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そんなもののために



外国の小切手を換金しようと商業ギルドに出向いた時に、入り口前で私を呼ぶ声が聞こえた。


あまりに必死な声に振り返れば、人込みをかき分けてこちらに走り寄るルミナス様の姿があった。



「嘘……どうして──」


(なぜ貴方がここにいるの……)



この四年、忘れようと胸の奥底にしまったはずの想いが息を吹き返し、痛いくらいに鼓動を打つ。


耐えきれなくて踵を返し、立ち去ろうとする私の手を彼が引き留めた。


「待ってくれオリヴィア!」


「人違いです。私はオリヴィアという名前ではありません」


事実、私はこの国ではリアという名で通している。

亡命した時に別名でこの国の住民票を作成したのだ。


今の私は髪も短いし、素顔に近い化粧しかしてない。


服だって商会の制服で、祖国の人が見てもなかなか私とはわからない外見なのに、彼は遠目から私がオリヴィアだと見抜いた。


「オリヴィア、話がしたい」


「だから……っ、人違いだと言っています……っ」



声が震える。


こんなに動揺していてはバレてしまうのに、全然取り繕えない。勝手に涙まで滲んでしまう。


「人違いじゃない。幼い頃から一緒にいた私が、オリヴィアを見間違えるわけがないだろう」


彼の両手が私の頬を包み、顔を上向きにさせられる。


視線が合うと、ホッとしたように、そして泣き出しそうな笑みを浮かべた。



「ほら、やっぱりオリヴィアだ。やっとみつけた。ずっと探していたんだ」


「違う。私はオリヴィアじゃない。貴方なんか知らない」


「じゃあ何故泣いている?」


「変質者に捕まったから怖いのです」


「王子にむかって酷いことを言うな」



困ったように微笑むルミナス様に、思わず見惚れた。


四年ぶりに会う彼は、以前よりも更に背が高くなり、逞しさも増して王子というより騎士のような体躯になっていた。


男らしさが増して、精悍な麗しい容姿に周りから女性の甘いため息が聞こえる。


ざわざわと周りの声が大きくなり、ギャラリーから「リアちゃん、大丈夫か?」という声が聞こえて視線を移すと、何名かの知り合いが心配そうにこちらを見ていた。


「衛兵を呼ぶか?」


「あ、だ、大丈夫です! この人知り合いなんで!」



人通りの多い道でやり取りをしていたため、自分たちを囲むように人の輪が出来ていた。ルミナス様の容姿が目立つので、視線を集めてしまったようだ。


(もう……っ、なんでこんなことに!)



「リア……? 今はそう名乗っているのか?」


「……人目のない場所で話しましょう」


ため息をつき、私は仕方なくルミナス様と話をすることにした。


「とりあえず私は逃げませんので、先にギルドへの用事を済ませても?」


「ああ、構わない。入り口に馬車を停めて待っている」




ギルドの用事を済ませ、腹を括って彼の馬車に乗り込む。二人きりにはなれないので、近くにいた彼の護衛騎士に視線を送り、同乗してもらった。


「場所はどうする?」


「仕事中なので、職場に戻らせて下さい」


「どこだ?」


「メインストリートにある商会です」


「ああ、あの商会か。わかった」



御者に行き先を告げ、出発する。


正面に座るルミナス様を見る勇気がなく、ずっと窓の外を見ていた。


(なんで彼がここにいるのよ)


忙しい日常を送るうちに、次第に心が落ち着いてきたのに、心にあった瘡蓋(かさぶた)を無理矢理剥がされたような気分だ。


胸が痛い。

今すぐ逃げ出したい。



職場に到着するまでの間、正面から痛いほど送られる視線に、応えることはしなかった。


 


◇◇◇



おつかいを頼んだ事務員が大物を連れて戻ってきたことに、商会は沸き立った。商会長に頼んで応接室を借り、ルミナス様と対面する。


「久しぶりだな。四年ぶりか。元気そうで何よりだ」


「この度はどのような用件で我が国にいらしたのですか?」


余計な会話はしたくない。

早く用件を済ませてほしい。


「我が国……か。君にとっての祖国は、もうこの国なのか? ガロン王国に戻ってくることはないのか?」


「私は身分を捨ててこの国に亡命した身ですから」


「ザラス公爵はまだ君を除籍していない。君はまだ、公爵令嬢のままだよ。そして公爵たちは、君の帰りを今も待っている」 


「……っ」


(お父様、お母様、お兄様……っ)



とっくに除籍されていると思っていたのに、まだ私を想ってくれていたなんて。親不孝な娘のことなんて、さっさと捨ててくれてよかったのに——


目頭が熱くなり、堪えきれずに涙が流れた。



「オリヴィア……国に戻ってきてくれないか?」


「……何故ですか?」


「もう君の憂いはすべて取り除いた。何も心配することはないんだ」


「?」  


「この四年、ずっと君を探していた。もう一人ですべてを背負わなくていい。君は何も悪くないんだ。悪いのは私だ。君の努力と愛情を踏み躙った私がすべて悪い。本当にすまなかった」


ルミナス様が頭を下げる。


「殿下! 平民の私に頭を下げるなど、おやめください!」


「私が頭を下げたいんだ。今までの君の献身に敬意を払いたい」


「……殿下」


「もう、名を呼んでくれないのか?」


「呼べる立場にございません」


「オリヴィア……どうか私の元に戻ってきてくれないか? もう一度……一から私とやり直してくれないだろうか」


懇願するように、金の瞳が私を見つめる。



(……は?)


突然の復縁要請に耳を疑った。

この人は何を言っているのか。



「仰っている意味がわかりません。貴方にはメアリー様がいますよね? 彼女と結婚したんじゃないんですか?」


「彼女とは学生の頃に別れた。というか、そもそも恋人ですらなかった」


「は?」



恋人じゃない……? 


何を言っているの? 


あんなに彼女を愛していたのに?


彼女とキスをしていたのに?



前世で彼女は唯一無二の女性だと、彼女以外は愛せないと、私を睨みつけて言っていたのに──?



「……なぜか、お聞きしても?」


「彼女は私の側近全員と関係を持っていたんだ」


「はぁ?」


衝撃を受ける情報ばかりで、語彙力が追いつかない。


「すっかり騙されていてね。私の見る目がなかったということだ」



自嘲する彼を、呆然と眺めた。



(嘘でしょう……? 何それ……)







下らない。



下らなすぎて、絶望した。

なんて下らない愛なんだろう。


そんなもののために、私は死ぬほど苦しんだのか。




そんなもののために、貴方は私を捨てようとしたのか──



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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』

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