2.えっ、王都にもアレがあるんですか??
いやはや、王都を舐めていた。正直に言って、脱帽である。別に帽子なんてかぶっていないからとりあえず形だけ頭を下げておく。
「何やっとるんだ?」
旦那に突っ込まれつつ、先輩の服の裾を握りしめる。
なにせ人が多い。人が多いというか、人の隙間に道があるって感じ。初めてあの町に入ったときも人の多さに驚いたが、王都の人混みは正しく私の肝を潰した。あまりに人が多すぎて、気持ちが悪くなりそう。馬車酔いはしないのに、王都に酔うとはこれ如何に?
しかもだ。街行く人達はとてもおしゃれで上品に見える。首に巻いた薄い布だとか、胸元のポケットからさりげなく覗くハンカチ? がとてもスマートに見える。え、私こんな格好で変じゃない?? 思わず服を見返してしまう。いや、大丈夫。この薄紅のローブは相当かわいい。恐れる事勿れ、自信を持つのだ、私! なにより真っ黒い師匠がいるのだ。それと比べればなんと言うことはない! あ、リーダーも一緒に歩くならそのじゃらじゃらしたアクセサリ外してからにしてくれます?
いやぁ、期待通りのおしゃれさにちょっと心が浮き立っちゃう。これならちゃんとした土産話ができそうで一安心。道行く人が全員ねずみ色の服とか、じゃらじゃら鎖を巻き付けていたりしたらどうしようかと思ってたからね。男二人は反省しなさい! 言っても聞く二人ではないけど、言わないと悪化する気しかしないから言う。当然反応はない。
それにしても、街の人の多さもそうだが、全体的に建物も高い。二階建てが当たり前で、ところにより3階建てすら見える。さすが王都、建築技術もすごいんだね。
そして目線を通りの更に奥に映せば、そこには真っ白なお城。あそこには王様が住んでるんだろうなぁ。そして更にその奥には塔! なんとなく見覚えのある形をしているね! ……おかしいな、王様のいるお城よりも高い塔なんて聞いたことないぞ? それに、嫌な予感がしすぎて嫌になるほど嫌な予感がする。
ひとまず深呼吸をする。そして近くにいる師匠に尋ねる。
「あの、師匠?」
「どうした?」
「ちょーっと聞きたいことがあるんですけど」
「ああ、何でも聞け。見覚えのある建物以外のことなら何でも答えてやる」
「その見覚えのある建物について聞きたいんですよ!!」
もう意味が分からない。地元で崩壊させた塔が、なぜか王都にそびえているのだ。そんなおかしなことがあってたまるかと、師匠の胸ぐらを掴んで揺する。
「おまえ、師匠をなんだと思ってるんだ?」
「ふざけたこと言わなければいくらでも敬ってやりますよ!」
逆ギレで迫れば、師匠もからかうのを止めたらしく、真面目な顔に戻る。そうそう、意地悪するのを止めれば良いのだ。全く、どうしようもない師匠である。
「……そもそも俺たちが王都に呼び出された理由がなんだったかは覚えているか? 塔の攻略を受けて詳しく聞かせてもらいたいというのがその理由だったが」
「…………つまり、状況から考えれば、王都でも塔の攻略情報が欲しかったと」
声にせずとも師匠の考えが伝わってくる。その位予想できていなかったのかと、どうしようもない弟子を見るような真っ黒な瞳が、じとっとした視線が私を追い詰める。これは、どうにか話を逸らさなければ!
「ふふ、ここの塔も大きいですね?」
「そうか、登りたいか。分かった、話は通しておいてやろう」
やめて! ごめんなさい、私が浅はかでございました! だから崖に突き落とすような真似は勘弁して下さい! 必死に頭を下げる私なのであった。
***
紆余曲折はあったものの、まずは宿である。さすがに十日以上旅をしてきた身でギルドに顔を出すのははばかられる。そこそこの宿に入り、お湯をもらって体を拭く。お湯に浸した手ぬぐいで体に染みついた埃や汚れを落とすのだ。男女別の部屋なので、先輩と二人で上を脱いで背中を流し合う。というか拭き取り合う? 手の届くところは自分で、だけど。
……それにしても、でかい。いや、何がとは言わないが。ちらちら見てたら水を飛ばされた。いや、でも仕方ないよね、うん。
玉のような肌を磨く、というより削るというのが近いか。汚れをそぎ落としていくんだけど、盥の中のお湯と手拭いがみるみる汚れていく。これは我ながら若干引く……。いや、10日以上馬車の上にいたんだから仕方ない。仕方ないけど、こんなに汚れるのかと思う。先輩と二人でやや引きつった笑いをして、それでも随分すっきりした。
できればちゃんと湯浴みしたいけど。王都にもちゃんとそういうお風呂屋さんはあるのかな? これはちゃんと調べてみなきゃ。覚えていられればだけど。なにせ柔らかなベッドは久しぶりだ。うかつに横になると一瞬である。先輩なんて気が付いたら眠りこけている。いや、さすがにこの人は早すぎるな……。風邪を引かないように、毛布を先輩にかけてあげる。普段はしっかりしているのに、寝るときだけは全部適当になるのはどうかと思うなぁ。まあいい。私も下着のままベッドに飛び込む。これは──ぐぅ。
***
一晩経って、よく寝た人特有のすっきりとした顔で全員が顔をそろえる。これからギルドへと向かい、塔についての情報共有を行うのだ。
そこで依頼が追加されるかは行ってみて次第らしいけど、ひとまずはギルドへの顔出しをしなければと言うことである。
王都の騒がしい大通りを2列になって歩く。道案内は元々王都にいたというリーダー達にお任せだ。ひよこよろしく私たちはただついていくのみ。人混みの多さに閉口させられるけれど、整然とした町並みのおかげで道は覚えられそうだ。
到着したのは当然ギルドで、躊躇なくリーダーは扉を開けて入っていく。元はここにいたとはいえ、久しぶりの感慨も感じさせないのはさすがである。私だったら3回は深呼吸が必要だと思う。初めて入るお店とか、御無沙汰してた場所ってちょっとドキドキするもの。
中は広いホールになっていた。入って右側はパーティでの話がしやすいようにか、テーブルが並んでいる。森の街とそこまで構造は変わらないんだけど、テーブルは私の胸元位の高さがあって、立ったままおしゃべりや相談をしているみたい。すごく、おしゃれな感じがする!
周囲に気を取られていればなんとなく見られていることも分かる。周囲の目線が集中しているし、明らかに私たちについてひそひそと何か言われてる! これはどうにも雲行きが怪しいのではなかろうか。
でも入ってきただけで文句を言われる筋合いはないからね! 一応聞き耳を立ててその理由を掴もうとしてみる。全く、なんて言ってるんだろうね。
"暗黒無限が帰ってきたのか?!"
"黒装束の魔術師と蒼貌の剣士、間違いない……"
"爆破魔まで加入したらしいぞ"
"また王都が荒れるな……"
え、なんて? よくよく見渡せば、視線が向いているのは私たち、というよりリーダーと師匠へだ。そして漏れ聞こえる特徴は目の前を歩く二人にピタリと合致する。真っ黒だし、大体いつも蒼い顔色しているし。意味の分からない二つの単語を組み合わせたその言葉はリーダーがとても好きそうだ。なんか微妙に心当たりのないでもない不穏な単語まで。それが分かったのはいい。いや、良くない。本当に良くない!
い、嫌だ……! そんな意味の分からない異名で呼ばれる二人に並び立てられたくない! そんな珍妙な三人組になんてなりたくない!!
暗黒無限。無駄にいかついその言葉を付けたのは絶対リーダーだ。そう思ってリーダーをよくよく見れば、口角がにゅっと上がっている。さりげなく腕に付けたアクセサリを見せつけている。ドラゴンの意匠が刻まれた独特なセンスの特注品だ。きっと今リーダーは、その異名が未だに有効であることに心から気持ちよくなっている! だだ下がりしている他の仲間の、私の気も知らずに!
質の悪いことにリーダーと師匠は空気を読まないタイプの実力者だから、好き勝手自分の都合を押し通してきたんだと思う。そうじゃなきゃ荒れるだなんて言われるはずもない。
はっと振り返れば私の後ろにいたはずの先輩と旦那がいない。私よりも先に気がついて離脱していたらしい。あたりを見渡せば、入り口脇のテーブルで息を殺している二人と目が合う。なんで私も連れて行ってくれないの?!
慌ててそちらへ逃げだそうとするが、首根っこを捕まれる。
「お前はこっちだ。王都での手続きについても覚えておけ」
止めて師匠! 他でならともかく、今はほんと駄目なんです! 今だけは他人でいさせて! でも師匠がもっともなことを言っているだけに逃げられない。さすがに私だって今逃げ出したら相当怒られることは分かっているから……。
もう少しで順番がくるよと、リーダーも優しく私たちに声をかけてくれる。ああ、終わった……。どうしらばっくれても私は謎の暗黒無限なる集団の一員として認識されたことは間違いない。きっとしばらくはこのギルドでは、暗黒無限に新たなメンバー爆破魔が登場、みたいな噂で一杯になるんだろうな……。強面の二人組に、かわいらしい美少女が現れたってね。かわいいと言われようと、そんなとんちきな呼ばれ方をするのではまるで嬉しくない。
ああ、私の所属は静かなる狼であって、暗黒無限じゃないのに。ほらほら、こんなかわいい薄紅のローブ、暗黒とは無縁でしょ? 爆発とか好きそうには見えない。うん、お花の似合う可憐な少女だな。うむうむ。食べられる花の名前しか覚えてないけど。
でもあれだな、紅一点という響きはいい。色合いも黒と蒼と紅で妙に収まりもいい。……これはもう駄目かも知れないね。
***
死んだ目で王都のギルド受付さんの前に立つ。パリッとした雰囲気のおじさんだが、明らかに警戒している。おそらく後ろで私にさっさと手続きしろと圧をかけている二人のことを知っているのだ。
「あの、指名依頼を受けてきましたので確認をお願いできますか……?」
身を縮こめて依頼票を差し出す。おじさんは私に対してなぜか哀れみのような視線を向け、改めさせて頂きますと言った。その視線の意味を私は考えまいとする。しかしリーダーは余計な口を聞くのだ。
「久しぶりに来たけれど、あまり変わってはいないね。どうかな、景気の方は?」
「……ほどほど、といったところです。内容確認いたしました。早速ですが指名依頼について説明をさせて頂きたく。暗黒無限の皆様──」
「違います! 良く確認して下さい!」
「っと、失礼しました。ええと、静かなる狼の皆様をご案内しますので、三階の個室へとご移動いただけますか?」
危ないところだった。さすがに王都での活動のたびに暗黒だの言われたくはないもの。これは私のファインプレイでしょうと! あの薄情な先輩と旦那へこれをネタにおいしいものをねだってやろうと心に決めた。
なお、個室への移動にあたり全員が揃う必要がある。当然、自分たちだけ隠れた卑怯者二人だって来て貰う必要がある。そしてこういう時に下っ端を働かせるよりも自ら動くのがリーダーの美徳である。
大きな声で呼ばれた二人は顔を真っ赤にしてリーダーを小突くのであった。私はそれを見てとても大きく頷く。うんうん、こうでなきゃね。報いってのはあるのだ!
なお、リーダー本人はなぜ怒られたのか分かっていないのであった。




