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触れる
佐伯積が眼帯を上着のポケットへ仕舞い、西を向いた。
小早川瑞は、宇喜多みどりと手をつないで震えながら、それを見ている。
佐伯は左手を前へ伸ばし、ぶつぶつとなにか云いながら、撫でるような仕種をする。
瑞は耳鳴りと、それにまざる三味線のような音に、顔をしかめていた。シンバルみたいな音も追加される。それに、おりんのような音も。
「すい!」
はっとして振り返る。駅ビルのほうから、木下ユカリが走ってきた。あちこちから悲鳴があがっているし、気絶しているひとも居る緊急事態なのに、ユカリは後生大事にコーヒーのウレタンカップを両手に持っている。
「なに? どうしたの? 事故でもあった?」
「わかんない!」
瑞とみどりは同時に答え、暢気なユカリにしがみつく。みどりはまっさおになっている。「なんか変な音がするの!」
「え? なにが?」
「三味線だよね」
瑞が云うと、みどりは怪訝そうに顔をしかめた。「なに云ってるの? オーケストラと合唱みたいな音よ」