プロポーズ
ルミナス様との二度目の別れから、一年が経った。
二十二歳になった私は、相変わらず商会で忙しく働いている。その間に、レイモンドが侯爵家を正式に継ぎ、亡き兄の婚約者だった女性と結婚した。
商会長夫妻が結婚式に呼ばれ、隣国の貴族たちと顔を繋いで来たらしい。二人とも幸せそうに寄り添っていたそうだ。
(良かった……レイモンド)
彼となら結婚しても良いと思っていた。それくらい私を愛してくれた素敵な人だった。
「運命はうまくいかないものね」
それでも前世よりはマシな人生を送っていると思う。
今の仕事とこの国を、私はとても気に入っている。
自分でゼロから作り上げた居場所だから、このままこの国に骨を埋めるつもりだ。
結婚は今のところするつもりはない。
恋人も作るつもりはない。
あの人に再会してしまったから。
彼の熱を知ってしまったから。
きっと誰と付き合っても比べてしまう。
きっと相手を傷つける。
それを承知で新しい恋なんて出来ない。
だから開き直ることにした。
どんなに気持ちを消そうとしても、彼を恋しく思ってしまうのだから仕方ない。どうしてなのか理由なんかわからない。自分でもバカだと思う。
客観的に見たら、彼は長年私を冷遇し、挙句に浮気した男だ。過去を羅列すれば、どこにも好きになる要素なんかない。
それでも、太陽の光を求める月のように、眩しい彼に惹かれてしまうのだ。その光が強すぎて瞼の裏に焼きついてしまうほどに、その光に触れたくて手を伸ばしてしまう。
私は平民で、彼は遠い国の王子様で、この先運命が交わることなどないのに、もし願いが叶うなら、もう一度、彼に名を呼んで欲しい。
寂しい夜は、そんなバカなことを夢見てしまう時がある。
遠目でいいから。
あの太陽のような人に、もう一度会いたいと。
「オリヴィア」
部屋の鍵を開けようとしていた手が止まる。
(嘘……そんなはずない)
「いや、今はオリヴィアじゃなくてリアだったな」
きっと幻聴だ。
一人身が寂し過ぎて、幻聴を生み出したのかもしれない。
そう思い、振り返らずにそのまま鍵を開け、ドアノブを回した時、後ろから抱きしめられた。
「リア、無視するなよ」
視界の端に赤い髪が見える。
大好きな彼の香りがふわりと舞った。
「ど……して」
私を抱きしめる腕が優しくて、暖かくて、目の奥がツンと痛くなる。もう二度と会えないと思っていた彼が、ここにいる。
大好きだった王子様が、私の名を呼んでいる。
「会いたかった、リア。お前はまだ一人か?他の男と結婚なんかしてないよな?」
突然なんの冗談かと思えば、私を抱きしめる腕が震えていて、本気で聞いているのだと気づく。
「まだ……一人です」
そう答えると、深いため息と共に抱きしめる腕にギュッと力が込められた。私の肩に頭を埋めている彼から「良かった」と小さな呟きが聞こえる。
(どういう意味……?)
そんな疑問は、次の彼の言葉で真っ白に飛んでしまった。
「俺と結婚してくれ、リア」
そのまま固まってしまった。
だって、意味がわからない。
結婚?
誰と誰が?
え?これなんの話?
次々と頭に疑問が浮かび、処理が追いつかず思考が停止する。
「リア」
耳元で囁かれ、体が跳ねた。
更に体が硬直する。
「あ、いや……えーと……」
「リア……っ」
私の反応を拒絶と受け取ったのか、顎を掴まれて口を塞がれた。最初から手加減なしの深いキスだった。
「やっ……やめっ、殿下っ」
「頼むから俺を拒絶しないでくれ。愛してるんだ、君を愛してる、リア……っ」
後頭部を大きな手でがっしり捕まれ、キスを避けることが出来ない。唇ごと食べられてしまいそうな激しいキスに翻弄され、彼の熱に体が反応してしまう。
──愛してる。
その言葉が夢みたいで、涙が出る。
嬉しくてどうにかなってしまいそう。
私も──と言いそうになったその時、外の通りから人の話し声が聞こえ、キスが止んだ。ハッとして彼の腕の中から逃れるが、手を捕まれてそれ以上逃げられない。
「リア!」
「は、離してください……っ」
(流されてキスを許してしまうなんて……何やってるの私……つ)
羞恥で動揺し、手を振り解こうと暴れるが、彼は一向に手を離してくれない。
「殿下っ」
「話を聞いてくれ!頼むよ、リア……っ」
切羽詰まったような、今にも泣き出しそうな表情に力が抜けてしまう。
そろそろ他の社員も寮に帰ってくる頃だろう。こんなところで揉めてる姿を見られたくない。かと言って、もう彼を部屋に入れるわけにはいかない。
「──近くに公園があるので、そこで話を聞きます」
「部屋に入れてくれないのか?」
「入れません」
「……わかった」
◇◇◇
重苦しい気持ちで公園に向かう。
その間、二人の間に会話はなかった。
(さっき、結婚してくれって言ってたわよね?どういうことなの?私を国に連れ戻しに来たの?)
醜聞で王子妃候補が見つからないのだろうか?
公園に着き、噴水前のベンチに二人で座る。
しばらく無言の時間が過ぎ、焦れた私が先に尋ねた。
「あの……何故またこちらにいらしたのですか?」
「リアにプロポーズしに来た」
「私は平民だし純潔ではないから無理だと、一年前にお断りしたはずですが」
「問題ない。俺も今は平民だから」
「────は?」
「だからもう殿下ではなく、名前で呼んでくれ」
信じられない言葉が聞こえた気がする。
彼は今、自分も平民だと言った?
驚いて口をパクパクさせていると、私の顔がおかしかったのか、ルミナスがクスリと笑う。
「陛下に廃嫡を願い出て、平民になったんだ」
「な、なぜですか!!貴方はあんなに……国王になるために心血注いで努力されていたのに!王太子の座だけではなく、王族籍まで捨てたのですか!?」
「バカ!声が大きい!」
ルミナス様の手で口を塞がれ、ハッとして周りを見渡す。夕食前だからか、人がいなくて助かった。こんな所に他国の王子がいるなんて知られたら一大事だ。
私が落ち着くと、彼がそっと手を離した。
「何故ですか……ルミナス様。何故そんなバカなことを」
「バカなこと……か。そうだな。俺は大馬鹿者だ」
彼が自嘲するように笑う。
「俺はリアの苦しみに気づかず、前世でも今世でも君を傷つけてばかりだった。優秀な王太子と謳われていた男が聞いて呆れるよな。女を見る目が全くなかった。簡単なハニートラップに引っかかって、信じるべき女を間違えた。あまつさえ、それで君を死なせてしまったんだから目も当てられない。万死に値するよ」
待って──ちょっと待って。
今、なんて言った?
《《前世》》と《《今世》》──?
私を死なせた──?
再び泣きそうな顔で彼が私を見つめる。
「その反応……やっぱり前世の記憶があるんだな」
「ルミナス様も……?」
「ああ、回帰したのは君が俺の前から消えた後だった」
「…………」
膝の上に置いた彼の拳が、強く握りしめられ、震えている。
「君を追いつめて死なせた俺を、恨んでいるか?」
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