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えっ、私の役目って魔力タンクなんですか??  作者: 朝食付き
2章 王都編

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6.えっ、私の右腕はもうプルプルしていますけど??

 べったりと疲れが体にこびりついている。今の気分は大体そんな感じ。もうね、疲れちゃったの……。


 あの後戻ってきた書士さんは、私たちを小さい部屋に案内してくれた。どうせ厄介事なんでしょう? といたずらっぽくいう書士さんに師匠は黙って頭を下げていた。

 まあそれはいいんだ。実際静かに本を読むべき図書院で延々と話すわけにはいかないから。


 でもずっと話し続けるってのはどうなのかなって。一つ師匠が何か言えば、二つ書士さんから言葉が返ってくる。それに師匠が三つ四つ意見を出す。もう万事がそんな感じ。ひたすら話が広がっていっていつまで経っても終わりがないの。もう議論とかそういう段階を越えてるよね。まるで落書き帳に書き込むみたいに話が二転三転転がっていくのだ。そして二人にしか分からないような理屈で書き散らかした話を拾ってくる。もうついて行けないんですよね。


 研究の話をしていたかと思えば、どこそこの遺跡を見てきたという報告が始まり、気が付くと魔術構成についての新しいアイデアが語られている。そんな目まぐるしい話題の移り変わりを書き続けた私を褒めてほしい。というか、何が辛いって終わりが見えないことだよね。


 二人とも好きなことを同じレベルで話せるのが楽しいのか、本当に止まらないんだもん。止める暇さえない。むしろ書士さんは気を使って私にも分かる範囲では話を振ってくるから困る。善意であることは分かるんだけど「知っていると思うけど」の枕詞へ知らないです……って返すのは気まずいんだよぅ! おかげで四回ほどシッタカブッタ回答をしている。にやにやと私を見ていた師匠には後で話しがある。覚えてろよ!


 私と言えば口を挟めるほどの知識がないから、とりあえず二人の話を書き留めている。インクをひたすらに書きつけるのはもうね、辛いの。どこからどこまでが続いている話なのかも分からないし、どこかに書き留めてた話が突然出てくるせいで羊皮紙はもうぐちゃぐちゃ。

 これ、後で読み返して意味が分かるかなぁ……。多分駄目だろうな。そんな絶望に沈む私を尻目に、師匠と書士さんの二人は盛り上がっていて全然話が止まらない。だから私も覚悟を決めて、全部書き留めるかと集中して話を聞き続けたのだ。そりゃあ疲れもしますよ。

 

 ただ。終わりがないように見えた議論ではあるけど、必ず限界というものはあるんだよね。今回は私の使っていたインク壺だった。もう中身ないよって、初めの頃はなみなみとあったはずのインクがすっからかん。この人たちどれだけ話してるのと思ったし、私もどれだけ書いたのさと思う。勇気を出してもう空っぽですと言えば、ようやく二人は時間という概念を思い出したようであった。もうこんな時間か? じゃないんだよ、この黒ずくめのインク瓶もどきめ! ほら、私の右腕は疲労でプルプルしているよ? けなげに頑張った私の努力を誉めてほしい。


「ごめんなさいね、つい熱中してしまって……」

「構わん。おかげでいくつか詰まっていた部分が開けそうだ」

「師匠は黙っててください! 今のねぎらいは私のものですっ!」

「なんだ、機嫌が悪いな。腹でも空いたのか?」

「師匠がお昼おごってくれるって言ったの、忘れてませんからね!」


 そんな話をした覚えはないが、とりあえず言うだけ言ってみる。深く考え事をした後の師匠は時々誤作動でも起こすのか人の話を鵜呑みにすることがあるのだ。今回も仕方ないとか言ってるから多分うまくいったはず。


 お見送りをしてくれる書士さんと外まで一緒に歩きつつ、そんな風に話をする。当然外は真っ暗でお昼どころではない。図書院から見える範囲でも外を歩く人はまばらで、朝の喧騒を考えるとずいぶんスカスカにさえ思える。ちなみに私のお腹もスカスカだ。猛然と文句を垂らす私を気にも留めやしない、この小憎たらしいファッションセンスの怪物め! もう少し私の文句を真面目に聞くべきなのに。なんて酷いやつなんだ!


 と、後ろからくすくすとかわいらしい笑い声が聞こえる。しまった、まだ書士さんが一緒にいたんだった。空腹と怒りに支配されてそんな簡単なことを忘れてしまっていた。

「あなたたち、いいコンビなのね」

「違う」「違います!」


 答えが被る。が、内容は同じなので気にすることもない。目を丸くしている書士さんに、この人がどれだけ弟子使いが荒いのかを伝える必要がある。はっきり言って、私はこの優しい書士さんに好かれたい。なんならかわいい妹分扱いをしてほしい。そのためには師匠の弟子という枠をまずは取り払う必要がある。

 この人が頭に浮かぶ場合、私はどうしてもオマケ扱いになるからだ。それは仕方ないけど、黒い人の弟子というくくりだと私まで黒い人みたいになってしまう。それはさすがに絶対に嫌!


「ジロジロ見てしまってごめんなさいね。でもまさかあなたが弟子を取って仲良く、いえ、仲良くはないのね、お弟子さんとうまくやっているとは思わなかったから」


 やっぱり昔の師匠はかなりとがっていたっぽいな。リーダーと二人して暗黒だのなんだのってぶいぶい言わせてたんだろうな。まあ基本的に厳しい人だし、うかつに話しかけて火だるま(比喩である)にされた人も少なくなさそう。街の人とかには地味に懐かれてた割に、冒険者からの評判は芳しくなかったことを考えると素なのかもしれないけど。

「このアホ弟子は……成り行きだ」


 師匠がアホなので仕方ありませんな。黙ったまましれっと隣に立っていたら、なぜかデコピンを受ける。なんで?!


「今完全に攻撃される謂れはなかったんですけど! なんでぱちんとしたんですか!!」

「腹の立つ顔をするからだ」

「師匠の立場を悪用しすぎでしょう! これは後でリーダーに言いつけますからね!」


 怒り心頭とはこのこと。燃える私に背を向けて、師匠は書士さんに向き直る。


「当分はここに通うことになる。時間のある時にでも話を聞かせてくれ。それと、三百年前の資料を確認したい。そのあたりは申請が必要か?」

「三百年? ……ええ、そこまでさかのぼる場合には開架には置いておけないから。出せるように用意はしておきます。まだまだ深い話ができそうで私も嬉しいわ」


 それにしても、この二人は気心が知れている感じがしてちょっといいなぁ。私もこんな感じに理解者みたいな相手が欲しい……。と、そうではない。


「あの、もしよければ一緒にご飯に行きませんか? ずっと話しっぱなしでしたし、書士さんと師匠がどんな風に過ごしていたのか聞かせてほしいです」

「……お誘いは嬉しいんだけれど、話しすぎていたのは私も同じなの。今日やらなきゃならない仕事がそっくり残ってて、少しでも片付けないとパンクしちゃいそうで。だから、次のお休みの日に、なんて駄目かしら?」

「ダメなわけないです! ですよね??」


 師匠には"ハイ"と言えと圧を掛ける。そんな私たちを見て、書士さんはますます面白げに笑うのだった。


 ***


 初めて入るお店はいつだって緊張する。書士さんと別れて、空っぽの腹を抱えてやって来たのは見晴らし亭という酒場である。こちらも師匠とリーダーが昔通っていたお店らしい。こないだの極黒の苗木亭とは違ってまともそうな名前である。どちらかと言えばお酒がおいしいお店みたい。お酒が飲みたい旦那が集合場所に指定したのだ。


 ちょっとどぎまぎしながら店内を眺める。先にみんな入っているはずだけど、どこにいるのやら。静かな人が多いみたいで、客層的にはややお高めのお店のよう。私ひとりじゃ絶対入らないタイプのお店だ。まあ一人で入れる酒場なんて限られてるんだけど。


 きょろきょろしていると奥の方で上がった腕がある。ひらひらと振られるそれは見慣れた先輩の腕だ。いそいそと奥へ進めば迎えてくれるのは馴染みの面々。というか私たち以外はもうすっかり出来上がっている。


「おそかったわね~」


 へらへらと笑う先輩が私の手を引き、隣の席に座らせてくれた。え、どうしたのこの人?? いつになくご機嫌な先輩に慄いていると、旦那から注釈が入った。


「ここの料理が気に入ったらしいぞ。んで、ぱかぱか飲んどる。おかげでうっとうしくてかなわん。相手は任せるぞ」

「厄介ごとを押し付けないでくださいよ……」

「そんなにうまい店だったか?」

「いつの間にか代替わりしてたみたいだよ。私たちが通っていた時よりおいしくなってるから、杯が進むのも仕方ないさ」


 ふにゃふにゃと私にもたれかかってくる先輩の相手で私は忙しい。師匠たちに私の分の注文も任せて、先輩の背をポンポンと叩いておく。子供じゃないぞと文句を言ってくるが、早くも目がとろんとしてきている。フンッ、地元じゃ知られた私のポンポンだ。子供の寝かしつけには定評がある。酔っぱらった先輩なんて敵ではない。


 完全に正体をなくした先輩をどうにかこうにか一人で座らせる。さすがに先輩にもたれかかられていたらご飯を食べるどころではないからだ。しかし眠りこけた酔っ払い程自立が難しい生き物はいない。最終的に背もたれに師匠のローブを巻き付ける形で何とかした。私のローブではないのはお酒の匂いが染みついたら嫌だからだ。嫌そうな師匠からはぎ取ったローブは本と紙の乾いたような香りがしたが、すぐに酔っ払いの匂いに変わるだろう。かわいそうに。


 そんなことをしている私たちをしり目に、いつの間にか真面目な話が始まっていたらしい。ようやくまともに机に向き合った私も食事が届くまで耳を傾ける。


「──鍵になるのは"それ"だろうなぁ」

「引き続き調べて調査は進めるが、ここにある物だけでは正直心もとない」

「わあっとる。おかげさんで年代がはっきりしとるからな、そう苦労はせんだろう。ちょっくら調べてくる」

「どこか行くんですか?」

「ん、おお赤毛は寝たか。……うまいこと固定したもんだな」

「先輩は割と寝汚い人なんで大変でしたよ……。それで、お出かけですか?」

「俺だけな。北部の遺跡群に行ってくる。あそこはいい状態の石碑が並んでおるからなぁ」

「魚屋みたいに言いますね」

「売っているわけではないけれど、観光地化しているからすこし似ているかもね。旦那にはちょっとした調査に行ってもらうんだ。私たちとは別行動だね」

「人手がいるならお手伝いしますよ?」

「嬢ちゃんは黒いのに着いとけ。今日だってどうせそこの本の虫が動かんかったから遅くなったんだろう? 図書院で行き倒れなんてシャレにならんからな、ちゃんと嬢ちゃんが見といてくれや」


 なるほど。ものすごくなるほど! 確かにそれは私の役目かもしれない。分かりましたと今日イチのいい返事をすれば、師匠の眉がきつく寄せられる。

 何かを言おうとしたようだけど、運ばれてきた料理で遮られる。いいタイミングだ。お肉が目の前に並べられれば空腹が思い出したように鳴り響く。今更なので恥じらうことなく、腹の虫を鎮めにかかる。


「どうにもうちの女どもは慎みが足りんなぁ」

「冒険者だしね、こんなものでしょ」

「町娘と同じ扱いを要求されても困るだろ」


 うるさいな、食事中は静かにしてくれたまえよ! 私がもぐもぐと口を忙しく動かしていると、再び自分たちの話に戻っていった。私は当分目の前にくぎ付けなので、決まったことがあれば後で教えてもらおう。今の私には、お肉しか見えないのでね!


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