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音
「あれなんの音ですかね」
「うん?」
小山田郁が不安そうにささやいて、西方向を見た。竹中草太朗が小山田の口許へ耳を近寄せるみたいに、ちょっとだけせなかをまるめる。
姉小路律は、チョコミントアイスをぺろぺろしながら、それをなんとなく見ていた。
「どれ?」
「え、聴こえますよね? なんか……三味線みたいな……」
律はふと眉をひそめる。そんな音は聴こえない。
「りっちゃん、足りる?」
「はい」
先輩が優しく微笑んで、頷いた。律も頷く。
小山田がアイスを落とした。あいた左手で、竹中の腕を掴む。
「小山田?」
「ちかくに」
「みんな、こっちへ来て」
佐伯が険しい声を出した。律達は一瞬、反応が遅れる。
少しはなれたところで誰かが叫び、駅前広場内で次々と悲鳴があがった。
佐伯がなお、云う。「こっちへ」
律達は戸惑いながら、佐伯の指示に従う。竹中がよろけるみたいに歩きながら、大口を開けていた。西方向を見ているが、彼がなにを見ているのか律にはわからない。そんなところにはなにもないのに。
弾くようなストリングスの音がして、律は寒気を感じた。