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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

執着が過ぎた結末は

作者: 里見 知美

「罪滅ぼしの千年聖女」に出てきた堕落した元・神がカスでクズな主人公ですが。

執着したものが手に入らないという縛りを持っています。

 夢を見た。


 俺は全能感溢れる装飾の神で美しいものに囲まれて、楽しく暮らしていた。


 そんな俺の最もお気に入りだったのは、光り輝く一人の魂で、俺はどうしてもその魂を手に入れたくなったのだ。だが魂は装飾の神である俺では触れることは叶わず、運命の神や選別の神、生命の神や死の神、地の神と海の神など、とんでもなくたくさんの神との分業で支配されていた。


 だが、チラチラと視界に入ってくる魂を見過ごすこともできず、俺は掟を破って天界と地界の狭間に降りて時を待った。死んだ魂はこの狭間を通って運命の神の領界に入る。そこでまずは分別され、次の領界へと移動するわけだが、その隙を見て光り輝く魂を手に入れたのだ。


 ところが、その魂は一部が穢れ完全な形をしていなかった。ひび割れた部分が光り輝く魂を台無しにしていたのだ。腹を立てた俺は、その原因となった魂も手に入れた。ひび割れた箇所にその魂の一部を移して修復しようと試みたが、二つの魂は交わることがなく、汚点のように聖なる魂を濁してしまった。


 装飾の神である俺は、光り輝く宝石や金銀を組み合わせて麗しい物を作るのを得意としているが、魂は俺の思う通りにならず、歪な癒着をした。一つは不完全な魂となり、もう一つは汚点をつけた蛇足の魂。腹立たしさのあまり、汚れの原因となった魂に、光り輝く魂が元の美しい魂に戻るまで世話をしろと罰を下した。反発してきたので、千年の罰にしてやった。


 だが、その魂たちは俺が運命の神の領域に行く道なかばで手を加えたため、運命の神の領域に辿り着けず地界にUターンしてしまったのである。癒着したままの状態で。


 過ちに気がついたものの、地界に降りた魂は不可侵である。全知全能神であっても手は出せない。不自然な形で世に降りた二つの魂は付かず離れず、光り輝く魂は完全体になる前に死に、狭間に戻ってきた。だが、穢れた魂は千年の罰の縛りで地界に降りたまま。そして穢れた魂の一部を持った光り輝く魂も、引き摺られるように地界へ戻ってしまう。


 なぜそうなったのかわからない。だが多分、おそらく、二つの魂を俺が干渉したせいで、時間の流れが歪になり、運命の輪が滞った。美しかったもののバランスが崩れ、世界はゆっくりと砂のように崩れ始めた。たかが千年、されど千年。


 いつまでも狭間に潜んでいるわけにはいかず、また掟破りの神がどうなるのかわからない恐ろしさもあって、俺は俺の領域に逃げ帰った。見て見ぬふりをしたのだ。俺のせいじゃない。


 だがすぐさまそれはばれてしまった。


 他の神々にボロクソに言われ、村八分にあい、罪を認めた。認めてしまったのである。馬鹿な俺。そして罪に応じた罰を下された。


 そして天界から落とされ、落ちて落ちて………そして目が覚めた。





「はっ!?」


 汗だくになって目覚めた俺は、すぐにどんな夢を見たのか忘れてしまったが、どこか高いところから真っ逆さまに落ちる夢だった。


「あれかな、落ちる夢というのは、性欲が溜まっているせいだとかいうからな。そろそろ女でも抱くか」


 俺は大きな欠伸をすると、メイドを呼んで着替えを始めた。










 全能感を持って生まれて来たはずの男は、なぜか人生がうまく運ばないことに苛立っていた。


「もっとこう、なんというか、俺は何もかも手にしていたはずなのに」


公爵家の嫡男として生まれ、金で手に入るものは全て手に入れて来たはずなのに、心が満たされない。


「外見は貴公子だが中身はカス」と陰口を叩かれているのも気がつかないのは、自業自得とも言える。


 何せ男は努力を嫌った。なまじ生まれが良かったばかりに、金で買えるものはなんでも金で買った。外見磨きには精を入れ、金髪はツヤツヤのサラサラで天使の輪ができている。視力が落ちないよう遠くの森を見つめ、時折目薬を差し、本などは()()()()()()()()()()()いる。


 一応、貴族子息としての教育は施されているものの、斜に構えた努力をするので実が結ばれない。貴族教育など、己の審美眼の肥やしにもならない、と思っているのだから無理もない。


 早くに母親を亡くし、かわいそうにと甘やかしたのが悪かった。乳母に全てを任せていたら、5歳になっても哺乳瓶でミルクを飲み、親指をしゃぶる、おしめをつけた男になっていた。自己肯定感は天より高く、思い通りにならないと癇癪を起こし、暴れ回る獣のような子供を見た時、公爵で宰相でもある父は愕然とした。


 慌てて乳母を引き離したものの、方向転換は困難を極めた。子供の自我教育は3歳までに、と教育者に窘められ、公爵はがっくりと肩を落とした。時間を巻き戻したいと何度後悔したことか。亡くなった妻には申し訳ないが、あの乳母を自国から連れてきたのも妻である。公爵は後妻をもらい、さっくりと後継になる次男と長女をもうけた。


 この国の宰相である父親は、今度は間違えないとばかりに自ら子供たちを教育した。幸いにして出来の良い次男を後継に決め重用し、長男は法に触れない程度には自由にさせた。そのうち前妻の国の義父に頼み、何処かの婿養子に入れるか、遠く南の女王の国の後宮(ハーレム)にでも追い出す、もとい、婿に出す予定であるからして、「関わり合いにならないように」と次男と長女には念を押し、後妻にもそのように告げてある。


 もっとも男も、後から来た継母にも、後からできた弟妹にも興味はなく、彼らは「公爵家の飾り物」のように思っているため接触することもなく、ひたすら我が道を行った。


 侍従としてつけている男は騎士で、もし長男が悪事を働くようならば、公爵の名の瑕疵になる前に切り捨てても罪を問わぬ、と誓約書も書いてある。念の為にと影もつけているあたり、公爵としては本気で排除する予定でいるが、当然男は爪の垢ほども気づいていない。


 見た目はいいのに、なんとも残念なことだと国王すらもため息を吐き、王子たちからも表面的な付き合いしかされていない。が、男にとって、そんな些末なことはどうでも良かった。



「ああ、俺は不幸だ」


 まるで悲劇の主人公のように、その男ウィンストンは手のひらで顔を覆った。


 生まれは公爵。亜麻色に近い金髪で空色の瞳は女どもを狂わせ、背も高く筋肉もほどほどにつき、頭だって悪くない(本人比)。誰からもチヤホヤされておかしくない立場だというのに、彼の人生は全くもって満たされていなかった。


 思えば、最初の不幸は生まれてしばらくして母が亡くなったことにある。花の香りのする儚そうな母だったと思う。とても好きだったのに、俺を置いて逝ってしまった。次に、ずっとついていた乳母が5歳の時に解雇された。大好きな乳母は、大切な母の代わりだったのに。ただ一人、ウィンストンを甘やかしてくれる存在だったが、それをよく思わなかった父が、俺から乳母を引き離したのである。


 その後、父が連れてきた継母は、ウィンストンに全く興味がなく淡々と公爵夫人の役割を果たし、弟と妹を一人ずつ産んだ。何度か会って紹介されたものの、次期公爵となる俺からは、教育も生活習慣も一線を画され普段会うことがなくなった。お飾りの妻と弟妹など、俺様の知ったことではないので、全く構わなかったが。


 父は王宮で宰相を務め、滅多に家に帰って来ないが、俺の教育だけは厳しかった。求められるがまま、俺は語学、経済、芸術、剣術全てを満遍なく学び、それなりに結果も出してきた。


 周りからも、きっと父からも、次期宰相と期待されているのもわかる。


 だが、心の真ん中にポッカリと穴が空いたように、何をしても満たされることがなかった。少しでも馬鹿騒ぎをしようものならあっという間に父にバレ、折檻小屋で拷問に近い罰を受ける。これでよく闇落ちしないものだと自分でも思う。だが、これも公爵になるための、父の愛に違いないと受け入れてしまうのだ。


 恋人を作っても、コレジャナイ感が強く、すぐに飽きて長くは続かない。次期公爵の俺に気に入られようとする女はごまんといるので、特に困りもしないが。


 そんな俺が16歳になった誕生パーティで、運命の出会いを果たした。


「天使だ。天使がいる」


 淡いストロベリーブロンドに、深い海のような蒼の瞳。鈴を転がしたような軽やかな声、桜色の唇に陶器のような白い肌。彼女の全てが五感を刺激した。喉から手が出るほど欲しかった、渇望した光り輝く何かは、彼女だったのだ。


 天使は北方の田舎のウィンザー伯爵家の娘、レイチェルだと知った。公爵家の自分なら、問題なく手に入れられる娘だと思い、声をかけた。


「申し訳ございません。私、婚約者がいますの」


「婚約者」


 田舎に行くほど、乙女の婚姻は早い。滅多に王都まで出て来ないため、近隣の領地からさっさと縁を結んでしまうのだ。天使のお相手は、彼女の領地の三つ隣の伯爵家の子息エドガーと言った。僻地も僻地である。


 今回はエドガーの姉エミリアの結婚式のため、王都まで出てきたのだという。その姉が、侯爵家の嫡男である王宮税務士へと嫁いだため、今回はその縁があって俺の誕生パーティに出席したらしい。


 宰相である父が呼んだのだろう。税務士の男は侯爵位を引き継ぎ、最近財務大臣補佐へと昇進したらしい。父はその男に、俺の異母弟妹(あまり接触がないので名前も覚えていない)を紹介していた。財務大臣補佐の隣にはエドガーの姉が、その隣には弟であるエドガーと麗しの天使レイチェルが、腕を組んで楽しそうに話している。


 俺の運命の相手なのに!許せん、あの田舎者め。俺が天使を救い出さなければ。そのためには、使えるものは片っ端から使う。金で解決できないものはないのだ。


「父上、誕生日プレゼントに欲しいものができました!」


 今日は俺の誕生日なのだ。欲しいものは欲しいといえば良いし、例え婚約者がいようと、次期公爵の俺の方がいいに決まっている。俺は彼らと談笑している父に駆け寄った。


「お前の誕生日プレゼントには、欲しがっていた装飾剣をやっただろう」


 そうだった。


 金で作られたルビーとサファイヤと、ダイヤモンドがついた美しい宝剣を駄々をこねてもらったのだった。あれは確かに値が張るもので、流石の公爵家としてもちょっと引く値段だった。だが、レイチェルはあんなものと比較できないほど美しいのだ。


「あ、う、そ、それはそうですが、今欲しいものは()()()()()()()()()()()()()()()()()!ですが、どうしても手に入れたいのです!父上ならば、俺の願いを聞いてくれると信じております!」


「………はぁ。聞くだけ聞いてやろう。言ってみろ」


「ハイっ!ありがとうございます!ではそこの令嬢、レイチェルを俺にください!」


 あたりがしんと静かになった。


 それはそうだろう。公爵家の俺が田舎の令嬢を欲しがるなど誰も考えないはずだ。だが、彼女はダイヤモンドの原石のような輝きを持っている。誰もそれに気づかず、たかが田舎の伯爵家の男にくれてやるなど、豚に真珠、猫に金貨。宝の持ち腐れだ。


「……お前というやつは…。今の言葉は聞かなかったことにしてやる。うせろ」


「なっ!?なぜですか!父上!この俺が欲しいと言っているんです!そこの田舎の伯爵家にくれてやるような宝ではないと言っているのですよ!」


「黙れ、馬鹿者が。ウィンザー伯爵令嬢には、()()バクストン家のエドガー卿という婚約者が既にいる。お前が手を出す余地は全くない。諦めろ」


「い、嫌です!俺は彼女が欲しい!エドガーなどという田舎者が手に入れていいものではない、と言っているのです!」


「ウィンストン!いい加減に」


「公爵、少しよろしいか」


 俺と父上が話をしているというのに、この田舎者の男が首を突っ込んできた。全く作法がなっていない。が、眼光が異様に鋭い。笑顔なのに、笑っていないというか、黒いモヤが滲み出ているのは気のせいだろうか。背筋が凍り、息ができなくなった。そのせいか、奴が話し出すのを止められなかった。


「令息には申し訳ないが、レイチェルと私は数ヶ月後には婚姻する予定で、他人に譲るつもりはさらさらない。が、しかし、私としても我が家を田舎者と嘲笑われたとあっては、バクストン家の名誉にかけて黙っているわけにはいかない。どうしてもレイチェルが欲しいというのであれば、決闘を受けて立ちましょう」


「け、決闘だって…!?」


 この男、馬鹿じゃなかろうか。伯爵家の出の分際で、公爵家で教育を受けて剣の腕も立つこの俺に、決闘を申し込むなど。


「ええ。怖気付きましたか?」


「ふ、ふざけるな。この俺が怖気付くなど、あってなるものか。いいだろう、レイチェルをかけて決闘を受けてたつ!俺が勝てばレイチェルは俺がもらい、お前は田舎に帰れ!」


 俺は勇ましく言い放ったが、父は大きくため息をつき、周りもヒソヒソと胡散臭そうな視線を寄越すばかり。わかっている。馬鹿なことを言う奴だもんな。この俺に決闘を申し込むなど、すでに負けたも同然だというのに。まあ、あっさりと引き渡したくないのもわかるがな。


「……我が家の恥を晒すようだが、こうなっては仕方がない。みなさん、これはパーティの余興として受け止めて欲しい。エドガー卿には、この件でどんな結果になろうと不敬に問う事は無いと約束しよう。ウィンザー嬢には誠に申し訳ないが、此奴は言い出したら聞かないので、気の済むまでやらせてほしい」


「エドガー様」


「大丈夫だよ、レイチェル。私の強さを知っているだろう?」


「ええ、それは心配しておりませんが…。あの、手加減してくださいましね?」


「なんだと!?」


 俺はレイチェルの口から聞き捨てならない言葉を聞いて憤慨した。この俺が!田舎の伯爵家のボンクラに負けるとでも思っているのか!俺はいきりたって、貰ったばかりの宝剣を手にした。


「この宝剣の素晴らしき輝きを見よ!目に物を言わせてくれるわ!」


「ハァ〜……。そんな剣で戦えると思っているのか……ウィンストン」


 父はますます大きなため息をついて、項垂れた。周りからはクスクスと嘲笑が聞こえ、俺は目を瞬いた。


「ふふ。では私はハンデをつけて徒手(からて)で戦いましょう」


「な、馬鹿にするな!後悔するぞ!」


 俺はそう言いつつも、ニヤリと笑い簡単に結果は出ると思い剣を抜いた。いや、抜こうと思ったが、剣は鞘から外れなかった。


「ど、どういうことだ!?」


「ばかが。装飾剣はその名の通り飾りの剣であって、剣身はないわ」


 父上が、冷ややかな視線を寄越して俺を見た。抜けない剣。クスクスとした笑いから誰かが吹き出し、爆笑が周囲から起こった。


「さて、ぼんやりしている場合ではないぞ?」


 気がつけば目の前にエドガーが迫り、パンと張り手を食らわされた。


「ぎゃっ」


 俺の体は一回転をして、地面に倒れた。な、何が起こったのか。ぼたぼたと鼻から血が落ちる。ぶたれたのだ。この自慢の顔を。


「父上にもぶたれたことがないのに!」


 ますます笑い声は大きくなるが、俺はジンジンと熱を持ってくる頬を抑え、震える膝を叱咤しながらも立ち上がり、剣を鞘のまま振り回した。エドガーはすばしこく動き回り俺の剣が当たらない。


「このっ!ちょこまかと!お前も男なら正々堂々と勝負しろ!軟弱者め!」


「ほほう。この私を軟弱者扱いするか。面白い」


 呆れ顔で笑ったエドガーは、フイッと俺の後ろに立ち、背中を足蹴にした。


「ぎゃっ」


 再度俺は倒れ、再度立ち上がった。だが、振り返ったところにエドガーはおらず、横からボクッと拳をもらい、歯が折れた。痛い。めちゃくちゃ痛い!どんな卑怯な手を使ったのだ!


「まだまだ」


 四つん這いになった俺の腹を蹴り上げ、吐きながら転げ回った俺。血だらけの顔なのに、これでもかと殴りつけられ、やめてくれと思わず泣き叫んだ。やつはニヤニヤと笑みを浮かべ、瞳孔が開いていて悪魔のように見えた。ヒィ!!なんだこいつ!悔しいけど、怖い。こいつ、実は人間じゃないのでは。


「え、エドガー様、その辺でおやめになって」


 と可憐な天使が、エドガーを止めに入る。そうだ、止めてくれ、俺の天使。その男の気を引くそぶりをして油断させるんだな?よし。その手で行くぞ。エドガーは肩をすくめ、面白くなさそうに、だが俺に手を差し伸べてきた。


「レイチェルがそういうなら仕方ないな」


 俺は差し出されたエドガーの手を掴み、この時とばかり頭突きをしてやった。が、奴の頭は鋼鉄のように固く、俺の額がぱっくりと割れ、血が噴き出した。


「卑怯者が」


 その後、俺はボコスコに殴られ蹴られ、初めての敗北に魂が萎縮し(心が折れて)、あっという間に気を失った。


「レイチェルを侮辱した罰だ、ボンクラが」


 薄れていく意識の中で奴が、俺の顔に唾をかけた。





「エドガー卿は、次世代の辺境を担う強者だ。相手も知らずに戦いを挑むなど、全くもって阿呆のすることだ。阿呆だ、阿呆だと思っておったが、ここまでとは感服に値する。馬鹿で無謀な上に卑怯者とは、救いようがない。余興にすらならんかった。このままでは公爵家はいい笑ものだ」


 田舎伯爵の三男エドガー・バクストンは、次世代の辺境を継ぐ男だった。日々恐ろしい魔獣相手に剣を振るい血祭りに上げ、敵を屠ってきた剣豪。レイチェルは彼の地では聖女と呼ばれ、聖魔法の担い手なのだという。とはいえ、治癒魔法に長けているのは辺境の長男で、レイチェルは聖属性の攻撃魔法を得意とするらしい。二人揃って魔獣に挑む戦闘馬鹿で、この国の庇護者と有名なのだとか。


 知るか、そんなこと。誰も教えてくれなかったじゃないか。


「お前が覚えていないだけだ。そもそもこの国の歴史書すら読んでおらんのだろう」


 歴史なんて過去のことに目を向けて未来に進めるか。


「これ以上、公爵家の名に恥ずるような行為はするな。今度馬鹿なことをしでかしたら、婿入りどころか公爵家から除籍の上、戦場に送り込んでやる。その後は豚の餌となれ」


 ちょっと俺の素晴らしい頭脳で持ってしても、理解できない言葉がたくさん飛び出てきた。え、婿入り?除籍?戦場行って豚の餌?何が?誰が?


 聞きただしたいが、顔面は腫れ上がり歯も折れたことから、口も開けない。肋が数本と腕と足の骨も折れており、包帯でぐるぐる巻きのミイラ状態で身動きも取れない。せめて治癒士を呼んでほしかったが、罰だと言われ全治3ヶ月だと言われた。


 ここで諦めておけばよかったのだ。そうすれば、俺はいまだに公爵家の跡取りで、満たされないまでも、そこそこいい生活はできていたのに。




 諦めきれない俺は、エドガーの姉、エミリア侯爵夫人から崩していこうと画策した。お堅い官吏の妻だ、少し浮いた噂を流せばすぐにもボロを出すに違いない。


 俺は密かに名の売れない三流の俳優を雇い、エミリアを篭絡するように頼み、同時に商人にもドレスや宝石をその俳優の名前で購入し、夫人にプレゼントをするよう仕向けた。


 果たして、ひと月も経たないうちにエミリアは雇った俳優に夢中になり、そして逢引の証拠を握った。それを脅しにレイチェルを王都に呼び出し破落戸に襲わせ、偶然を装ってレイチェルを助けに入る、予定だったのに。


「忠告はした筈だったのだがな」


 全ての計画は頓挫した。三流の俳優は三流で、計画の初めからなぜか父にバレていた。俺は屋敷の折檻小屋で鞭打ちの上、辺境のエドガーの下に送り出された。ご丁寧に送迎の檻に入れられて。


 辺境は恐ろしい場所だった。そんな恐ろしい場所で、嬉々として攻撃魔法を使うレイチェルが、脳内で眩しく弾けていた。こんな地獄でも輝いて見えるのは、彼女が聖女だからだろうか。


 欲しかった宝物。どうしても手に入れたかった輝かしい、魂。


 ああ、そうだ。


 思い出した。


 俺は。


 死の寸前に今までの記憶が走馬灯のように走るというのは、本当だ。前世のことまで思い出した。あの輝かしい魂と、穢れた小さな魂の、


 これは小さな復讐なのだろうか。
















「いや、お前のしでかした業に対する罰だよ」


 生まれ変わる寸前、そんな声が聞こえた気がした。

掟を破った元・神のカルマ持ち輪廻転生。

怖いですねー。嫌ですねー。なるべく善行を施しましょう。


誤字脱字校正は、善行ですよー。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
一番必要なのは賢さでしたね。賢さや謙虚さにも恵まれて、どれだけ努力して忍耐して鍛錬しても、それでも手に入らないというほうが良かったかも。それでやっと千年彷徨った元令嬢と長年執着されて貶められた聖女の魂…
装飾の神じゃなくて虚飾の神だろコイツ
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