3-1.えっ、装備をおしゃれに変えてもいいんですか??
あれがかわいい、これもかわいい、次はあれを合わせてみよう。わいわいとあまり大きくない店内に私と先輩の声が響く。
そう、ここは可愛くオシャレな女の子を生み出す大いなる海、服屋である。
軽く服を当てて似合うかどうかを鏡越しに見てみたり、手持ちの服との色合いを考えたりと何もかもが楽しい。いつもはキツいツッコミで鋭く私をえぐってくる赤毛の先輩だって、次々に私に合いそうな服を持ってきてくれる。もう甘々に甘やかされている。でへへ!
しかしながら、私と先輩では体格も好みも結構違うのが困ったところ。先輩自身は私よりも背が高いし、前衛職らしく引き締まった体である。
なのでタイトめな服装を好んでいて、しっかりとした作りの服を好んでいる。けれど、私は先輩よりは小柄であまり引き締まってはいない(別に太ってるわけでもない!)し、普段の服装だって魔術師らしいローブとかスカートだ。個人的にも余裕のある服の方が好きだ。よって、いろんな服を持ってきてくれる先輩のチョイスに対して、なかなかお互いの好みが一致しないのである。
それでも流行りの服装というものに対しては明らかに先輩の方が詳しい。私が疎いだけかもしれないけど。
あまり縦に首を振らない私を前に、いい?と指を立てる。
「あんたはまだまだこの街の流行に疎いみたいだから、教えてあげる」
先輩は一見当たりはきついけど、大変面倒見がいいのだ。曰く、中に着る服はしっかり体に合わせて、上着を緩くするのが最近の流行りとのこと。
それでいうなら私のローブは割と理にかなっているのでは? 今だってローブを脱いだあとは生成りのブラウスとスカート。うん、全然理にかなってなかった。全体的にふわっとしてる!
中に来ている服がぴったりしていると、外側のふわっとしたシルエットとのギャップでより締まって(痩せて)見えるんだとか。
つまり今のままでは太り気味に見えるということか。私は自分が太っていないと!知っているけど、外からそう見えるとは思い至らなかったなぁ。でも服だって別に安いものではない。
痩せて見えるってだけで買い換えるのは考えものだ。
王都の方では服を安く作る方法が広まってきているみたいで、昔ほど高級なものではなくなっている。でも高い物であることには変わりない。私のこの服だって母のお下がりだし、繕い後もそこそこある。
おまけに言えば先輩のようにすらっとしたズボンを履く自分というのもなかなか想像しにくい。スカートよりは引っ掛かりにくいかもしれないけど、男の子みたいに走り回ることってあるかな?
むむむと悩んでいると、場違いな真っ黒い影が私たちに近づいてくる。明らかに黒ければなんでもいいと全身で主張している。色彩感覚をどこかに落としてきたような、ひどいセンス。よく見ると結構ほつれが目立つし、シワもついたままだ。これはよくない。オシャレな空間にこんな怪物がいちゃだめでしょ。
「まだ終わらないのか……? 印を付けるだけって話じゃなかったか?」
そう、私たちがなんで服屋さんにいるかといえば、私の服にパーティ印を付けるためなのだ。ああ、憧れのパーティ印!
分からない人のために説明しておくと、パーティ印というのは読んで字のごとく所属しているパーティを示す”しるし”である。
大抵の冒険者はパーティを組んで日々の冒険やお仕事をこなしている。宿も合わせることが多いから、だんだんとパーティメンバーといるのが当たり前になる。
どうにもロマンとか夢見がちなのが冒険者でもあるので、パーティでいること自体が楽しくなってくる。そうすると、若い女の子みたいに、お揃いの何かが欲しいと言い出す人が現れるのだ。
さりげなく、服の端っことか、武器に下げるチャームとかね。それを実現するのがパーティ印なのだ。出始めの頃はかなり大々的にアピールしてたみたいで、コートの背中一面とか、盾にでっかくとか、はたまた旗を作る人までいたらしい。お店の人によれば、一時の流行りかと思ったら、もう冒険者には完全に定着していて、今では印打ち専門の職人までいたりとか。お店の人も印を刺繍するために昔かなり練習したとか。
まあさすがに旗まで作る人はほとんどいないけど、パーティごとにどんな印にするのか、どこにどの位の大きさにするか、それは全くの自由。なので、冒険者としてのこだわりが見えるアイテムになっている。
パーティ印に限って言えば、いつも使うコートとか、武器とか鎧にパーティの印を付けるってのが大多数みたい。印ではなくておそろいの指輪やアクセサリにしている人たちもいるらしいけど、アクセサリはなかなか手が出ないよね。
元々私が所属していたパーティではそんなふうなお揃いの印とかはなかった。
そもそもで言うと、別にギルドで指示されている義務というわけではない。だから作るのにもお金はかかるし、服や装備につける以上、あまり安物につけるとすぐダメにしてしまう恐れもある。前衛を担う戦士たちは少しでもいい武器を欲しがるし、魔物の攻撃で防具をダメにしてしまうこともある。
それを考えると、印をつけられると言うのは安定的な収入を得られる中堅以上のパーティになる。
逆に言えば、パーティ印を持つと言うことは実力があることの証明だ。ギルドの依頼募集条件の印持ちのみってあるのは、つまり一定以上の実力者だけを募集しているということなのだ。
時々毛糸や端切れでパーティ印を模した装備をつけている人たちを見るけれど、ちゃんとしたパーティ印に比べるとどうしても手作り感がする。でも先輩曰く、そうやって自分たちで作った印がボロボロになった頃には印打ちを頼めるようになるんだそうだ。印を作ろうってくらい仲間意識が高い、もしくはやる気のあるパーティであることが多いのがその理由らしい。
ちなみに誰もが印を作ったりできるほど器用ではないので、中堅になるまで印とは縁のないパーティだっている。私が追い出された前のパーティはその類だ。デザインとかできる人はいなかったもの。まあ新人揃いのパーティだったから印自体のこともあまり知らなかったという可能性もある(私は全然馴染めていなかったから、その辺りの事情もよく知らないのだ)。
***
今更だけど、"静かなる狼"は中堅どころか上位のパーティである。当然パーティ印をつける。
元々このパーティは、印どころかパーティ名すらろくにつけていない半野良パーティだったらしい。ええ……。
詳しく聞こうとするとみんな嫌がるせいでなかなか結成秘話というのが聞けていない。そのうち絶対に聞いてやろうと思っている。
まあそれはそのうち聞くとしてだ。うちの場合はパーティ印をどこかに付ける方式にしたとのこと。アクセサリではない理由はリーダーの趣味の悪さにある。パッと見は痩せぎすで理性的な眼差しの男性だが、上着の裏にはドクロマークが縫い付けられているし、剣の持ち手には禍々しい爬虫類か何かの尻尾みたいなのがぶら下がっている。ウサギのしっぽは土産屋で売られているのを見たことはあるけど、あれはどこに行けば買えるんだろう?ともかく、アクセサリにした場合、まず間違いなくリアルなドクロの指輪になる。そこは狼にしろよと思うけど。なんとなくみんなそう思ったから刺繍になったということらしい。
私は鎧なんてつけないから、ローブか帽子に印を刺繍してもらったらということになったわけです。ちなみに当然のごとく狼の印である。静けさ担当の木々を背景に、遠吠えする狼が描かれる。別に静かな状況じゃないな? まあいいか。
なお、印を打つというならばってことで、他のメンバーがどこにつけているのかを見させてもらっていた。
リーダーは一撃の鋭さに定評のある抜き打ちを得意とする戦士だ。鎧は最小限で、攻撃は避けるか逸らすかの二択。なので割と鎧が傷つくことは少ないらしい。だから胸当ての端の方に小さく印が打たれている。これ全然目立たないな? でも静かなる狼くらいになると顔を知られているからあまり見えなくても問題ないらしい。まあ依頼人とか初対面の人相手には一応指し示して証明しているとのことだったけど。
旦那の場合は、幅広で分厚い剣の鞘に印を刻んである。リーダーとは逆にしっかりと鎧を着込んだスタイルなので、必然的に鎧が傷つくことが多い。だからあまり攻撃を受けない部位ということで鞘にしたとのこと。結構鞘に印を打つのは定番らしい。ちらりと鞘に付けられた印を見せるしぐさはグッとくるものがある。
先輩は槍使いなのでリーダーと同じく割と軽装備だ。でも胸に印を打つとアホな男にジロジロ見られる言い訳を与えることになってしまうから、腰につけている革製のポーチに印をつけているとのこと。まあ先輩は胸だけじゃなくお尻も大変パンパンだから、腰も割とギリギリじゃないかなと思う。言わないけど。言わなかったのにめっちゃ怒られたけど。どうも私の顔は思考を隠すという能力はないらしい。
最後に師匠だ。この人はまあ大概真っ黒な服装だから、印をどこに打ってもわからない気がする。だから見せられるように鞘につけるようにしたとは本人の談。魔術師なら杖だろ。この人本当に魔術師なのかなって時々疑問に思う。みんなに聞いて回ったのは冒険帰りのことだったけど、その日もオオトカゲを相手に真正面から剣で前足を切り飛ばしていたし。帰りの馬車で全員微妙な顔をしていたのはそのせいだ。
ともあれ、私の場合はオーソドックスな魔術師スタイルなわけで、奇をてらう必要もないからローブの首元に刺繍をしてもらうことに決まった。鎧や鞘なら鍛冶屋さんだけど、ローブだからね、服屋さんにお願いするのが普通らしい。ということで休みの日を使って服屋さんへとやってきたというのが今回のお話。導入が長い……!
ちなみにこの服屋さんには師匠だけじゃなくてリーダーも旦那もついてきている。師匠とはこの後魔術の指導があるから渋々の同行だったが、リーダーと旦那は暇だったからついてきたとのこと。しかし早々に三人とも店の端っこにある椅子に座りこみ、ずっと貧乏ゆすりしたり靴を鳴らしたり、落ち着きがない。全くこれだから男子は困る。ついてきておきながら随分な態度じゃない?
まあちょっとだけ、ちょっとだけね、楽しくなって時間を忘れてしまった自覚はある。でも、私の使ってたローブは年季が入っていて買い換えた方がいいのではって言い出したのはリーダーだし(言わなければ良かったという顔をしている)、じゃあ祝いってことで半分は俺が出してやると男気を見せた旦那(金だけ渡すから帰っちゃダメか?という顔)も悪いと思うの。私も先輩も張り切るってものだ。だが師匠が痺れを切らしたということは、私たちもそろそろ選択の時ってことだろう。流石にこれ以上は悪い気がしてきたし。
「先輩、流石にそろそろ決めなくちゃダメみたいです」
「ちっ、あの軟弱者たちは黙って待つのもできないのかしら。仕方ないわね、ええと、さっきの薄紅のにしときなさい。魔術師だからって暗い色ばかり選んでると末はアレよ?」
試着時に派手すぎないですかと渋っていたのは私だから、逃げ道を塞いでくる。でも、派手だなと思いつつも、身につけてみていいなぁと思ったのも事実。ここは師匠みたいな絶望的色彩感覚を反面教師として決めてしまおう!
「これ買います! それで、パーティ印もお願いします! 旦那、ほら支払いですよ!」
ようやくの決断に腰も重く立ち上がる男性陣。旦那は苦笑いで財布を出している。これ以上の長居は勘弁と、まだ気になる服を眺めようとする先輩をリーダーと師匠が二人がかりで店の外に連れ出している。
パーティ印は三日後とのことで、その間にギルドでパーティ名簿に名前を書いたり、今後の立ち振る舞いについて話を聞いたりと忙しい。それでも待ちに待った三日後、薄紅のローブに袖を通したときの嬉しさは、多分一生忘れないと思う。師匠がボソリと言った、馬子にも衣装だなの一言もな!
刺繍が入って私のおニューのローブも、さらに一段階ランクが上がった! うれしいから宿の中でも意味なく着てしまう。ここはいい宿なので、部屋の中にも大きい姿見があるのだ。
「飽きもせずクルクルと、それ以上あほになっても知らないわよ」
「辛辣! 後輩が正式加入の証にはしゃいでる姿ですよ? ここは可愛い子ね、とか優しく見守るシーンでしょうよ」
「そうね、もう少し頭がはっきりしてる子ならそうしてたわ」
「ヒドイ!」
この赤毛で胸がキツキツな先輩は、私に対しては基本的に厳しい。間違ったことはあまり言わないけど、たまには甘やかしてもらいたいところだ。言っときますけどね、このかわいいローブは先輩が選んでくれたんですからね!
***
さて、私が正式に加入したというイベントを挟んでもなお、師匠に変わりはない。まあ元々師弟関係が先にあるわけで、そこに変化がないから当たり前でもあるか。
休日には師匠について街中を歩き回り、世間話に花を咲かせる。ちょっとした困りごとや不調はその場でなんとかしてみたり、ギルドに依頼を出せとアドバイスをしたり。そのどれもにわけ知り顔で頷いてみたり、使いパシリにかけずり回されたりとしている。
消耗品の補充も私の役目なので、忘れないように買い足しておく。そんな忙しい合間合間に魔術についての講義だとか、抜き打ち試験が行われる。
「今から火の術式の構成を見せる。どこに問題があるかを言ってみろ」
私たち冒険者の基本業務である、魔獣の討伐への移動中(近くの森までは冒険者向けに乗合馬車が出ているのだ)にそんな問題が出される。火の術式は今私がひたすら練習し続けている術式だから、ちょっとくらいは構成の読み解きもできるようになってきた。師匠に教わった術式自体は完全に覚えた(丸暗記という意味)けれど、構築する速度はまだまだ練習あるのみ。特に3段目の威力制御部分については時と場合に合わせて組み換える必要があるから大変だ。ぶっちゃけ一番ここに時間がかかっている。
ただ今回師匠が宙に描いた構成は、私が昔使っていたような、非常に簡素な火の術式である。というか、これ私の術式そのものじゃないか?
「あの、これって……」
「さっさと答えろ」
とりつく島もない。文句を言えない弟子の悲哀を感じる。これ、自分で自分の術式にダメ出しするってことだよね? ほとんどサディストの思考だよそれは!
思考が顔に出ていたのか、無言でスパンと頭が叩かれる。いつものことすぎて、ともに馬車に乗っている他のメンバーは振り向くことすらしない。知らない人でさえチラリと見やるだけ。まあいつも同じ時間の馬車に乗るから、メンツが一緒だもんね。慣れちゃうよね。そんなことにならさせるんじゃない? その通り。
「言っておくが、術式を自分で組むときは自己評価の繰り返しが基本だぞ。これはそのための例題だ」
私の思考を読み切って師匠が追加での説明をしている。今にもため息をつきそうだが、意外にも師匠は指導中にため息をつくことはない。私の理解の及ぶところまで降りてきてくれるのだ。これでも服のセンス以外は超ハイスペックで理解のある師匠なのである。
「まあ、そういうことなら……。にしても今にしてみるとひどい術式ですね。ええと、属性指定がこれで、現象定義はここでしてるのね。アレ、なんかループしてるところもあるな? そんで、受け口が、これかぁ……」
村に住んでいたときに一時期だけ魔術を教えてくれたあの人は元気だろうか。あの時教えてくれた術式、こんなに適当だったんですね……。
「体系的な技術として学んでいない場合、魔力による力技でなんとかすることが多いな。お前のようにだ。ただ、この構成については覚えがある。カノレ方面の魔術師が多用するもの似ている」
「アレ、あんた出身はもっと南よね?」
「私はミラースの先にある村からきているので全然南ですね」
会話の内容に興味をそそられたか、先輩とリーダーがこちらに寄ってきた。
「確か君に魔術を教えたというのは流れの魔術師だと言っていたね。ということは、カノレ出身だったのかな? その魔術師は」
「恐らくはそうだろうな。カノレの術式にはちょっとした特徴があってな。火の魔術に限ってだが、構成の頭にループが入っている。このループ部分が火をより強め、術式を安定させる効果がある。多少未熟であっても火を出すという効果だけは生じやすくなっているわけだ。カノレのような雪深い地方では火の有無は生き死にに直結するからな。そういう工夫がある」
「へー、そんな工夫がある術式だったんですね。じゃあもしかして、このループのおかげで私は火の魔術を使えてたってことですかね?」
「そうだ。お前が無理矢理注ぎ込む魔力はこのループがあるからこそ処理できていたわけだ。もし水や風の術式だったら過剰な魔力で構成が崩壊してただろうな」
一人顔を青くする。だって、もしあの時の魔術師が火ではなく他の術式を教えてくれていたとすると、ろくに魔術として発現しないことになる。つまり私が魔術師とならなかったということだ。そうなっていたらどうしてたかな。村のドラ息子どものどれかと結婚させられていただろうな。ああやだやだ。改めて火の術式を教えてくれた旅の魔術師に感謝をする。届け、この感謝!
「どこに何を祈ろうと勝手だがな、今は指導中だ。言っておくが、おそらくお前に術式を教えた魔術師はまともだったはずだぞ。ここまで適当になっているのはお前の覚え間違いだ。いいから、さっさとこの構成のダメなところを言ってみろ」
人のせいにはできないもので、私の不出来さを突き付けられることになってしまった。確かに適当な術式を教わってたとしたら私がもっと適当に覚えるはずで。魔術として機能しなくなることは間違いない。ああ、悲しい。
結局3つくらいダメな点を絞り出したあと、師匠から残りの10のダメ出しを喰らってしまった。これから森に入るというのに、早くも疲労困憊である。
もう少ししっかり術式を覚えておいてくれよ、私。




