生徒会長への相談
お昼をさっさと食べて、3階の教室に向かう。
数少ない交友がある、リオン・フランソワーズ先輩に会いに行くために。
先輩は生徒会長でもあり、すごく頼りになる人だ。
「あれ?フィオちゃん?誰か探しているのかい?」
「いえ、先輩に相談があって…」
リオン先輩は珍しいね、と微笑むと私を自分の席に座るように勧める。
先輩は教室の後ろにある空椅子を持って、机の前側に座った。
「それで、どうかしたの?」
私は単刀直入に聞く。
「あの…体力が無くても実技試験は越えられますか?」
先輩は驚いたような表情をした後、優しく答える。
「難しい質問だけど…方法はあるね。」
「あるんですか!!」
私は希望を抱く。
流石は生徒会長だ。
「うん。僕の学年でも体力のない女の子たちも進級してたよ。試験の内容は知ってる?」
私は頷く。
箒訓練・実技訓練の進級試験は、毎年同じらしい。
スタート地点から箒を使ってある地点に向かい、そこから箒を使わずにゴールまで走り、道中の動くダミー人形を100体倒す。
ダミー人形の破壊数が足りない場合や、制限以内にクリアできない場合、失格となる。
何よりもきついのが、箒を降りてゴールまで何kmも走ることだ。
自力では、確実にタイム以内に走り切れない。
むしろ体力のない私なら、辿り着けるかも怪しい。
「試験は2人1組だから、大体そういう子たちは体力に自信のある男子と組んでたかな。疲れたら背中に担いでもらってね。」
「なるほど…でもそういう人たちはもう相手と約束していそうですよね…」
試験まで、あまり時間は無い。
もう皆約束しているかもしれない。
「魔法も体力も自信があればそうかもね。でも同学年なら誰とでも組めるから、まだ試験のペアの約束していない人も居ると思うよ。例えば体力は自身があるけど魔法が苦手とか、人を誘うのが苦手とか。」
「なるほど…」
運動部の人たちの中には、まだ決まっていない人も居るかもしれない。
片っ端から聞いてみるしかない。
「それに相手が居ても、フィオちゃんが誘ったら良いって言うかもしれないよ?」
リオン先輩は片目をつぶって悪戯っぽく笑う。
私はそうだといいな、と微笑んだ。
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放課後、相手探しは、あっさりと終わった。
体力に自信がある人は居ないかと柔道部に聞きに行ったところ、謎の大騒ぎでディオール・フェルナンドという人を薦められた。
「こいつ体力はあるけど魔法は雑で、的を狙うのが致命的に下手なんです。是非。」
「最初から最後までおぶって行くくらい訳ないけど、魔法が致命的に駄目で。おい、良かったなディオール!」
私は目を輝かせる。
まさに探していた人材だ。
「私は逆に、コントロールは得意だけど体力が致命的に無いの。良かった。私と組んでくれるかしら。」
「ええ…!こちらこそ助かります…。」
ディオールは照れているような仕草で、人好きのする笑顔を浮かべた。
次の日の朝、エレーナが不思議なことを言う。
「てっきりクラウスくんと組むのかと思ってた。幼馴染だし、彼優等生でしょ?」
クラウスは確かに体力もあるし魔法も得意だけど、人気者だからペアなんか組んだ日には面倒くさい。
「クラウスなら友人と出るでしょ」
「ああ、シェルくんと?」
クラウスの友人で彼も優等生のシェル。
もしくは、他の友人と組むのかもしれない。
「何か彼女いるんじゃなかったっけ?そっちかも」
エレーナが大声を上げる。
「えっ!?彼女!??」
それほど驚くことだろうか。
「違うの?よく一緒にいる子…名前は知らないけど」
クラウスの交友関係に詳しいわけではないけれど、学年集会などの時によくシェルと3人で一緒に居るところを見る。
「…あー、アンナ・バーリッシュね。あの子は彼女じゃないんじゃない」
「そうなの?」
可愛らしいピンク髪をした、元気な女の子だ。
たまに見かけると、笑顔を向けてくれて可愛らしい。
「わからないけど、彼女には先輩の彼氏が居るって聞いたことあるわ」
それなら違うかもしれない。
けれどクラウスに女性物の洋服店で遭遇したことがあるから、彼女は居る気がするんだけど。
「そういえばユーリが、クラウスが本命チョコを冷凍して飾ってたって言ってた」
私はふと今年のバレンタインを思い出す。
ユーリもシェルやクラウスの友人で、高校は他校だけど中学が同じだった。
偶然パーティーで会う用があってチョコを持って行ったとき、そんなことを言っていた。
「冷凍?何それ。冗談じゃないの?」
確かにユーリの冗談かもしれない。
冷凍して飾るってよくわからないし。
「でも本命チョコを貰ったのは本当かも?バレンタインの時妙に嬉しそうなクラウスを見たから。」
何か良いことがあったのか聞いたけれど、教えてくれなかった。
でも、バレンタインに浮かれているなんて、そういうことだろう。
「まあ、好きな子は居るのかもしれないわね」
エレーナは好きな人が居るから、クラウスが好きなわけじゃない。
でもエレーナはイケメンに目が無いから、クラウスに限らずイケメンをチェックしているらしい。
「エレーナはペア誘ったの?」
件の好きな人を誘うと聞いている。
「もちろん。OKを貰ったわ。」
エレーナは金髪に赤い目をしている、お姉さんといった見た目。
私と違って胸も大きいし、エレーナに誘われれば誰だって断れるわけがない。
以前エレーナが好きな人に話しかける様子を見たけれど、お相手はすごくたじたじで、時間の問題と言う感じだった。
「試験に合格したら告白されちゃったりして…?」
私がにやにやと言うと、エレーナは首を振って笑う。
「あの人奥手だから、きっと卒業まで無理よ。」
長期戦覚悟のエレーナは、すごくかっこいい。
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「フィオ、起きてるか?」
休日に部屋でだらだらゲームをしていると、夜にクラウスが現れた。
「夕飯食べてくの?」
「そう。」
たまにこういう日がある。
今頃下で両親たちが酒盛りをしていて、クラウスは酔っ払いから逃げてきたのだろう。
クラウスは親切にも私の分の夕飯を持ってきてくれていた。
「クラウスはもう食べたのね」
夕飯は私の分だけしかない。
「下で食べた。ってまたゲームかよ。コントローラー借りていいか?」
「いいよ。いただきます」
夕飯を食べながら、クラウスの操作するゲーム画面を見る。
クラウスはいつもゲームが下手で、キャラクターはあっさり負ける。
「あはは。下手だね」
「うるさい。横でくちゃくちゃ食ってて集中が切れたんだよ」
クラウスは早々にコントローラーをベッドに投げて、諦める。
いつもそうなるのに1度試すのは何なのだろうか。
「これ美味しいね。クラウスのお母さんの?」
とっても家庭的な味のするドライカレー。
うちはピラフチックなのが多いけど、私はこういうキーマに近いドライカレーの方が好きだ。
「いや、俺が作った。ちょっと作りすぎたら親が持って行くって。」
それで今日来たのか。
うちの親は作らなくて楽だと大喜びしたに違いない。
クラウスは私の食べている様子をじっと見ている。
何か言いたいことがあるらしい。
「どうかしたの?」
「試験、自分で走るの諦めたんだって?」
言葉に詰まると、途端にクラウスはお説教でも始めそうな空気を纏う。
自分の体力をつける手段を選ばなかったことが、不満らしい。
「エレーナもそうだけど何でそんなに広まってるの?」
私は一旦話を逸らす。
エレーナも、言う前から知っていた。
「ディオールが浮かれてるって話題になってる。あいつは…まあいいか」
クラウスは何かを言いかけ、そして強引に話を逸らす。
「とにかく、感心しないな。どうせ体力が無ければ2年の授業だってついていくのはキツイだろう。どうして俺に相談しない?早朝ランニングがきついなら午後に筋トレでも付き合うぞ」
鬼教官でも目指して居そうなクラウスを無視して、私はドライカレーを頬張る。
「運動したくない…。ディオールに来年もおぶってもらえばいいよ…」
「なっ……!!」
クラウスがゴミを見るような目で見る。
幼馴染のあまりに堕落した発言に、引いているらしい。
「わかった…フィオがそういうつもりなら、俺にも考えがある…」
嫌な予感はしつつも、私はごちそうさまでした、と手を合わせた。