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「いい加減にしろ、オリヴィア!」


刺すような冷たい怒声にハッと意識が戻る。


目の前には、ずっと会いたくて堪らなかった愛しい人が立っていた。


「ルミナス様……」


なぜ——

私は地下牢の中で死んだはずなのに——


「メアリーは貴族になってまだ間もない。今まさに学んでいる最中なんだ。それを重箱の隅をつつくように公衆の面前で咎めるのはやめろ! 私の婚約者とあろう者が民を吊るし上げるようにいびるなど、情けないにもほどがあるぞ!」


いつか言われたそのセリフ。

そして庇うように彼女の肩を抱く彼の姿。


この光景に見覚えがある。

皆が制服を着ているということは、学園の食堂?


「これは夢……?」


「お前は何を言っているのだ?」


呆然と呟いた私の言葉に、ルミナス様は眦を吊り上げる。


(夢ではないの? 私、生きているの?)



今目の前にいる彼は、本物のルミナス様……?


「あ……あぁ……」


「オリヴィア……!?」



ポタポタと涙が勝手に流れ落ちる。

ルミナス様が、目の前にいる。

 

願いが叶ったこの奇跡に喜びで胸が震えた。



「ずっと……貴方にお会いしたかった」



衆人環視の中で感情を露わにして涙を流すなど、淑女としてあるまじきことだ。


でもそんな些末なことはどうでもいいほどに、私は嬉しかった。神様が愚かな私の願いを叶えてくれた。


間違いを正すチャンスをくれた。

ならば私が取るべき行動は一つだけ。


ざわりと観衆が声を上げる。


ルミナス様とメアリー様に頭を下げている私を見て、皆が驚愕していた。


それも当然だろう。


公爵家の令嬢が、元平民の男爵令嬢であるメアリーの前で頭を下げているのだ。通常ならあり得ない。


実際に前回の私は彼女に謝らなかった。

 

それどころか、ルミナス様はメアリーに騙されているのだと指摘し、更に彼の怒りを買ってしまった。


でも今回は、そんなことはしない。


「王太子殿下の仰るとおりです。私は私情に駆られ、殿下の婚約者として有るまじき行いをしてしまいました。メアリー様、謹んでお詫び申し上げます」


「オ、オリヴィア様! 頭をお上げください! 私は大丈夫ですから!」


「……殿下、いかなる処分も受ける所存ですので、沙汰が決まるまで公爵家にて謹慎しております。今日はこれで失礼させていただくことをお許しください」


私が再び頭を下げると、酷く掠れた声で名を呼ばれた。


顔を上げると、呆然と立ち尽くすルミナス様の驚愕した顔。冷たい表情以外の顔を久しぶりに見た。


それだけで涙が込み上げてしまう。



「オリヴィア……お前……」


いつもと違う彼の反応に不安を覚えたのか、メアリーが彼の胸元の服をぎゅっと握った。


思わず湧き出る嫉妬を抑え込み、私は会釈をしてその場を去った。






迎えの馬車が来るまで、図書室で時間を潰す。

新聞を読むと、今が二学年の秋だということがわかった。


「どうして時間が巻き戻ってるの……?」

 


私は確かにあの牢の中で死んだはず。

最期の方は食事を取っていなかった。


きっと餓死か衰弱死のどちらかだろう。


牢の中では時間の感覚がなかったから、どれくらい時間が巻き戻ったのかはわからない。


意識もはっきりしているし、先程の食堂のやり取りを思い返しても、夢ではないと思う。



未だ信じられないが、これは現実なのだ。


(今は十月……ということは、私が捕まる二か月前ね……)



私がメアリーを賊に襲わせて捕縛されたのは、この年の冬。この時期は、もうあの二人は想いを交わし合い、相思相愛になっているはず。


私がメアリーを賊に襲わせたのは、王宮で秘密裏に逢瀬をする二人を見たからだ。


その日は、教師の急病で妃教育が延期になり、王宮の私室に向かう途中だった。


裏庭に蕾をつけていた花が見事に開花していると侍女に聞いたので、気晴らしに近くで見ようとした時に、奥の方から声が聞こえた。


可愛らしく弾む楽しそうな声と、私の愛するテノールの声。裏庭の奥にあるガゼボに視線を移せば、寄り添う二人の姿が見えた。


愛しくてたまらないという瞳で彼女を見つめる彼の横顔。


そんな表情を初めて見た。


呆然と立ち尽くし、身体が硬直して動かない。

やがてメアリーも彼と視線を合わせ、見つめ合う。


そして————二人は唇を重ねた。



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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』

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