訣別
キールとの2度目のデートを終えた。
もちろんゲームの話をたくさんして、早々に解散してオンラインで対戦する、充実したデートだ。
あれから、クラウスとは話していない。
早朝ランニングも終わったものの、私は一応続けている。
自分から拒絶したくせに、毎朝話していたクラウスが居ないのは、寂しい。
けれど親離れのような物として、どうにか受け入れる必要があると思う。
「何の喧嘩か分からないけど、仲直りしなさいよ。幼馴染なんだから。」
エレーナには事細かに言えないまま。
それでも突然話さなくなった私達に、気づいているらしかった。
「…いつかはこうしなくちゃいけないのよ。寂しいけどね。」
そもそも、年頃の異性が毎晩同じ部屋で寝ていましたなんて、おかしな話だと思う。
その時点で色々と、軽率だった。
幼馴染として、距離感が間違っていたのだと思う。
「フィオちゃん!来て!掲示板に写真が…!」
シェルが教室に飛び込んでくる。
何事かと、私とエレーナは目を見合わせ、首を傾げる。
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他クラスの教室の掲示板に、ずらっと私の写真が貼られている。
それも、キールさんと微笑み合う私を盗撮した写真が。
「なにこれ…もしかしてまた…」
エレーナが私を気遣うように見る。
確かに、いつもの嫌がらせだろう。
わざわざクラウスのクラスであることも、私に恋人が居るとクラウスに密告しているつもりなのかもしれない。
シェルとエレーナのおかげで全部写真を外し終え、私は一息吐く。
「別に隠すことでもないけど…盗撮だなんて。よくやるわ。」
誰かに見られている気がして、ふと視線を向ける。
そこには、すごく怒った様子のクラウスが立っていた。
「あら、クラウス。どうかし…」
大股でこちらに歩いてくると、私の手を引いて走りだす。
「なに…?!」
一向に留まらず、階段を駆け上がっていき、知らない教室に入る。
「空き教室…?」
クラウスは教室の鍵を閉めると、こちらにゆっくり歩いてくる。
「何よ…?」
「…考えて、考えて、考えたけど、フィオが必要としてくれない人生なんて考えられない。どうしたらいい?俺はどうやって生きたらいい……フィオの彼氏だか何だか、最近ずっと遊んでいる奴…考えるだけで憎くて狂いそうだ……」
悲しそうな顔で、こちらに寄ってくる。
その時にクラウスの鞄が落下する。
そこから、写真の束が出てくる。
「…な、何…この写真……」
数枚見えたものは、掲示板に貼られていた写真とは違う、もっと私的な写真。
掲示板の写真はきっと知らない人が外で撮ったものだけど、クラウスが落とした写真は、クラウスにしか撮れないような至近距離の写真ばかりだった。
寝顔とか、水着とか、懐かしい過去の写真まで。
全部が私の写真だ。
見えない束まで全て私の写真なのだとしたら、彼は常に私の写真を100枚程度持ち歩いていることになる。
幼馴染の全く知らない一面に、面食らう。
クラウスはついに距離を詰め終わり、私の両肩を掴む。
「フィオ…俺を置いてどこへ行くの…置いていかないよな…?」
不安げな目が、こちらを捉えている。
「フィオは俺が嫌い?」
「そうじゃないけど…」
クラウスはそれを聞くと、嬉しそうに私を抱きしめる。
そして、固まる私にキスをした。
「んっ……!?」
私はすぐに、クラウスを突き飛ばす。
「ななななにするの!??????」
そもそも、クラウスには彼女がいるという話だ。
どうしてそんなことをするのだろうか。
アンナに見られたらどうするかとか、分かっているのだろうか。
「フィオ、顔が赤いな。可愛い。」
「や、やめてよ!こんなこと二度としないで!」
私は力いっぱい叫ぶ。
浮気相手になりたいわけじゃない。
そんなのは困る。
「…どうしてそんなこと言うの。フィオのことが好きだ。フィオだって俺のことが嫌いじゃないんだろう?俺の何が駄目なんだ?何でも直すから、お願いだよ…俺を選んでくれフィオ!」
「駄目なものは駄目なの!相手が居るのにこんなことするなんて、駄目に決まってるでしょ!」
にこにこしていたクラウスの表情が、崩れるように消えていく。
怒っているのか、無表情なのか読めない。
「じゃあ相手を殺せばフィオは俺だけ見てくれる?」
「ころ…!?何言ってるの、別れればいいだけでしょ。そもそも付き合っている以上、私達がそうなることはありえないんだから、諦めて」
私のために別れるなんて、アンナに申し訳ない。
至極当然のことなのに、何かが噛み合わないような気持ちになる。
クラウスの様子は何かが変だと思う。
「…………フィオは俺と付き合う気、無いんだね。君との約束のために生きてきたのに。俺の人生、何の意味があるんだろ…」
深い絶望に飲み込まれていくような声に、本能的にまずいと思った。
どこか遠いところに言ってしまいそうな、心の悲鳴のような。
前回以上に砕け散った様子に見える。
けれど、伸ばした手は届かない。
「ちょっと、クラウス…!」
離れていく銀の髪。
思わず声を掛けるけれど、彼は鍵を外して走り去っていった。