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短編

ユートピアの祭り

作者: 水月美ツ夜

このお話は「ユートピア」という小説あるいはその他ユートピアと名の付くものとは一切関係ありません。

「ねえねえ、街で『祭り』をやってるんだって」

 小さな冒険の始まりは、そんな少女の話から始まった。

 少女は弟を誘い、『祭り』へ行こうとした。しかし両親はダメだというのだ。仕方なく二人は(主に少女が)両親に内緒で外に出ようと準備をし、両親の目を盗んで出発したのだった。

 嘘はついていない。なのでセーフ。

 そんな気持ちで少女は少年の手を引き『祭り』へと入っていったのだった。

 星も今日はやる気満々に輝いている。まだ昼なのにと少女と少年は笑いあった。

 同時に、希望が浮かんでいる。ほわ、と暖かな光を放つそれは、街中をいつも以上に明るくしていた。

 いつもと違う新鮮な景色に、少女は興奮しっぱなしだ。少年もわくわくが隠し切れない表情で、あちこちを見渡していた。

「お姉ちゃん、見て。青薔薇が咲いてる!」

 普段は滅多に姿を見せない青薔薇も、今日ばかりはキラキラと輝いている。ここでは珍しい鮮やかな青色。この花が少女は大好きだった。

 少女はころころと歓声を上げる。少年もそっと薔薇に触れ、その質感と美しさに笑みがこぼれた。

 その気持ちは街の人々も例外ではない。皆それぞれ、理由は違うだろうが、明るい笑顔を見せている。街が浮ついている。その中の人々も、街のそこかしこで笑顔を咲かしている。

 持ってきている嘘は少ない。とびきりのを二枚だけだ。ゆえに買い物はする気がなかった。

 お店は、どれも見ているだけで心が満たされていくほどの品物だった。幸せを感じながら、二人は道を歩く。

 その時、不意に少年の目に飛び込んできた光景。

「あれ、見ていい?」

「ん? うん。いいよー」

 少年が少女の手を引っ張る。

 男がキャンバスに筆を乗せる。その隣には、三つほどの完成された絵があった。

 ありえないのに、なぜだかあると錯覚させられるほどの厚みがある絵。それは、人の頭の中だ。頭の中の想像の世界だ。

 世界描きに違いない、と少女は考えた。

「あ、あのっ!」

 緊張気味に少年が話しかける。

「ええと、僕に何か用かな?」

 筆を止め、少年と目を合わせてくれた男は、穏やかに問いかけた。もじもじとしながら、少年が言った。

「絵、とってもきれい、ですね!」

「ありがとう。嬉しいよ。君に絵をそういう風に見てもらえてね」

「お兄さん、謙虚なのね!」

 少女が絵を見ながら言う。

「いやいや。謙遜じゃないさ。好意的に見てもらえなければ、絵というのは輝かないんだ」

 しばらく雑談をして、少年と少女はその場を去った。

「あの人、すごかったね!」

「うん……。僕も、あの人みたいになりたいな」

「素敵な夢ができたねえ!」

 少年と少女はそんなことを話しながら、歩く。

 それからもう少し歩いたところで、少年が転んでしまった。

「……大丈夫? どうしたの? 今、なにが……」

 取り乱したように少女が少年に呼びかける。手を貸してもらって立ち上がると、少年は泣き出してしまった。

 そうだよねそうだよねえ……! と焦りながら、少女は何もできずに右往左往する。

「お、お姉ちゃん。僕がね、転んじゃっただけだよ。あのっ。あのねっ」

 話しているうちに痛みからか、少年の目に涙がたまり、あふれ出てくる。

 その時、少女は何かないかと近くに目をやった。

 夢売り屋。夢売り屋がある。ここからは外れているけれど、かなり近い。

 深呼吸を一つして、少女は無邪気を装う。いつか母のように偉大な嘘つきになるためには、これくらいこなさねば。

「ちょっと待っててね」

 少年に声をかけると、少女は立ち上がり、軽やかな足取りで歩き始めた。すぐに夢売り屋にたどり着いた。

「ねえおじさん。二つ夢を下さいな!」

 明るい声で少女が言った。言われた夢売りは、慣れた手つきで少女の小さく柔らかい手に綿あめのようなそれを乗せる。当然ながら、夢棒(ゆめぼう)つきだ。

「はいよ。お代は……」

「これ、これ!」

 少女は、虹色のチップのようなものを二枚取り出した。

「おお。嬢ちゃんは嘘が綺麗だな。きっと将来いい噓つきになれるぞ」

「ほんと?! わーい! ありがとう。私ね、私ね、ママが素敵な嘘つきでね、私も嘘つきになりたいと思ってたの!」

 目をキラキラと輝かせ、頬を赤色に染めてはしゃぐ少女に、夢売りが言った。

「嬢ちゃんみたいな娘さん持ったら、お母さんもさぞかし嬉しいだろうなあ」

「えへへ。照れるなあ」

「はしゃぎすぎて夢を落とさないように気をつけな」

「うん。……おじさんの夢も、とっても綺麗よ!」

「そりゃどうも。……じゃあな。また買いに来いよ」

「うん! ありがとう、おじさん!」

「ああ、ありがとう。気を付けて帰れよー」

 ひらひらと手を振る夢売りに、少女は笑みを返し手を振った。

 少女は、二つの夢をしっかりと持ち、少年に一つ分け与えてやるべく歩き出した。

 なかなかいい嘘ではなかろうかと自画自賛をしながら、走って少年の方に行く。

 屋台から外れ、木陰の方でうずくまっているところに少年の姿が見えた。どこにも行かず待機してくれていてよかったと安心しながら、少女は駆け寄った。

「はい。夢買ってきたよ。どっちがいい?」

「……お姉ちゃん」

 涙ぐんでいた少年は、声にぱっと顔を上げると、少女に飛びついた。

「迷惑かけて、ごめんなさい」

「いいんだよー」

 少女が優しく頭をなでるうち、少年は落ち着いたのか少女の左手の夢を見た。

「……これ、これ食べたい!」

「そっかあ、分かったよ。ほらどうぞ。しっかり持ってね」

 少女の手から少年が夢を受け取り、ふわりとして甘いそれを舐めた。

「……甘い。美味しいよ!」

 弟の声に、少女も手に持った夢を舐め取った。

「わあ! ほんとだ! 美味しいね!」

 弟が元気になったこと、買った夢が美味しかったことに破顔する。少女はしばらくその場で夢を食べていた。少年は家に帰った時に食べるつもりなのか、大事に両手で夢を持っていた。

「家に帰ろっか」

 弟が食べ終わった頃を見計らって、少女はそう告げた。

「ママとパパ、きっと怒ってるよ」

「……うん。帰る」

 二人で抜け出して『祭り』に行ったことに怒られるかもしれない。そうしたら、言い訳をしながら謝ろう。そして、今日のことを話すのだ。ふわふわと浮かぶ、心地の良い希望に、星が散っている空に。それから、生き生きと咲き誇っていた青薔薇。笑顔で溢れた街の中。自分の見ている世界を書き写してくれる素敵な世界描きの人の絵。なにより、先ほど食べた夢売りのおじさんの夢。

 桃色に染まりつつも、まだ淡い黄色を保っている空。

 二人の子供は、それを見上げて笑いあいながら、帰路を辿っていた。

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