記憶①
「ルミナス様、本当にどうしちゃったんですか? 最近とっても冷たいです。私何かしちゃいましたか?」
「頼むから、離れてくれないか。未婚の男女には適切な距離感が必要だと何度も教えただろう」
「前はそんなこと言わなかったじゃないですか!」
学園でメアリーを避けようとしても、同じクラスで避けようがない。しかも何度振りほどいても、腕に絡みついて胸を押しつけてくる。
なんだこの娼婦みたいな女は。
これで特待生の才女だなんて嘘だろうと疑いたくなる。
(なんで私はこの女に惹かれていたんだ)
冷静に見れば、オリヴィアより優れているところなど一つも見当たらないのに——
ああ、そうか。
(私はメアリーに、昔のオリヴィアの面影を重ねていたんだな……)
最悪すぎる真実に、ますます自分が嫌になった。
これではオリヴィアに対してもメアリーに対しても酷い所業だ。それを無自覚で行っていたんだから尚更タチが悪い。
(その上つい最近まで愛妾か側妃としてメアリーを娶るつもりでいたんだ。本当に最低だな)
傲慢なのはオリヴィアではなく私だった。
「ルミナス様……私のこと、嫌いになっちゃったんですか?」
目に涙を溜めて上目遣いで見つめられる。
以前はメアリーにこうして見られると、いつもその身を引き寄せて抱きしめたい衝動に駆られた。夢から覚めた今は、そのあざとさに苛立ちを覚える。
(オリヴィアの発言の裏を取るためにも、メアリーの今までの行動も調査した方がいいな。それからオリヴィアが悪女だという噂の出所も……)
後で側近たちに調べさせるか──
「ルミナス様ぁ……っ」
「メアリー、とりあえず離れてくれ。本当にもういい加減にしてくれないか。これ以上忠告を無視するなら正式に生徒会から抗議を──……っっ!?」
突然、酷い頭痛が私を襲った。
「ぐあぁっ」
「ルミナス様!?」
「な、んだ……これはっ……うぐっ」
頭の中を誰かにグルグルとかき回されたような不快感と吐き気が込み上げる。
「王太子殿下! どうしたんですか!?」
「殿下!!」
クラスメイトの呼びかけに答えられず、私はそのまま意識を失ってしまった。
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『オリヴィア、ついにやってくれたな。メアリーに暗殺者たちを差し向けるとは──どこまで卑劣な女なんだ! 恥を知れ! お前みたいな罪人は王太子妃に相応しくない! 本日をもってお前との婚約は破棄する!』
『ルミナス様! 貴方はその女に騙されているのです! どうか目を覚まして下さい!』
『うるさい! 衛兵! この女を地下牢に連れて行け!』
(なんだこれは——夢か? なぜオリヴィアが罪人になっているんだ)
目の前に映し出された光景に呆然とする。
『メアリー。これで君を害する悪女は排除した。もう君の憂いは取り去ったよ』
『ルミナス様、ありがとうございます。暗殺者から助けてくれて、すごく嬉しかったです。でも同時にすごく苦しいんです。だからもう……私にかまわないでください』
『なぜそんなことを言うんだ!』
『だって……っ、私は男爵令嬢で、貴方と身分差がありすぎるんだもの。どれほど貴方を愛しても、誰にも祝福されない。皆が反対する。そしてこうして私を潰そうとする人が現れる。もう限界なんです……きっとこの恋は叶わない……だからもう、これ以上側にいるのは辛いんです』
『そんなこと言わないでくれ、メアリー……っ』
やめろ。
何をしているんだ。
なんだこの茶番は。
『私も君を愛している。君が可愛くて仕方ない』
『ルミナス様』
『メアリーの身分など、どうでもいい。私はメアリー自身を愛している。君だから側にいて欲しいんだ。私は君じゃないとダメなんだよ。だからどうか私の妃になってほしい。生涯君を守り、幸せにすると誓うよ』
『嬉しい、ルミナス様……っ、私も愛しています』
深く、貪るようにキスを交わす二人。
自分の姿をした男とメアリーを見て、血の気が引く。
私は一体何を見せられているんだ?
私はこんなことしていない。こんなやり取りは知らない。
メアリーを王太子の妃にする?
そんなこと無理に決まっているだろう。法律で妃は爵位が伯爵以上の娘だと決まっている。
仮にどこかに養子入りさせたとしても、メアリーは学園の成績が良くても貴族マナーはまるでなっていないのだ。
社交や外交で恥をかくのは目に見えている。
なぜそんな簡単なことがわからない?
なぜ目の前の自分と同じ姿の男は気づかないのだ。
(いや、現実の私もオリヴィアが消えるまではわかっていなかった)
父の言う通り、メアリーと添い遂げたければ、自分が下位貴族になるしかない。そして自分にはそこまでの覚悟など持ち合わせていなかった。
なにより私はオリヴィアを——
『もう、自信がないのです』
ああ、オリヴィアを追いつめたのは私だ。
気づくのが遅かったのだ。
オリヴィアの好意を卑屈に受け取り、その想いを踏みにじった。
捨てられて当然だ。
◇◇◇
『殿下……お耳に入れたいことが』
見たくもない茶番をまた見せられる。
このバカげた夢はいつ終わるのだ?
『なんだ、会議中だぞ』
『申し訳ありません、急ぎの件ゆえ』
耳元で侍従からもたらされた情報に瞠目する男。
そして男が駆けつけた先に、顔面蒼白のメアリーと冷徹な表情を彼女に向ける母。
『母上? これは一体……』
『あらルミナス、来たの』
『ルミナス様! ちが……違うんです! 私……っ』
瞳に涙を潤ませ、怯えるメアリーに男は駆け寄り、抱きしめた。
『母上、これはどういうことですか』
『なるほどね。貴方はそうやってその娘の涙に騙されて、オリヴィアのことを追い詰めたのね。そんな簡単な手管に引っかかるなんて情けない』
母の凍てついた視線に周りは息を呑む。
『母上はメアリーのことを誤解して——』
『誤解なわけないでしょう。たった今、医学的にその娘が王族の妃に相応しくないと証明されました。ですから本日中にこの王宮から退去させます。そして永久に王宮への出入りを禁じます』
『母上!?』
そして母から語られた事実に、私と同じ顔をした男は愕然とする。それを見ていた私自身も驚いた。
妃教育に入る前に、メアリーは王宮医師による検査を受けた。そして検査の結果、彼女は純潔ではないと王宮医師から診断が下されたのだ。
それを否定するメアリーを論破するべく突き出された書類。
『これを見ても、間違いだと言えるの?』
男はその書類を手に取り、パラパラとめくると顔色を変える。私も背後から覗いた。そしてそこに書かれた文字列に驚愕する。
メアリーは、私の側近たちと体の関係を持っていた。
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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』
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