。隣に並んでいる騎士隊長も同じ。互いの健闘を称え合っていた精鋭騎士も、この状況に静かになる。
「色々喜んでいるところ、大変申し訳ないのだけど。ちょっとだけいいかな?」
「いい話ではなさそうだな」
「うん。……首を落とす寸前にね、魔人が言ったんだよね。"道連れ"だって」
魔人が言い残したという言葉の不穏さにみんな黙っている。が、ようやく倒せたわけだし、私はもう少し素直に喜んでたいんですけど、駄目ですかね? 横に突っ立っている師匠を見れば、どんよりしている。精鋭騎士もどうにも暗い顔。え、師匠に暗い顔されると不安になるから止めて欲しいんですけど! いや、明るい顔になっても不気味かも知れないけど。しかしそんな不埒なことを考えても師匠からの反応はない。いつもなら私の思考を読み取った上で顔面をわしづかみにしてくるんだけど。
「ねえ、負け惜しみの嘘を吐いたってことにはならない?」
「……今のところは、何も分からん。が、備えた方が良いだろうな」
「結構限界近いわよ、私」
「私もあまり動きたくはない状態かな」
「右に同じく。嬢ちゃんも黒いのも魔力はからっけつだろ?」
「まるで空っぽですね。どんなに振っても何も出てこないです」
「騎士団連中はどうだ?」
「今すぐにでも鎧を脱ぎたい」
「つまりなんだね、魔人の悪あがきが何かは分からないけど、できるのは逃げるくらい。そういうことかな」
全員がリーダーの言葉に頷く。だって実際魔力のない魔術師にできることはないし、疲労で動きの鈍った戦士(当然騎士も)は休まないと使い物にならない。よって全員の相違として休憩を取ることとなった。実際何が起きるにしても元になるのは気力体力集中力! どれもこれも今はすり切れてる。ちょっとでも休まなきゃやってられん。
幸いにもここからは塔を降りるだけだ。帰り道に魔獣とやりあわないとならないだろうから、しばらくここで休むのがいい。駆け下りるくらいの体力が戻れば、あとは王都の冒険者と騎士に任せちゃえばいいもんね。
座り込んだ、というかへたり込んだ私たちはのんべんだらりとし始めた。もう疲れちゃってぇ、動きたくないんですよ。ひんやりとした地面に背を預けると冷たさが気持ちいい。少しの振動が心地よさを醸し出している。
──振動?
嫌だけど起き上がる。何か私が言う前に、他のみんなもすぐに動けるように体勢を整えていた。
ズガン、と大きな音を立てて部屋の中央に柱が生えた。私が3人くらいで腕を伸ばせばようやく手が届く、太い柱だ。地面から直に伸びるそれは、怪しく明滅している。
唖然としている私たちを尻目に、旦那がスタスタと柱に近づいていく。ええ……それ危なくないですか? ただ、静かなる狼で一番防御と判断力に優れるのが旦那だ。こういうときは任せるしかない。柱を警戒しながらも、妙に魔力に溢れているその柱を確認していく。少しして旦那が手招きをする。黒いの、と呼んだから師匠案件、というか魔術師案件なのだろう。じゃあ私も近づいて良いかもしれない。私が近づこうとすると先輩が私の首根っこをつまみ上げる。
「?」
「アンタは予備。大丈夫だとは思うけど、万一あいつがやられたらアンタが代わりをするの。だから近づいちゃだめ」
「……了解です」
正直私が残ってできることってない気もするけど、これからそういう立場に成ることを期待されているのだ。だから大人しく大人しくする。だから首掴むのは止めて欲しい。
しばらくして、旦那と師匠が暗い顔で戻ってくる。ああいやだ、話聞きたくないなぁ。
「まずいことになってる」
「でしょうね」
「結論を言う。塔全体が爆発しようとしている。どこまで被害が広がるかは分からないが、王都消滅は確実だ」
「ついでにワシらもな。いやぁ、困ったな」
そりゃあ……困るでしょう。というか嘘でしょ? だってあんなに苦労して魔人をやっつけたって言うのに、ようやくこれからゆっくりできると思ったのに! なのに、そんなのってなくない?!
「ど、どうにかできないんですか!?」
「あるにはあるが……」
勢い込んで聞いたけど、すぐに返事が返ってきたからちょっと安心した。
「塔に渦巻く禁術の構成へ無理矢理入り込んで無害なものに書き換えることだ」
「なーんだ、じゃあよろしくお願いしますね」
前にも塔に蔓延る禁術を師匠は書き換えている。二度目だし、できないはずもない。なのに、なのになぜか師匠は暗い顔のままだ。
「……あのさ、前に似たようなことやってたわよね? それじゃ駄目なわけ?」
同じことを考えていただろう先輩が質問を投げる。そう、それが私も聞きたい。
「前とは状況が違う。おそらくはこの塔自体に組み込まれた禁術だ。完全に保護されていて書き換えるのは無理だ。ただでさえ俺もそいつも魔力がほとんど尽きている」
「無害にはできなくても、発動までの時間を延ばしたり、避難するまでの時間稼ぎとかも厳しいのかい?」
「無理だ。禁術の構成に手を出した時点で炸裂する。仮に禁術を崩せたとしても、どれだけの期間かも分からんほど長い間ため込まれた魔力が問題になる。魔力放出だけでも王都消失は間違いない」
「あー、そういえば最近は王都も色々建て直しが必要だと言うとったの」
「建て直しって規模じゃないでしょうが! 馬鹿言ってないでなんとかするわよ! 何にしたって他にできることもないんでしょう?! 私はまだ王都で行ってみたいお店が山ほどあるんだから!」
そうだった! 私もここに来てから陰気な師匠に連れられてのお勉強しかしてない! 先輩に色々連れてって貰うつもりなんだった! 素敵な流行のレディになるのだ! 更地になって貰っては困る!!
「師匠! リーダーも騎士さん達もみんな! 何か他に良い考えないんですかっ?!」
急に気炎を吐く私と先輩に、旦那と師匠がため息を吐く。それは絶望ではなく、仕方ないなぁと言う言い訳じみたものである。まあ、物事には順序があるのだ。ちょっと諦めじみたことを言ってしまった自分たちに区切りを付けて、動くために必要なのだ。
やる気、元気、取りかかり! ちょっと違うか? とはいえやらざるを得ないことは何にも変わりがない。
「ね、爆発の向きを変えるってのは難しい? 例えば空に向けて全部の爆発を向けられるなら被害を抑えられるでしょ?」
「無茶を言う……。爆発に耐えられるような結界を作れるならできるぞ。もちろんそんな結界が作れればの話だが」
「魔力がいくらあっても足りないだろうね。じゃあ次の案、この塔を別の場所に送ったりできないかな? 大量の魔力があるならそれを使った無茶もできるんじゃないかな?」
「でも私の火球でも被害多すぎて追放されちゃいましたよね。この塔の規模で爆発されるとその倍じゃ効かない気がしますよ……?」
「仮に送れたとしても、そこで起きるのは大災害。次は王都から追放かい……。国外追放はしゃれにならんなぁ」
「追放で済むか?」
「却下よ却下! 王都巡りするって言ってるでしょうが!」
ううむ、色々考えは出てくるけど、とれる手段がそもそもないんだよなぁ。私も師匠も魔力がないからできることも限られてるし。空っぽの魔力タンクじゃいる意味がないよぅ!
「普段からもっと魔力を蓄えておけば良かったかなぁ……」
後悔先に立たず。立ってるのは依然塔だけってね。はぁ……。




