6-2 えっ、そんな戦法なんて隠し持ってたんですか??
私の魔術がドラゴンゴーレムの右足を破壊し、同時に私たちは脱兎のごとく逃走を再開する。いやぁ、あんなの相手してられませんことよ。私の魔術が思いのほか強いことにびっくりしている顔が気分いい! でも本腰入れるかって顔に変わってる。……もう少し甘く見てもらってもいいんですよ?
なんて余裕を保てたのもわずかな時間。あっという間に足を直したのか、どすどすという足音が再び響く。
「これであっちも君の魔術をより警戒するはずだ。次からは威力にはこだわらなくていい。でもいざという時に撃てるように準備もしておいてくれ」
リーダーの無茶ぶり。ええと、常に片手の魔術構成だけは残して置けばいいってことね? まあやってみましょう!
追いついてきたドラゴンゴーレムが翼を老人のそばまで伸ばす。そしてその先端が崩れ、こぶし大の瓦礫と化して老人のそばに浮いている。……うわぁ、これってあれだよね、飛んでくる奴だよね。
予想通りに老人が翼の残骸を礫として飛ばしてくる。さっき先輩に礫を飛ばされたのがそんなに嫌だったのかな? 真似っこだな。個性を出せ! いや、出されても困るけど。
正確に私を狙い飛ばされた礫を先輩が叩き落とす。しなやかに振るう槍は変幻自在で、とてもかっこいい。なんと言うか、おとぎ話の騎士様って実際にいたらこんな風かなって思う。無論前線を張る二人もおとぎ話なんて目じゃない活躍をする。老人のわずかな隙を見るや、リーダーが足元へと飛び込んで、さっき修復されたばかりの足を分断する。石って剣で切れていいのかな? でもいいか!
再び体勢を崩したドラゴンゴーレムの首、その先にある老人の頭を狙い、旦那がドラゴンゴーレムの体を足場にして三角飛びで一気に飛び上がる。そしてその分厚い剣が老人へと振り下ろされる。当たればなんでもカチ割る一撃だが、敵もさるもの、腕を交差させて防いで見せる。まあ片腕は両断できているからもうバッチリ。いやぁ、すごすぎない?
私から見れば超人的な技を見せたにもかかわらず、不満気な旦那が舌打ちと共に跳び下がる。1秒前にいた場所をドラゴンの牙が通り過ぎていく。
そんな風に一人に集中していいのかな? 私の指先にはすでに火球が凶暴に燃え盛っている。狙いは先輩が指示してくれる。ドラゴンは噛みつき攻撃の後、必ず同じ位置にまで首を戻す。そこを狙う。槍で示されたその場所へ、先輩の合図に合わせて火球をぶっ放す。寸分違わずに老人の顔面へ直撃!やったぜ!
老人の頭を炎が包み込む。さすがに吹き飛ばすほどではないけど、代わりに視界を奪えている。当たったのならヒットアンドアウェイだ。何せ相手は老人の見た目こそしていても魔人だ。基本的に不死みたいなもの。いつまでも相手なんてしていられないのだ。
あっちは狭い通路を動きにくいかもしれないけど、私たちだって逃げ場がないのは一緒だ。広いお外で決着つけようぜってなもんだ。まあ外に出た後に何とかできるかなんてわからないけど、師匠が何とかしてくれるでしょう。
「にしても全然勢いが衰えんな」
「魔人というのはそういうものらしい。顔は出てるけど、魔石はゴーレムの中に隠している。随分熱にも強そうだし、焼き尽くすのは厳しいかもしれないね」
そうなのだ。ちょっと赤っぽい石だなと思ってたんだけど、あれ多分火に強い石材だ。いや、石は元々火に強いんだけど、それでも普通の石とかよりも今ひとつ燃え方が厳しい。なんとなく焼き切れてないんだよ。それがわかるんだって。
「でも足止めするには十分ね。近づいてきたらぶっ放す。私らで護衛と足止め。あっちもアホじゃないから対策してくるとは思うけど、基本はこれでいくわよ。変な動きしたら都度対応。いいわね!」
それぞれが了解の旨を伝える。
そんな連携を確認する中でも、師匠だけは私たちと付かず離れずに、角を曲がったりして老人が私たちを視認できないタイミングで通路をいったり来たりしている。相変わらず何をしているかはよくわからない。それで時々壁をガリガリと剣で削ってたりする。禁術が刻まれている壁なんて削っても大丈夫なのかな?
***
逃走は続く。とりあえず必勝?の逃げパターンは固まってきた。老人とドラゴンゴーレムの攻撃は基本的に前衛組が叩き落す。威力が高かったり、どうしようもない攻撃は私の火球で強引に打ち消す。狙いどころはみんなが教えてくれるから、そこに打ち込めばいい。逃げながらであってもそれが成立しているのは、これまでの経験が物を言う。伊達に上位パーティではないということだね。
時折完全に追いつかれてしまった場合だって、全員の連携を駆使してどうにか足止めすることまでできている。しかし叩き潰すには色々足りない。耐火性能の高いゴーレムに守られているせいで老人へのダメージが足りていない。そもそもドラゴンゴーレムの中に老人の魔石が隠されているだろうことを考えると、外に出ている老人部分を攻撃しても時間稼ぎがせいぜいだ。そこら辺は多分師匠がなんとかしてくれることを期待してるんだけど、それも逃げ切って見せてからの話。
というかあの老人は私を狙いすぎ! そりゃ一番火力が高いのは私だけど、本当にやっかいなのはあの黒い人ですよ! 絶対言うわけないけど!
ドラゴンゴーレムはたびたび自分の体を崩して礫にしてくる。老人自身も魔術を撃ってくるようになってきた。まあ魔術師だもんね。氷の砲弾だとか、風の刃。今私が生きてるのは先輩の護衛の賜物。私の火球は変わらず足止めと防御に使う。
***
改めてここまで逃げながらの戦闘を続けてきたけど、あの老人、実はそんなに強くないな? いや、強いことは間違い無いんだけど、応用が利かないっていうのかな。私でさえ行動が読めちゃったりするわけ。だって私だったらそう動くかな、みたいな動きしかしない。
「よくいる机の上で実力を発揮するタイプだろうね。あの御仁は」
そうそれ! 戦い慣れしてないから、反応がいちいち遅れるんだよね。私みたいな魔術師見習いですら分かってしまう。だから私の魔術でもストックを切るタイミングさえ間違えなければ戦えてる。
歴戦の戦士が三人も私を援護してくれてるんだから、戦いやすいことこの上ない。というか相手は魔人になったとはいえ、元は老人だもんね。普通に考えてまともに戦闘が出来るような体じゃないよね。まあ普通じゃないんだけど。あるいはずっと椅子に座りっぱなしで鈍ったのかも。いっそ普通にゴーレムだけ嗾しかけられた方が大変だった疑惑すらあるもの。
結構大口叩いていた老人だけど、蓋を開ければちょっと大口だったなぁって感じ。
ただ、こんな風に戦えているのは塔の中だからって理由もあるとのこと。色々老人に築かれないときにちょこまか作業している師匠が言う。普通は禁術に囲まれた塔の中で大規模な魔術なり、ゴーレム大暴れなりをするわけにはいかないとのこと。そりゃそうだよね。でも師匠、禁術の刻まれた壁をがりがり削ってない?
答えてくれない師匠は放っておくとしても、老人の厄介さは無尽蔵の体力だ。私たちは今ようやく4階まで降りてきたところ。これを延々1階まで続けなきゃいけないってのはゾッとしない話なわけだけど、老人とドラゴンゴーレムは一切疲れを見せずに追いかけてくるわけで。つかまったら当然終了の命に係わる鬼ごっこ。これは大変なことです。
と、師匠が久しぶりに大声を出している。指差す先には、落とし穴。
……あ、そういう感じ? すでに全員の体には魔術の光が取り巻いている。どんな効果の魔術なのかはわからないけど、師匠がやれというならやる。それが弟子ってものさ。ちょっと違う? まあいいよ、どっちでも。私もみんなも一切の躊躇なく穴へと飛び込んでいく。
禁術を刻印するにあたって刻印が必要ない無駄な部分だけは削ぎ落されて穴として残っている(と私は考えている)のだ。これは楽ちん。なにせ長い階段を駆け下りるよりも速いし、転ぶ心配もない。
老人がドラゴンゴーレムを動かすためにアホほど拡張した通路なので、穴を抜けた先の3階通路の天井から床までの高さもすごいことになっている。登ってきた時の3倍以上になっているかな。
普通に落ちれば即死級の高さだけど、すでに師匠が起動していた魔術が私たちの落下速度を和らげてくれる。落下傘の魔術かな? わかんないけど、無事に着地。
上を見れば老人が穴から覗き込んでいる。流石にドラゴンゴーレムは通れないね。ザマアミロ!
ショートカットして現在位置は3階。確か3階にも落とし穴あったよね?!
「そこまで案内する! ついてこい!」
剣の代わりに地図を片手にした旦那が吠える。うわあい、頼もしい!
老人が降りてくるまではだいぶ遠回りが必要だ。これなら一気に逃げられるかも。
「そう簡単にはいかないみたいだよ。みんな、気を抜かないように」
リーダーの注意に、恐る恐る後ろを見やる。高い天井、その穴からゴロゴロと石が落ちてきている。
「あれって……?」
「なりふり構わないにも程があるでしょ……」
そのままじゃドラゴンゴーレムは通らないからって、バラバラにして組み直すなんて、普通しないでしょ! 無駄に期待させやがって!
嫌がらせに一発火球を飛ばしてみる。狙うは組み立て途中のドラゴンゴーレム。ゴーレムの中に魔石を隠しているなら、まぐれ当たりしたりしないかなって。どうせ心臓はまだ4階だろうから倒すのは無理だろうけど、時間稼ぎにはなる。
ずがんと炸裂した火球だが、すでに組み上げられたゴーレムの体をそれなりに崩したものの、すぐに元通りに組まれ始めてしまった。うん、当たらなかったみたい。ちぇっ。
***
3階の次なる落とし穴へと急ぐ。せっかくしまった剣を再び構える旦那が、剣を差し棒代わりに振るう。
しかしそろそろ問題が噴出しつつある。体力切れである。さっきも言ったけど、私は一階まで一気に駆け下りるだけの体力がない。というかみんなだってかなりしんどいとは思う。だからどうにか一度回復できるだけの時間が必要になってきてしまった。
私の脚がもつれ始めたことに気づいたリーダーが、決断を下す。
「一度足を止めて迎え撃つ!」
「了解だ!」
「ね、久しぶりにアレやらない? 害悪嫌がらせ粘着攻撃」
え、何それ気になる。でも師匠が私を担ぎ上げて、そのまま通路の先、曲がり角を曲がってしまった。
通路の先、老人からは見えない位置に私は下ろされてしまった。当然みんなの害悪攻撃も見えない。気になる…。しかし、師匠から癒しの魔術がかけられると全部どうでも良くなってしまった。だって、こんなに気持ちいいことってない! おもわずほえぇと緩んだ声が出る。いかん、さすがに緩めすぎた。引き締め直す。というか、魔力ならまだ余っているし、私のを使ってもらおう。
「師匠、魔術なら私の魔力使ってください」
「使いすぎだ。魔力が在ろうとお前の限界が先にきかねん。ここから先は俺が戦闘に復帰する。お前はいつも通り後衛──まあ離れていていい」
「でも結構大変な相手ですよ? かなり火力でごり押しして何とかなっている状況ですし……」
くくくと師匠が愉快そうに笑う。一応心配しているんですけど。
「お前に魔術を教えているのは誰だ? お前はあんな骨と皮と石くれに俺がやられると思うのか?」
そう言われると……負けている姿が思い浮かばない。むしろ害悪戦法を加速させて老人が嫌そうな顔をしている想像さえつく。
「なに、お前にもまだやってもらうことが残っている。その時のためにゆっくりと魔力と気力を回復させろ。いいな?」
「はい!」
なら私は出番までちゃんと力を蓄えておかなくっちゃ。師匠が私の出番があるというなら、その時に全力を出せるようにするのが私の役目なのだから。
ふと思いついて質問してみる。
「師匠の仕込みは終わったんですか? ずっとこそこそ何かしてましたけど」
「ああ、もう全部終わっている。元々塔を上っている間にもやっていたことの念押しだからな。ギルドの連中には悪いが、塔はなんとかさせてもらう」
ああ、ギルドの無茶ぶりにはやっぱり思うところがあったのね。まあ何とかしろなんてあいまいな依頼を出す方が悪い。しっかし邪悪な顔してんなぁ。これじゃ、私がどんなふうに使われるか、ちょっと怖いなぁ。
それにしても、癒しの魔術が気持ちがよくて仕方ない。うっかりすると本気で寝ちゃいそうなくらい。あ! 思いついた! 全部終わって宿に帰ったら、師匠にベッドでこれやってもらおう。魔術で癒されながら、そのまま寝るのはきっと気持ちがいいぞ…!
「んんッ…!」
おっと、変な声が出てしまった。師匠が回復を打ち切ったタイミングで一瞬強くするものだから。つい師匠の服をつまんでしまう。
「何だ?」
「いえ、すごくきもちよかったので……。なんていうか、離れるのが名残惜しくって……」
「……、お前、言い方に……。いや……何でもない」
妙に歯切れが悪いけど、さっさと次の話を始めるものだから疑問も押し流されてしまう。でも、いつか私が癒しの魔術を覚えたら師匠にもこの気持ちよさを教えてあげよう。きっと喜ぶぞ!
「もうしばらく足止めはしておく。合図をしたら向こうに駆け出せ。俺たちもすぐに後から追う」
「了解です! お気をつけて」
「ふん、俺の心配より、その間にしゃきっとしておけ」
そう言うと、私の頭をポンポンと撫でる。そして今なお暴れているだろう老人と、謎の戦法で戦っているだろうみんなのもとに駆け出す。私の方を振り返ることもなく。
……何だか謎にすごい目が冴えてしまった。しかし私も一応女の子なので、あんまり気軽に髪を撫でるのはどうなんだろうね!? 悪くはないけど……なんとなく困る!
***
一人通路の影で息を整える。脚の疲れや痛みはもうほとんどない。だから深い呼吸で体の中の魔力にも空気を届けるくらいのつもりで、魔力を蓄えていく。短い時間であっても、こうして深呼吸するのは効果がある。
正直に言えばみんなの奮闘を見たい気もするんだけど、老人に私が見つかるのはまずい。多分今も戦いながらも私の居場所を探していると思う。なにせ魔石と心臓を同時に焼き尽くせそうなのが私だからね。自分を倒せそうなのは私だけって考えているんだと思う。
それにしても、結局魔術師って、同じ魔術師を高めに評価しちゃうんだろうね。さっきリーダーに足を切られたことも、旦那に腕を落とされたこともきっと大したことないんだって甘く見てる。
そのせいで自分の動きが悪くなっているのにも気づいていないんだ。魔術で全部何とかしてきたんだろうな。自分の魔術に自信があるから、他の人の技とか力を見くびっているんだ。
……正直私もその気持ちが分かる。だって私もそうだったから。あんまり思い出したくないけど、前のパーティでは、どんな相手だろうと自分が魔術を使いさえすれば何とかできるって思ってた。
そのうぬぼれはパーティから追い出されるまでわかってなくて、師匠に叩き直されてようやく恥ずかしいことだって気が付けた。でも、あの老人はどうかな? 何かと大技ばっかり使っている気がしている。確かに一撃当たればいくらでも逆転される状況。でも私の仲間は歴戦の戦士だ。老人の思う通りになんてならない。
だんだん近づいてくる音が私に休憩時間の終わりを告げる。なんだか私だけお休み貰って悪いなぁって気持ちがある。そして、だからこそ期待に応えるぞって強い気持ちも、ある。
合図で走り出す。すぐにみんなが追い付いてくる。残念ながら老人とドラゴンゴーレムも。
でも、元気が充填された私はみんなとなら無敵だ。
「さあ、もうひと踏ん張り、頑張りましょう!」
「お前さんが言うんかい…!」
「元気なくされるよりはいいわよ! 気張っていくわよ、野郎ども!」
おー!!
……私もいるんだから乙女どもでもよかったんじゃないかな?? でもあと2階降りればいいだけだ。頑張って走るぞ!




