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悪夢の早朝ランニング



誰かの声で目を覚ます。

良く知っている声だ。


「おはよう」


「ん…おはよう…?」



朝起きると、クラウスが居た。

時計を見ると、目覚ましよりも一時間も早い。


「どうしたの…?」


起き上がると、ジャージと下着を差し出される。

私は目を疑う。


「なっ…何勝手に人のタンス触ってんの、あり得ない…」


勝手にタンスから下着とジャージを取り出したらしい。

一応年頃の異性なのに、幼馴染だからって遠慮が無さすぎる。


「早く着ろ。そして走るぞ」


「は…?」


まさか早朝ランニングを強いに来たとは。

昨日の考えがあるってそういう意味だったんだ。


しかし素直に従う私ではない。

早朝ランニングなんてした日には、授業が疎かになってしまう。

私は布団に入り、2度寝を決め込もうとする。


「おい」


私が背を向けて寝ようとすると、クラウスが私の背後に近づいてくる。


「いいだろう。フィオは自分一人で着替えすらできないなんて、可哀想に。王子様ならやらないだろうが、執事になったつもりで世話をするというのも――」


早朝から元気なのか、ペラペラ横で話してきて全然眠れない。

そしてクラウスは何の遠慮もなく、ボタンを外し始める。


下に着ているから大したことでは無いけど、何の照れもない無表情に恐怖を覚える。

完全に鬼教官が降臨している。


「やめてよ!勝手に触らないで!」


まるで不登校の娘を無理やり登校させようとする母親のような構図に段々と辛くなってくる。

幼馴染を意識できないのは、クラウスも同じらしい。


「自分でやるから出ていって!」


私は観念して叫ぶ。

するとクラウスは満足したように手を止める。


「いいだろう。だがそのまま寝たら次は着替えさせる。言っておくが、ランニングから逃げられると思うなよ。」


「…わかったわよ…」


クラウスがここに居るあたり、うちの両親に面倒を見るように言われてきたのだろう。

つまり、この家に居る限り本当に逃げられない。


私は大きく溜息を吐いて、ベッドから降りる。

今日明日は座学の授業で絶対寝るし、実技訓練は腕が上がらない気がする。



--



「…いつになく覇気が無いわね」


「うい……」


エレーナに対する返事は、もうまともな言葉で出ない。


疲れた。

これまでがかなり疲れていたのなら、今日の疲れはもう立っているのもやっと。


「足ががくがくする……」


「うわ、気持ち悪い動きやめて」


生まれたての小鹿のような震えが止まらない。

おじいちゃんのように、松葉杖が欲しい。


「何があったのよ?」


「朝…クラウスが来て…毎朝走れって……嫌がったけど怖くて……」


エレーナはそれを聞いて、笑いを堪える。


「ふ……っ、クラウスくんってフィオのお父さんみたいね…ふふ、そう、めんどくさがりのあんたが走ったって相当ね……」


全然堪えきれていない様子にムッとするけれど、流石に服脱がすと脅されたからとは言えない。

明日はどうにか回避できないだろうか。

クラウスが来る前に起きて学校に行ってしまおうか。


「まあ良かったじゃない。あんたも体力つけないとやばいのはわかってるんでしょ?良い機会じゃない。」


「ディオールにおぶってもらうから平気でしょ?今のままでも試験以外ならどうにかなるし…」


「もー贅沢よフィオ。イケメンにトレーニングつけてもらえるなんて皆羨ましがるわよ。」


イケメンはイケメンでもクラウスじゃちっともトキメかない。


「だったらディオールとか…何か部活入ってそこで体力つける方が百倍いいわ…」


「あんた本当にクラウスくんに興味ないわよね。やっぱり幼馴染ってそういうもの?」


私は頷く。


小さい頃から知っているから、彼の受け入れられない面もどうしても知ってしまっている。

恋愛的には、彼とどうにかなるなんてありえない。

もちろん彼も私を好きなわけでは無いから、お互いにそうという話だけど。


「お互いの下着姿を見たってちっともドキドキしない自信あるわ」


少なくとも、人のタンスから下着を抜き取っても何の動揺もない関係だ。


「私はそんなシチュエーションなら間違いを起こすわ。信じられない。」


エレーナの言葉も問題だと思う。


--


私は観念して、放課後に部活動を見て回る。

派手な運動部なんて厳しいし、魔法剣術部くらいが無難だろうか。


魔法剣術は授業でも定期的にやらされる。

魔力で作った安全な剣で打ち合いを行い、先に魔法の剣を壊されるか保てなくなった方が負けというルールだ。

体力が尽きたら終了になるから、中々勝てないだけで体力のない人間でも楽しめる珍しいスポーツでもある。


外から、部員たちの打ち合いを見学する。

皆真剣にやっていて、体力の低そうな子たちも、小技を使って相手の剣を破壊することで勝つなど、戦略を持って戦っている。

もし部活に入るならここにしようかな。



--


「よし。」


次の日の朝、私は昨日よりも早く起き、早朝ランニングから逃亡する。


クラウスには悪いけれど、毎日のランニングは辛い。

私は早々に着替えて、学校に向かった。


下駄箱に向かうと、既に朝練を始めている部活生の声が校庭から聞こえる。

魔法剣術部の朝練は火曜日らしく、朝練の見学はできない。


早く来ても特にやることが無いので、私はぼんやりと学食に向かう。

学食はまだやっていないけれど、自販機でいくらかカップ麺などが売っている。

お湯が出る機械は付いているので、私は少々ジャンキーな朝食を始める。


昨日は走り込みの後食事を振るまってもらったものの、疲れのあまりろくな記憶が無い。

苦しむ私を眺めて終始ニコニコしているクラウスが恐ろしくて仕方なかった。


--


人が登校するような時間になって、私は教室に向かう。

すると、机の上に手紙があった。


封筒から取り出すと、手紙には簡潔な文章が書かれている。


『逃げたな。明日は絶対に逃がさない。』


丁寧な字から、相当の怒りが伺える。

わざわざ手紙なんて方式を選ぶところも、クラウスとは思えない。

きっと怒りすぎて一周回って微笑んでいるような、嫌な穏やかさを感じる。


「フィオ、早いわね。何それ。ラブレター?」


「いや、果たし状」


「どういうことよ…」


私は手紙を仕舞い、記憶から消す。

そもそも、早朝ランニングにはずっと反対しているのに無理やりやらせようとするのが悪い。


「クラウスくんと昨日は一緒だったのに、今日は違うのね」


「見てたの?」


「噂になってたわ。クラウスくんってファンが多いから」


めんどくさそうな話題に、思わずうんざりした顔をしてしまう。

こういうことは珍しくないのに、しばらく忘れていた。


「また恨みの手紙とか届くのかしら。面倒だわ…。」


中学の時、そういうことがあった。


クラウスから身を引いて欲しいとか言って、机に落書きされたり。

結局犯人が見つかったとかで、それ以降収まったけれど。


「あんたは興味ないのに可哀想ね。彼氏でも作っちゃえば?」


「試験がすぐそこでそれどころじゃないのよ……」



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