5-3 えっ、魔術師って論文とか書いたりするんですか??
てくてくと塔を上っていく。というか大部分は普通に歩いているから、歩いていく、の方が正しいかも。相変わらず調査優先だからゆっくりとしたペースだし、今一つ緊張感もなくなってきているのが他のメンバー。私といえば、覚えたばかりの新技術、魔術ストックを繰り返し練習している。師匠のお達しにより、ろうそく位に調整した弱い火の術式で、疲れすぎない程度に繰り返す。
ちょうどいい感覚を掴むのは大変だけど、最悪力ずくで何とかなるのがいいよね。
そして魔獣が出現したら、改めて普段通りの火の魔術に戻す。違うのは出力だけだから、逆に構成を保つために必要な魔力量ってのを体に覚えこませることが出来る。
さてさて、今私が向き合っているのはオオヤマネコですな。体高は私の膝より少し高いくらい。体長も私の身長よりも短い。尻尾を入れたらどっこいかな? やや赤みが勝った毛並みの猛獣だ。
普段、パーティでの戦闘においては、このオオヤマネコは大した脅威ではない。前衛三人が私たち後衛のところまで通すことはないから、いくらでも狙い放題。なんなら別に魔術もいらない。剣や槍でさっさと片が付くような相手だ。
師匠も普通に剣を振るいに前に出て首を落としにかかる。……まあこんな異端の魔術師は参考にならないけど。 とはいえ私の立ち位置は準前衛なのである。師匠の魔力タンク役でもあるから、離れていいってわけじゃないもの。それもあって、訓練として私一人で戦っているわけで。
基本的には師匠のアシストが今の私の役割でもあるから、前衛に置いて行かれないように動きを覚えるのが主な内容。めっちゃ走り回るからすごい疲れる。でもそれは仕方ない話。だってうちのパーティは基本みんな前衛できちゃうからね。
みんな前にいる方が速攻で片が付く。まあそりゃそうなんだろうけど、ちょっと筋肉志向が過ぎる。 とはいえだ。私みたいにたおやかで可憐でなよっとしていてひ弱な温室育ちのもの知らずからすれば、オオヤマネコは脅威どころの騒ぎではない。
私より小さくたって、獣ってのは基本的に人間よりよっぽど強力な生き物なのである。私の村でも一度大きなヤマネコが出て、危うく人死にが出るところだった。なにせ音もなく忍び寄って、もっと大きい鹿とかを鋭い爪と牙でしとめるのだ。人間なんてあっという間にやられてしまう。しかも魔獣である。力も危険度も段違いだ。
そんな危険な魔獣に近づかれては敵わない。幸い一番怖い奇襲を受けることだけはないから、あとはひたすら牽制牽制だ。左手の杖を突き出しながら、少しでも近づかれにくい動きを心がける。オオヤマネコの場合は壁際だと三角跳びされるから通路の中央からずれないようにする。
さてさて、左手側にはすでに火の魔術が組み上げられている。当然右手にも。あとはこの二発をどう当てるかってことだけ。丁半博打のようだった一発勝負から随分進歩したものだ。一発で倒してもいいし、一発目を囮に使っての追撃で仕留めてもいい。戦闘の手札が一気に増えたのである。
魔獣の反射神経は人の比ではないから、逃げられないようにして当てるのが大事。そう、フェイントですね。杖をわざと振りかぶって見せる。格好の隙を晒した瞬間、オオヤマネコが飛びかかってくる。バカめ!
「弾けろ!」
発動した魔術が、小さな火球を作り出す。が、そこに飛び込んできたオオヤマネコの頭が入る。ええと、本当なら私の頭位の大きさの火球になるんですけど……。火が育つ前に、頭があっては育つものも育たない。力なく火球は鎮火してしまった。
あれ? ちょっとまずい? オオヤマネコは健在。ちょっと頭が煤けているね。頭を振って、さっきよりお怒りの様子。慌てて次弾を打ち込む。が、そんな隙も距離ももはやない。引っかかれる寸前に先輩の槍がオオヤマネコの心臓を貫く。……あ、危なかった。
「動きも思考も雑になってるわよ。できることが増えたのはいいけど、うまく使えるように考えて動きなさい。どうせ魔力余ってるんだから出し惜しみせずに二発目も撃っちゃえばいいのよ。力ずくの方が得意でしょ?」
「りょ、了解です! 次からはどんどん叩き込んでいきます!」
まあできることが増えても使いこなすには練習が必要だよね。指導指導アドバイス! 頑張るぜ!
***
何回目かの戦闘を終えて、ちょっとだけ慣れてきた。初めの方こそ見守ってくれてたみんなも、すでに先輩と交代して護衛役になったリーダーを除いて好き勝手に過ごしている。いや、調査に戻ったと言うべきか。
それより今日は何故かいつもより調子がいい。なんとなく魔力が滑らかな気がする。何でだろう? いつも通り快眠だったし、森歩きでは普段と変わらなかったんだけどな。
調査に一段落ついてるっぽいタイミングで師匠に聞いてみる。なにせなんでも答えてくれるのだ、この人は。
「魔獣は浮遊魔力を増やす効果があるといったな」
「はい、前にそう聞きました」
「浮遊魔力の濃度が濃くなるほどに強力な魔獣が住み付きやすくなる。だから数の多い小さい魔獣を狩ることが重要なわけだ。だけどな、そもそも多少濃度が上がったところで、人からすれば感じ取れるような濃度ではない。いくらでも拡散する類のものだからな。だが、塔の中では違う。限られた空間の中では拡散できる量にも限りがある。魔獣は次々現れるせいで、浮遊魔力の濃度は上がり続けていく」
確かに、私にとってはいい訓練になってるけど、この遭遇率は異常だよね。
「お前が魔術を行使しようと構成に魔力を注ぐとな、付近の浮遊魔力も誘導されて構成に入り込む。特にお前のように一気に魔力をかけるような使い方をする場合は尚更だ。普通は浮遊魔力の濃度はたかが知れているから、意識はしない。だがここまで濃くなるとな」
なるほど……。いつもより使いやすいのにはそんな理由があるのね。というか鈍い私でも気づくくらいならみんなも気づいてるのかな? みんなの顔を見てみる。首は横に振られるばかり。まあ魔術師じゃないとこの感覚はわからないか。私も今の今まで気づいてなかったけどさ。
「獣じみた感覚を持ってない限り、浮遊魔力を感じ取るのは難しい。ここまでの話だって、それなりに高精度な道具を使って研究された結果だ」
研究の結果か……。師匠の知識はそういう学びの結果なんだなぁ。それにしても。
「そういうことってどこで覚えてくるんですか?」
「魔術師連盟の論文でだな。お前も読みたいなら貸してやるが?」
「いえ、それは遠慮します。けど、連盟なんてものがあるんですね」
というか魔術師ってそんな研究発表なんてするんだ……。てっきり誰にも教えずに隠し持っておくものかと。そんなこと言うと物知らず扱いされそうだから言わないけど。
休憩も終わり、再度調査にかかる。相変わらず私の担当は現れる魔獣の対処。修行の継続である。護衛はリーダーから先輩に変更。旦那は相変わらず単独でマッピングしているし、師匠はリーダーに周囲を警戒してもらっている。
つつと先輩が私に囁く。
「魔術師って絶対発表とかしないと思ってたわ」
それね!
***
ところで塔には変なギミックもあった。ずばり落とし穴である。ギミックって言うか罠っていうべきかな? 一応罠だと思う。いや、普通に罠だよね。でも罠の割には落ちた先は下の階層があるだけ。しかも別に隠されていない。
高さはあるから落ちたら危ないのはそうだけど、前衛なら普通に着地しそう。他に罠らしい罠なんてないのに、中途半端に落とし穴だけが時々見つかる。
理由を考えてみたんだけど、これって禁術とも関わりがあるんじゃないかなって。至る所に刻まれた禁術の術式、でも全部ピッタリ書き切るのは難しいんじゃないよね。私も手紙とか書くときに余らせたり、逆に足りなくなって無理やり書いたりすることがある。それと同じで空白になっちゃった部分があったんだと思う。だけどそんなよくわかんない空白が魔術の構成にあるって割と困ったことになる。手紙なら気にならない空白だって、魔術的には意味を持ってしまうことがあるのだ。だから予期せぬ問題をなくすために丸っと削り取ったんじゃないかなって。まあ塔の魔術師ってみんな偏屈物らしいから、とにかく穴をあけたかっただけの変人だったという可能性もあるけどね。
まあそれは正直どうでもよくって、この穴を使えばかなりのショートカットができるよねってことが重要。何かロープとか垂らしてやればスルスル降りられるはず。なんなら師匠の魔術でどうにかしてもらってもいい。楽するためになら私の魔力だっていくらでも差し出すからさ。
***
調査は長い。
警戒を怠ることはないけど、時間潰しの雑談も増える。話していれば時間も早く過ぎるよね。……いやそんなことねぇわ。ことあるごとに師匠は立ち止まるし、行き止まりだってわかってる道をあえて行くぞと旦那がけしかけるから疲れることこの上ない。足が棒だよまったく。これぞ棒ケン者ってね。え、0点? だめか。
それでも進むは進む。外から見た階数通りなら、次で終わりかな。さすがに最上階なら迷路ってことはないでしょうと。
じゃあ何があるか予想でもしてみる? はい! 私の予想は実は吹き抜けになっている、です! 外からは分からないけど、実はもう屋上! これね!
「ありえなくはない……のか?」
「いやないでしょ。一番重要っぽいところが野ざらしとか、設計思想イカレてんのよ」
「じゃあなんなんだと思います?」
「ん、そうね……、ドラゴンが財宝を守ってるとかどう?」
どうもこうもない。みんなで一斉にブーイングだ。そんなやばいのがいてたまるか。ゴーレムの次にドラゴンと戦うとか、どこの物語だ。
結局魔術師が偉そうに座っているとか、そんなありきたりな結論に落ち着いた。そりゃ魔術師の塔だもんね。魔術師がいるわ。ただ、勝手に入ってるのに何も反応がないのは気になるけど。
出てこない理由も考えてみる。実はもう魔術師はどこかに行ってる。これが一番あり得そうだけど、魔術師だからなぁ。しかも禁術に躊躇いのないタイプの。だから逆に一番あり得ない。じゃあなんで私たちを無視してるのかというと、どうせ途中で魔獣にやられると思っている。これはちょっとありそう。そもそも塔の中まで監視してない。これもかなりある。
「あるいは私たちが来てもどうとでもできる自信がある」
やっぱりそれが一番ありえるかなぁ……。
「魔術師相手の戦闘はかなり気を使うことになるだろうから、次の休憩は長めにとろうか」
「何せ魔術師だからなぁ……」
「魔術師だものねぇ……」
「何してくるか全然わかんないですもんね」
私含めた四人の視線が向かう先は黒衣の怪人、もとい魔術師、というか師匠である。
この人は大概えげつない魔術の使い方をする。目にピンポイント電撃を皮切りに、着地する直前に地面をぬかるませたり、落ちてる石があれば砕いて呑み込ませたり、剣で切り込むわ、やりたい放題だ。魔術師というものの意義を問うような戦い方を平気でする。魔力が少ないからそうするしかないとか言ってるけど、絶対好きでやってるよね。
そんなヘンテコ魔術師を知っているだけに、敵が魔術師だと途端に不安になるのが私たちだ。正直その不安の元になっているのが味方のやりたい放題ってのがどうしようもないなぁって思ったりするんだけどね。
まあ、あともう一息で何かしらは変わることになる。だから最後の休憩をゆっくり取りましょうね。




