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心に刻んで 


殿下に別れを告げてから数日後、もう寝ようとしていた時にノックの音がした。


ここは社員寮なので同僚だと思い、なんの警戒もなくドアを開けてしまったのが間違いだった。


扉の外に見えたのは、思いつめた表情の赤い髪の美丈夫。



「殿下……どうしてここに……」


「オリヴィア……オリヴィア……っ」



状況が掴めなくて反応が遅れたせいで、抱きしめられていることに気づくのが遅れてしまった。


「殿下、やめて……離して……っ」


「君を忘れるなんて無理なんだ、オリヴィア……っ。愛してるんだっ」


私の肩口に顔を埋め、震える声で叫んだ。


嗚咽をこぼしながら、ひたすら私の名を呼ぶ。

彼の弱さを、初めて見た。


頭では彼を追い出さなきゃいけないとわかっているのに、泣いて震える彼を振りほどけない。



開いた扉がゆっくりと閉まっていく。カチャッという音と共に扉が閉まった時、私の唇が塞がれた。


「んっ、殿下! やめ、んんーっ」


「はあっ……オリヴィア、ん……好きだ、愛してる……っ」


閉じた扉に押し付けられ、唇が深く合わさる。

彼の舌が歯列をなぞり、隙間から口内に侵入する。


「ふぁっ……やめ、て……っ」


「オリヴィア……っ」


彼の胸に置いた手で体を押し返そうとしても、それ以上の力で抱きしめられ、彼との深いキスに翻弄される。


抵抗しようと顔を背けても追いかけられ、また口を塞がれ、言葉を紡ぐことができない。


キスの角度が変わって彼の舌が動くたびに、淫らな水音が室内に響き、その先の快楽を知っている身体が火照りだす。



はっきりルミナス様を拒絶したのに、彼が自分に触れている事実に、身体が喜んでいた。


ずっとその温もりを渇望していたというように、この身を弄(まさぐ)る彼の手に敏感に反応してしまう。


「くそっ、嫉妬で気が狂いそうだ……っ、君を抱いた男を殺してやりたい。その男は、君のこんな蕩けた表情を何度も見ているのだろう?」


ギラギラと男の欲を滾らせた瞳で見つめられ、背中にゾクゾクと痺れが走る。



「……ええ。何度も抱かれました」


「……っ」



手を引かれ、部屋の奥にあるベッドに押し倒される。


ポタポタと雫が私の頬に落ちて、見上げた先にとても傷ついた表情で大粒の涙を流している彼がいた。


「……貴方だって、メアリー様とキスしてたじゃない。それ以上の関係もあったのでしょう?」


側近たちが彼女と寝ているなら、ルミナス様とだってとっくに体の関係を結んでいただろう。


でもその予想を彼が否定した。



「私はメアリーと寝ていない!……キスだけだ。私は王太子だったんだぞ。自分の子種を無闇にバラまく愚かな真似はしないし……仮に伴侶と考える女性なら、なおさら純潔を大事にする」


「そうですか。やっぱりメアリー様を妻にするつもりだったんですね」


「い、今はそんな話じゃないだろう!とにかく私はメアリーと寝ていないし、今まで関係を持った女など一人もいない!」


「──つまりルミナス様は……童貞ということですか?」


「!?」


「あ、失礼しました。二十二歳でさすがにそれはないですよね。閨教育もありましたでしょうし、娼館くらいは行ったことありそうですもんね」


「なっ……ばばばばっ、馬鹿者!貴族女性が閨について口にするな!」


「私は貴族ではありませんが──というか、まさに閨事をしようと押し倒している人が、何言ってるんです?」


「……っ!」



髪色と同じく顔から耳や首まで真っ赤にした彼を見て、その初心な反応に驚いてしまう。これは本当に経験がないのかもしれない。

 


そしてそのことに、喜んでいる自分がいた──



彼はあの女の毒牙にかかっていない。そして今、彼は私に欲情し、レイモンドの存在に泣くほど傷つき、嫉妬している。


そんな彼を見て、仄暗い感情が芽生えてしまった。


(私が彼の純潔を奪ってしまおうか──)



「おわっ!?」


隙だらけだった彼との体勢を入れ替え、今度は私が彼を押し倒した。筋肉質な体の上に跨がり、夜着のワンピースを脱ぎ捨てる。


夜着なのでもちろん身につけているのはショーツだけ。 彼の眼前に、豊満と言われた私の裸体が晒された。


ゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえる。

真っ赤な顔をした彼が、私の体を凝視していた。



「……抱かないんですか?」


欲を煽るように、彼のシャツのボタンを外してその逞しい胸板から割れた腹筋にかけて指を這わせた。


くすぐったいのか、身を捩らせながら彼が私を睨みつける。


「こんな淫らな誘い方もその男に教わったのか」


「ベッドの上で他の男の話を持ち出すのは野暮ですよ」



それ以上喋らせないように、彼の唇を奪う。


私たちはもう引き返せないところまで来てしまった。前世でも今世でも、二人の距離は遠いままで、きっと私たちは結ばれない運命なのだろう。


だったらせめて、忘れないでほしい。



私の存在を、温度を、感触を、


すべてを貴方の心に刻んで。





貴方を愛してすべてを捨てた女を、


死ぬまで忘れないで──







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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』

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