だるまさんが
松永伊織は、先輩と一緒に駅ビルに居た。
先輩おすすめの映画を見て、古書店に寄ったのだが、特にめぼしいものもない。先輩は本を買って、重そうな紙袋を持っている。
「大丈夫なんですか、先輩」
「あれだったら親、呼ぶ」
先輩は両腕に紙袋を下げていて、ふうふう云いながらエレヴェーターにのりこむ。伊織も続いた。
駅ビルは最近、随分立派な建物に生まれ変わった。以前は二階建てだったが、今は一部、五階建てである。古書店は五階にあって、ふたりは五階から一階へ降りようとしていた。
ほかにのっているひとは居ない。伊織はふと、外を見た。しゃれたエレヴェーターは、外を見ることができるようになっている。
伊織は駅前の広場を見て、違和感を覚えた。
ピンクっぽい和装の、老齢の女性が、こちらを見ている。にこにこととても楽しそうな笑顔だ。その状態で、首が折れそうなくらいにこちらを仰いでいる。
エレヴェーターは外からも見える。どうやらその動きを追っているらしく、顔が動く。
三階でエレヴェーターが停まり、女性の顔の動きも停まる。また動き出すと、女性の顔も動く。二階でエレヴェーターが停まり、女性も停まる。かわらない満面の笑みでじっとこちらを見ているから、厳密には違うのだが、だるまさんが転んだみたいだと伊織は思う。みぞおちの辺りが冷たくなり、全身、いやな汗が出ていた。
「松永、おりるぞ」
とうとう、花壇の向こうから女性がこちらを見ている状態になって、伊織は我に戻った。先輩が微笑んで手招いているので、慌てておりる。
「持ちます」
「いいよ、松永、転びそうだから」
「ひどい」
先輩が声をたてて笑い、伊織もつりこまれて、ふといやな感じがなくなっているのに気付いた。
「あ、松永だ」
「げ、小早川」
駅前のベンチには、アイスクリームをつついている小早川瑞、宇喜多みどり、姉小路律が居た。
瑞がまなじりをつりあげる。「げってなに」
「なんでもいいじゃん。お前らも遊びに来たの」
「わたしはきーちゃんと来たの」
「わたしは家族と」
「わたしは本を買いに」
たまたま顔を合わせたので、一緒にアイスクリームを食べていると云うことらしい。先輩がベンチの傍に紙袋を置いて、ふうと息を吐く。「松永、なに味?」
「え、いいですよ」
「いいから。お嬢さんがた、まだ余裕ありますか?」
先輩がおどけて云い、三人がくすくす笑った。伊織は顔をしかめる。
「先輩、こいつらにまで優しくしなくていいですよ」
「なに、松永くん妬いてる?」
「お前ら先輩にたかるなよ」
「まあまあ。松永、チョコアイスにチョコソースかかってるやつ、うまいぞ」
じゃあそれで、と思わず云うと、先輩はにこにこしてアイスクリームのスタンドへ歩いていった。
「木下は?」
「アイスふたつ食べて、寒くなったからコーヒー買ってくるって」
木下は悪いやつではないが、いささか自由すぎる行動が目立つ。
みどりが伊織を仰いだ。「ねえ、先輩ってなんか、明るくていいひとだねえ」
「ああ」
それにはまったくもって同感なので、伊織は頷いた。律が微笑む。「ほんとにいいひとだよね」
「あれー、みんな集まってるの?」
「佐伯くん。って、出海さんも」
「小山田くん、腕、大丈夫?」
佐伯積、出海ことみ、小山田郁、それに竹中草太朗が歩いてきた。小山田は三角巾で右腕を吊っていて、律の言葉に苦笑いした。
その小山田が、横目であの、和装の女性を見た。訝しそうにしている。
「松永……あれ、増えてる」
先輩が走ってきて、にこっとした。両手に幾つものアイスを持っている。「なんかいろいろ食べたくなって。丁度いいから、佐伯達も食べろ」
「わ、ありがとうございます」
佐伯はなんの遠慮もなく、どぎつい色のアイスクリームをうけとって、ぺろぺろやり始めた。小山田が顔ごと、ベンチの方向を見る。「りっちゃんはこっち」
「チョコミント好きなの覚えててくれたんですか? わあ」
先輩と姉小路は知り合いらしい。そのことを考えながら、伊織も小山田と同じほうを見るが、もうあの女性は居ない。
佐伯が心底嬉しそうに云った。「先輩ってほんとに、凄く頼りになるひとですね」