別れのキス
貴方の本心を、私は知っている。
お望み通り、邪魔な私は目の前から消えてあげようとしているのに、追い打ちかけなくてもいいじゃない。
なぜ私が変わった理由を聞きたがるの。
それを知ってどうするの?
『なぜ執務室でもサロンでもなく、このガゼボなの?』
『ここは、貴方とメアリーの逢瀬の場所でしょう?』
『私の目を盗んで、ここで彼女と愛を育んでいたんでしょう?そんな場所に、なぜ私を座らせるの?』
その怒りを、全部貴方にぶつけていいというの?
ぶつけたらまた、貴方は私を嫌うのでしょう?
だったらもう、何も聞かないでほしい。
(もう、私に構わないでよ)
「この間のことを反省しているのはわかった。だからもう、そこまで思い詰めるな」
「殿下……」
彼が俯いている私の肩に手を置き、優しい言葉を投げかけてくれた。でもその時私が感じたのは、喜びではなく——苛立ちだった。
(本当に無神経な人ね——)
私がどんなに傷ついたか知りもしないで、思い詰めるな?
どの口が言っているの?
貴方が私を傷つけている張本人じゃない。
「オリヴィア?」
膝に置いた手を、ギリッと握りしめる。
初めて芽生えた感情に自分で驚く。
そして同時に気づく。
私が許せなかったのは、メアリーだけではなかった。
(私は……彼のことも、憎んでた?)
愛しているのに、憎い。
私がこんなに愛しているのに、
他の人を選ぶ貴方が憎い。
嫌い。大嫌い。
でも愛してる——
相反する感情が私を狂わせていく。
いや、前世ではそれで狂ったのだ。
だから私はメアリーを殺そうとした。
「どうしたんだ、オリヴィア。顔を上げろ」
──汚してあげる。
前世と今世で、二人の愛を育んだこの場所を。
その甘い逢瀬の思い出を、私が汚してあげるわ。
「聞いているのか、オリヴィ——」
私はルミナス様の唇を奪った。
今後、メアリーとこのガゼボで愛を囁きあうたびに、私とのキスを思い出して後ろめたい気持ちになればいい。
唇を離すと、彼は驚愕に目を瞠っていた。
そんな彼に私は微笑み、身体を離す。
「──御前失礼します」
「オリヴィア……っ」
私の名を呼ぶ声を無視して、私は王宮を後にした。
そして、そのまま国を出た。
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親愛なるルミナス様へ
貴方がこの手紙を読んでいる頃には、
私はこの国から消えているでしょう。
父に除籍届を出したので、近日中に私は平民になり、
貴方との婚約も解消されると思います。
貴方がメアリー様を愛し始めていることに、
私は気づいていました。
私は子供の頃からずっと、貴方に恋をしていたから、
すぐにわかってしまいました。
嫉妬に狂い、メアリー様に辛く当たってしまったことは、
今でも申し訳なくて、恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
貴方の大切な人を傷つけてしまい、
大変申し訳ありませんでした。
こんなに感情に揺さぶられ、
我を忘れて愚行に走る女など、
王太子妃として相応しくありません。
だから私は、婚約者を辞退させていただきます。
もう貴方の邪魔はしません。
貴方は本当に愛する人を選んでください。
メアリー様は優秀ですから、
きっと妃教育もすぐにこなせることでしょう。
国を出たことは私の独断で、私の家族は何も知りません。どうか、公爵家を許してください。
私はいつまでも、貴方の幸せを願っています。
ですからどうぞ、愚かな私のことは忘れて下さい。
さようなら、ルミナス様。
メアリー様と末永くお幸せに。
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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』
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