2-1.えっ、そんな怪しいくせに慕われてるんですか??
新たなパーティへ迎え入れられてからしばらく経った。まあ迎え入れられたと言うのもちょっと違うか。パーティに所属してるのではなくて、師匠と魔力タンクとして契約したというのが私の立場なんだから。とはいえ、魔力を差し出す代わりに魔術を教えてもらうのだから、師弟関係でもある。むろん私が弟子だ。
とはいえ、基本的に求められているのは私の魔力なのだ。一応魔術の何たるかを教えてやると言われてはいるが、今のところ教えてくれる様子はない。なにせ師匠は忙しい。あんなに黒ずくめで怪しいのに、意外と人望があるようだ。
例えば我が(になる予定)パーティでは、三日に一度が休みだ。そういう日には街の至る所に出かけて小さな依頼をこなしていたりする。子供のお使い程度から、腰の痛いお爺さんにマッサージや生活指導まで。
魔力が少ないからそうそう治癒の魔術をつかうことはないらしいのだが、段々と痛むことが減ったよとはおじいさんに聞いた話だ。歩いているだけでも話しかけられたりするんだから、どれだけ顔が知られているのやら。
なんで知ってるかと言えば、私も一緒に行動しているからだ。弟子なら言うことを聞けと、横暴極まりない理屈で宿から引っ張り出されるのだ。私は休みの日は昼まで宿でだらだらしていたいのだけど、全力で抵抗したらビリリと雷を落とされるまでされた。しかも私の魔力でだ! 信じがたい暴挙! でも師弟関係というのはそういうものらしい。師匠は絶対なのだ。
そもそもとして女性が泊まる部屋に入るのはどうかと思うのだが、迎え入れる人がいるから仕方ない。赤毛の先輩が入れてしまうのだ。実はいつぞやの寝坊をきっかけに宿を移ることになってからは一緒の部屋で寝泊まりをしている。
胸がいつ見てもキツそうで、一度ボタンを緩めましょうかと言ったら叩かれた。でも言い方はあれだが、はっきりと言い悪いを言ってくれるから、私は彼女が好きだ。
その彼女が勝手に私の部屋に師匠を入れてしまうのだ。自分の部屋でもあるのに恥ずかしくないのかと聞いたら、
「わたしはアンタと違って見られて困るものはないの。むしろアンタはその寝汚さを直しなさい」
とのこと。でも私は先輩だって相当だってことを知っている。
ともあれ、そんな黒づくめで怪しい見た目の師匠に小鳥のように可愛らしくついて回る美少女がいれば話題にならないはずがないのだ。
「嬢ちゃん、先生のお手伝いさんかい?」
「なんか君どんくさいねぇ。先生の邪魔しちゃ駄目だよ?」
「先生が呼んでいるけど、あなた行かなくていいの?」
などとなかなかの評判。なんだ、師匠の行動力に追いつけないのだ。魔術師のくせにあの人は体力がありすぎる。
なんでも私が入るまでは前衛してたこともあるらしい。いや、今もバリバリの前衛だったわ。この"静かなる狼"は、上位パーティらしく大物の魔物討伐が多い。
普通のパーティだと魔物との戦闘は前衛と後衛に分かれているし、魔術師は当然後衛だ。だが、師匠は普通に太っちょ戦士の旦那とリーダーの隣に立つ。槍を使う赤毛の先輩は一歩引いた位置取りをしているというのに。
師匠は魔力が結構少ないから、私との契約前は魔術をとどめとか回復のために温存していたらしい。普通は魔術なしの魔術師のやれることはそんなにないから、魔力切れの魔術師は後ろで待機することになる。が、師匠は魔力切れとか関係なしに前に立って剣を振るっている。弱い魔物が相手ならともかく、大型の魔物相手でも平気で前にいたというから恐れ入る。
師匠が前を立ち位置とするのはいいのだけれど、そうすると自動的に私も前に行く羽目になることだけが問題だ。何せ師匠のそばで魔力タンクになるのが私の役目だから。流石にみんなの陰に隠れててもいいんだけど、戦闘中は心臓が飛び出そうなほどドキドキしてる。
ともあれ、そんな危険な場所から街の安全地帯に帰ってからも師匠についていく生活は変わらないってわけ。大体荷物持ちとか、子供の相手を任されることが多い。あとはご婦人の話し相手とか。師匠は妙に年配の女性にモテるようで、ひたすら話しかけらたり、根掘り葉掘り普段の生活なんかを質問攻めにあってしまうのだ。だからそんな知りたがりの人と師匠との間に私が入るって寸法よ! 師匠のプライベートは私が守るのである。……代わりに私の生活やら将来設計をひたすら突かれている。これ、ボディーガードっていうより身代わり? 囮にされているともいう。
そんな風に師匠の知り合いからのお願いだとか買い出しに付き合っていたおかげで私もそれなりに人との交流が増えてきた。特に師匠は色々な雑貨を扱うお店や薬や布、治療関係のお店に私を連れて行ってくれた。まだ魔術を教えてくれてはいないものの、しっかり私のことを弟子だと紹介してくれていた。買い物の時は必ず連れて行かれたのもあって、店主とも段々話すこともふえた。あまりその理由を考えないでついていってたんだけど、師匠は私に消耗品の手配を任せるつもりでいたらしい。
店主と最近聞いた噂話で盛り上がっていると、師匠が突然今後は私が買い物に来るからよろしく頼むと店主に言い出した。
「えっ? 私が買いに来るんですか?」
「そのためにお前の顔合わせをしてたんだろうが。この通り抜けたところのある弟子で迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
そういって頭を下げることさえしてみせた。慌てて私も頭を下げる。店主はニコニコと、師匠もたまには顔を出せよと言っていた。私にはこれからよろしくなと。
つまり、冒険に使う消耗品とか、パーティに必要なものを買い集めるのが私の仕事に入ったわけである。正直お店の人とか街の人と話したり、足りないものを数えて買い足すのはちょっと楽しい。というより、役に立ててるなって思って嬉しい。
私が用意するようなものはなくても多分そんなに大きな問題は無い。でもないとないで困るようなものだ。虫除けの薬や魔物よけのお香。干し肉なんかもそうだ。でも、あれは持ってきてるか? と言われた時にスッと鞄から取り出したり、少なくなってきたから補充しましたとか、そんなやりとりができるようになってきた。誰でもできるような雑用なんだけど、それでも仕事をしているって気持ちになれる。
前のところではどうにも腫れ物扱いになってしまったもの。何もしないで立っているだけってのは、辛いのだ。
***
街の中ではそれなりに私のことが知られるようになっ、黒尽くめに付いて歩く、見るだけで目が潰れるような美少女――私のことだが――が知られてきた頃、ようやく修行が始まった。
「今日はこんな空き地で何をするんですか、師匠? ゴミ拾いなら手袋持ってきてないですよ?」
「お前を鍛えると言ったろう。間が開いてしまって悪かったが、忘れてたわけじゃない。この空き地は当分俺が借り上げてる。多少派手にやっても問題ない。近くに住んでる人も知り合いの方が多いしな」
「あー、私を連れ回してたのって、通報されないように顔通しをしてた感じですか」
「ついでだけどな」
そういうところが冷たいんだよなー。かわいい弟子のために気を使ったとか言ってもいいと思うんだけど。
「かわいいと思われたいなら死ぬ気で勉強するんだな」
「……声に出てました?」
「声には出てないぞ。出てたのは顔だ」
顔は隠せないなぁ。だって私の数少ない長所だ。でもクールな魔術師ってのもかっこいいよなぁ。趣旨変えでもしようかしら。
「座れ。まずはお前の適当極まりない術式から叩き直す」
はい。師匠の塩対応にももう慣れた。大人しく座ります。
「魔術とは何か、お前に細かに説明したところで時間の無駄だ。だからお前が飲み込みやすい説明をする。いいな?」
コクコクと頷く。確かに魔術の理論? は言われてもわかる気がしない。感覚派なのだ、私は。
「いいか、魔術とは現実を省略するものだ」
「……? 」
「火の魔術は、火起こしの手間を省く。焚き火に火をつける時、普通は火うち石で種火を作って少しずつ大きくしていくな? 魔術で火を起こす時はどうだ?」
「すぐに火が現れます」
「そうだ。他の魔術もそうだな。手を洗うのに水場を探す必要はないし、雷は雨雲を待たなくてもいいし、怪我はすぐに治る」
「なるほど」
手間と時間を魔術、つまり魔力かな?代わりになんとかしてくれるってことか。かつてみたことのある魔術の本はちんぷんかんぷんだったけど、そう言ってくれるとわかりやすい。
「次だ。じゃあ手間を省くために何が使われるのか。もう勘づいているようだが、それが魔力になる。洗濯屋に金を払うと服がきれいになるな? その場合は自分でやる手間を、金で解決している。魔術なら、魔力で解決することになる」
「……質問なんですけど、その例えで言うと洗濯屋さんって誰なんですか? えと、魔力を受け取って代わりにやってくれる、存在?っていうのがいるんですよね?」
「お前にしてはいい着眼点だ。だが、それについては正しい答えがまだない。神や精霊、世界や妖精、誰が魔力を受け取り、誰が実現させているのか。誰もが別々のことを言っている。お前は何だと思う?」
「確か、私に魔術を教えてくれた人は、精霊の力を借りるんだと言ってました」
「お前もそう思うのなら、精霊に失礼のないようにしろよ」
「正直あんまり意識したことはないんですけど、今後は気をつけます。で、師匠はどう思ってるんですか?というか私も師匠に合わせるべきなんです?」
「俺は世界相手に対価を払っていると考えてる。あくまで俺はだ。正しいことがわからないんだからお前はお前の信じる通りにやれ。魔術師の内誰かは一人くらいは当たってるだろ。第一、バラバラな考えの中でも魔術は行使されているんだから、その何者かは自身の定義に対して頓着してないだろ」
ふうんと頷く。まあ呼び方なんてそれぞれだもんね。なら、私の思うところの精霊もきっとそうなんだろう。
「そういうことだ。だが、払うときにもルールがある」
そういうと地面にある石ころを拾って私に渡す。
「この石ころでパンを買うことはできないな? それはなぜだ?」
「どこにでもあって価値がないからだと思います」
「その通りだ。ではこの石ころが竜の形をしてたらどうだ?」
「欲しくなります!」
「俺たち魔術師の魔力はそのままでは石ころと大して変わらん。だから価値あるものに加工する必要がある。それが術式だ」
そう言うと、いつか見た火の術式を構築し、魔術を使う。火が揺らぐことなくただそこに現れる。
「やってみろ」
同じように私も術式を描き、魔力を通す。指先には一時たりとも同じ形を保てない、揺らぎまくりの魔術の火が現れる。
「お前の術式はいびつで価値がほとんどない。それでも火が起きるのは、大量の魔力を流し込んでいるからだ」
「安くても沢山あれば小銭にはなるってことですか?」
「分かってるじゃないか」
これ小銭かぁ。さしずめ師匠のは金か銀か。
「魔力自体、そのものは誰が持っていようとその価値に差はない。俺とお前が同じ量の魔力を取り出した場合、その質に変わりはない。だからお前は魔力タンクとして働けるわけだ」
魔術師としてはタンクと言われるのはかなり微妙な気持ちだが、師匠と技量を比べられては仕方ない。というかそれで役割を果たしているのだから、今の私としては評価されていると考えるべきかもしれない。
「今はタンクとしてしか役に立たん。その自覚があるから俺に弟子入りしたんだろう?」
そうだ、その通りだ。師匠ほどの魔術師になれるとはあまり思えないけど、微妙な顔でがっかりされない程度の魔術師にはなれるはずだ。
「バカなやつだな。俺はその程度の弟子で満足せん。俺に並び立つような魔術師まで育ってもらう。ここからは厳しくいくが、俺に弟子入りしたことをせいぜい後悔するといい」
「私の考え読まないでください! でも、師匠の隣は嫌ですよ。だってそれ最前線じゃないですか! 私は後衛タイプの魔術師がいいんです!」
「アホをいうな。後ろでぬくぬくしたいなら荷運びに転向するんだな。魔術師として俺の弟子になった以上、戦士以上の前衛職に仕上げてやる」
この人ぱっと見は賢そうなのに、戦いになると脳筋になるのなんでなの?! でも、そんな師匠に弟子入りしてしまった私が悪いかも……いや、別に悪くはないな!
「そら、さっさと始めるぞ。どうせ基礎からなんてお前はできないんだから、まずは火の術式一つを覚えてもらう。3重構成で一節切り替えるだけで出力を変えられる便利な術式だ」
「3重どころか単独構成しかやった事ないんですけど……!」
「見ればわかる。そもそもお前は魔力を力ずくで術式に突っ込んでるだろう。だからそんなに魔術が不安定なんだ。今から教える構成はお前みたいな脳筋でもコントロールできるようにしてある」
脳筋に脳筋と言われるのは心外だ。否定できないけども。でも、そんな私でもコントロールできるというのは魅力的だ。何せ毎回威力が違うせいでびっくり箱みたいになってたのが私の魔術だからだ。
危なすぎて前衛のいるときに魔術を撃てなかったというのも私がクビになった原因の一つだと思っている。
「1段目で火の魔術であることを定義する。2段目でどこに火を出すかを決めて、3段目で魔力量を定める。つまり、一旦覚えれば、3段目のサイズを決めるだけで威力がコントロールできるようになる。入れすぎた魔力は跳ね返るようにしてあるから、鈍いお前でも入れすぎがわかる」
「でも複雑なんですよね?」
「まずは丸暗記しろ。魔術法則に従って一段ごと、一節ごとに意味と効果をわかりやすく組んである。それを意識して覚えていけば魔術構成のざっくりとした方法は覚えられる。魔術師として火の術式は基本だからな。これをしっかりと組めるだけでも人からの見る目が変わるぞ」
人からの見る目もいいけれど、まずはみんなの足でまといから脱したいというのが本心だ。
「無論、他の術式も学んでもらうが、今は火だ。さあ立て。まずはこの術式を1秒以内に組めるようになるまでひたすら暗記してもらう」
そう言って笑う姿はまるで悪魔か大魔王。せめてその黒いコートを脱いでから笑ってほしいものだ。私だから耐えられたものの、子供だったら泣いてるぞ。




