喧嘩
私は早急に彼氏を作ろうと決める。
このままでは、強引にクラウスが主人公のラブコメハーレムヒロインにされてしまう。
時代錯誤な一夫多妻制は全力で反対させてもらいたい。
考えたこともなかったけれど、クラウスが私の恋愛を邪魔する方法なんていくらでもある。
このままただの幼馴染がべたべたすること自体、お互いのためにならないだろう。
「エレーナ…彼氏紹介して!」
私は単刀直入に言う。
「ええ!?フィオが!?相当ね。そういえば…昔行ったパーティーで貴方の連絡先を欲しがってた人が居たわ。興味ないかもって放置してたの。」
エレーナは甲斐甲斐しく私のために連絡を取り付けて、さらに慰めてくれる。
世の中、持つべきものは友だ。
「エレーナ、ありがとう」
「良いのよ別に。お互い様でしょう。」
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「えっと…お久しぶりです。フィオ・アストラヴァです。名前は…」
「キール・シャルロットです。もう会えないと思っていました。会えて嬉しいです。」
キールは私の2つ上で、良いとこのお坊ちゃんらしい。
ユーリと同じ学校とも聞いている。
「以前パーティーでリンゴッド生徒会Ⅱの話をしていたのを耳にして…僕も好きなんです。…きっと気が合うだろうなって」
「え!?誰を使われているんですか?」
私がいつも遊んでいる格闘ゲームだ。
大好きな会長閣下も、あのゲームの操作キャラの1人だ。
「ふふ、グリーンアーロン書記を使うんです。…あのゲームが好きな人、初めて見ました。嬉しいです。」
「私も初めて見ました。結構古いし、操作も独特ですよね。」
操作に、ジャイロシステムが活用されている。
具体的には横蹴りの時にちゃんと傾けないと足が全然上がらなかったり、ダメージが小さくなる。
慣れない人がやると、足を上げても攻撃が当たらずにNPCに一方的に殴られることになる。
ディナーとして来たのは、それほど格式の高いレストランではなく、駅ビルのレストラン街にある景色が綺麗なお店。
お金持ちらしいから、これでも大分私に気を遣って、一般の人が使うお店を選んでいるのだろう。
「あの、フレンドコード交換しませんか?」
「もちろん!協力モードやりましょう!」
ディナーデートらしい場でも、私はまだ子ども。
だから、この色っぽくない会話が居心地良い。
恋愛って変に身構えずとも、こうして仲良くなっていった先にそういう関係があるのかも、なんて安心した。
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たくさん話して、私達は店を出る。
キールは言葉数は多くないけどガチ勢で、ディープな話がたくさんできた。
そして、キールは爽やかに笑った。
「今日はこの辺りで。送っていきます。」
そしてスマートにタクシーを手配してくれる。
私達はタクシーを待つ間も乗ってからも、ずっとゲームの話をした。
キールさんに見送られて、私は家の前で降りる。
お代を少しくらいは出したかったけれど、やんわり躱されてしまった。
また是非、と挨拶して、私は自分の家に入る。
充実したお食事会だった。
今は19時を過ぎたくらいで、そう言えばもう少しでクラウスが来る。
部屋に上がると、忘れていた筋肉痛やらでドッと疲れが押し寄せてくる。
私は寝ないうちに、お風呂に向かった。
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部屋に戻ると、もうクラウスが来ていた。
いつもの寝袋は、既に地面に敷いている。
「どこか出かけてたみたいだけど。楽しかったかよ?」
にこり、と笑って、ベッドに座っている。
勝手に私のスマホを手で弄びながら。
「何の話?」
私は敢えてすっとぼける。
クラウスには関係ない話だ。
「キールさんって人から連絡来てるけど。誰?さっきまで出かけてた人か?」
私は詮索に乗らず、きっぱり言う。
「どっちでも貴方には関係ないわ」
強気でスマホを奪い取り、ポケットにしまう。
今見たら、開いた瞬間に携帯を奪い取られそうだ。
「彼氏?」
「そうね」
キールには申し訳ないけれど、そういうことにしてしまえば話は早い。
「だからもう夜部屋に来ないで。幼馴染でも、年頃の異性が同じ部屋で寝るのは外聞が良くないわ。」
シェルの言う通り、私達はそろそろ幼馴染離れをしていかないといけないと思う。
体力だってついてきたし、早朝ランニングも板についている。
自分一人でも続けられる。
「フィオは俺がいらないってことか?」
「…そうよ。そろそろお互いのために距離を取らないと。貴方も彼女とよろしくやってちょうだい。」
クラウスはこんなに構い倒すけれど、私のことが好きなわけでもない。
恋愛であるなら、異性の下着を無頓着に扱えたりしない。
普通は同じ部屋で過ごせばもっと緊張したり、変な空気になる。
エレーナの言う通り、間違いが起こるものなのかもしれない。
そうでなくて助かったけれど、そろそろ潮時だと思う。
「俺はこんなに君が好きなのに、どうしてわかってくれないんだ…」
「…貴方のそれは友愛か家族愛なのよ。もし恋愛なら、もっと異性として意識するはずでしょう?私達にはそんなのあり得ないわ」
クラウスは驚いた表情で固まる。
そして、震えた声を出す。
「…約束を忘れたのか?」
「約束って何よ?私はそんなの、した覚えがないわ。」
相手は目を見開くと、それを細めていく。
瞳から完全に光が消えていく。
最後に残ったのは、昏い絶望の色。
「…クラウス?」
クラウスは、そのまま寝袋を置いて部屋を出ていった。
窓を見ていると、クラウスは自分の家に戻っていったらしかった。
こういう時、向かいの家だとわかりやすい。
私は少し、言いすぎたことを後悔する。
例え勘違いであっても、好きだと思っていた人にこうも言われては、傷つくのは当たり前かもしれない。
約束のことも、私が大事な約束を忘れている可能性は大いにある。
それでも、この拒絶は、いつかは言わなくちゃいけないことでもあると思う。
子が親を離れて一人前になるように、私達もお互いを卒業していかなければいけない。
このまま私達は、疎遠になるのだろうか。
クラウスがいつか本当に好きな人と出会って、上手くいくことを祈った。